5-28 仮装祭り1
俺はリーズ服飾店の店員からサンプルが出来たという知らせを受けて、早速やって来たのだ。
「ユニス様ぁ、サンプルが出来上がりましたぁ。どうですぅ、注文通りですよねぇ?」
そう言った目の前のテーブルの上には、カチューシャと尻尾のサンプルが数種類ずつ置いてあり、そしてその隣には、あの時ルーチェ・ミナーリに煽てられ、おふざけで注文してしまった肉球グローブもしっかりと置いてあった。
いかん、悪ノリする癖を直した方がいいな。
そして目の前には瞳を輝かせたルーチェ・ミナーリと製作に携わった裁縫士達が、これからどうするのかと興味津々と言った顔で俺の次の動きを見守っていた。
俺は「こほん」と軽く咳払いをしてから猫耳カチューシャを頭に付けた。
そしてジゼルの尻尾を模したモフモフの尻尾を手に取り立ち上がると、それを自分の腰に取り付けた。
「どうですか?」
俺は無言でじっとこちらを見つめている女性達の視線に耐えられず、思わず声を掛けてしまった。
するとはっと我に返ったルーチェ・ミナーリが営業スマイルを向けてきた。
「良く、お似合いですぅ。ユニス様ぁ」
だから、その顔で言われても全然信用出来ないからな。
「それでユニス様、これで何をするのですかぁ?」
そう言ったルーチェ・ミナーリの顔には、これで何をするのかという疑問が浮かんでいるようだ。
これも皆の友好の為と自分を納得させると、肉球グローブを両手に付けてからその可愛らしい肉球をルーチェの目の前に突きつけた。
「皆さんにこれを身に着けて貰って、仮装祭りを行います」
「へ? 仮装祭り?」
俺がそう宣言したところで、扉が開き南門に居るはずの獣人が顔を出した。
「失礼します。ユニス様、バルギット帝国からお客様が到着しまし・・・た」
来客を報告した獣人は俺の恰好を見て固まっていた。
そしてその後ろから部屋に入って来た2人の男も、俺の姿を見て同じく固まっていた。
「あ」
俺は思わず声を漏らしてしたが、入って来た男の顔は初見のはずだが何処かで見たような気もしていた。
その後ろについてきた男の顔を見た途端、王墓にあおいちゃんを迎えに行った時、滞空していた俺に攻撃するように命令していた男の顔だと思い出した。
「墓荒らし」
思わず肉球グローブを付けた手で指さしてしまったが、男の反応を見る限りどうやら間違いないようだ。
俺にそう指摘された男は自分の正体がバレて慌てたのか、真っ青な顔で両手を前に突き出して左右に振っていた。
「ちょ、ちょっと待ってください。私はこちらのレスタンクール卿の護衛役として同伴した者です。決して怪しい者ではございません」
いや、怪しさ100%なんだが、そうは言っても外国の要人警護でやって来た男を無理やり拘束する訳にも行かないよな。
胡散臭い奴でも正式な身分があるとなると、ある程度の行動の自由は認めないと文明的とは言えないよな。
仕方がない。
だが、こちらに不利益を与えたらその限りではないぞ。
「分かりました。こちらに敵対的な行動をしない限り行動の自由を認めましょう」
俺がそう言うと墓荒らしほっとした顔をしていた。
俺と墓荒らしの間でとりあえずの休戦協定が結ばれたのを見たもう1人の男が、1歩前に出て俺の注意が自分に来るようにした。
男は顔に笑顔を張り付けたまま俺に挨拶してきた。
「ガーネット卿、ご無沙汰いたしております。私はバルギット帝国の使者としてこの地に参りましたアースガル・ヨルンド・レスタンクールと言います。以後お見知りおき願います」
「え、ご無沙汰と言いましたか?」
「はい、カルメの町で蝶のような翅を付けたお姿を拝見しております」
そこまで言われてようやく城壁の上で銀色鎧を着た騎士を思い出した。
「あ、あの時の騎士様でしたか」
「ええ、思い出してもらえましたか。あの日以来、ガーネット卿に再び会える日を一日千秋の思いで過ごしておりました」
え、だが、あの時の騎士は俺に向けて部下達に攻撃命令を発していたはずだ。
何処までが本音で、どこからが社交辞令なのかさっぱり分からないな。
だが、あの時の事を考えるとほぼ社交辞令で間違いないだろうと判断した。
「それにしても、実に可愛らしいお姿ですね」
レスタンクールと名乗った騎士は、俺の全身を眺めてからそう口にした。
ジゼルが居れば、あの笑顔の裏の本当の顔を教えてくれたのにとちょっと残念だった。
「ええっと、レスタンクール卿も仮装祭りに参加して貰えるなら特別に用意しますよ」
「何と、私も参加させて頂けるのですか?」
「ええ、勿論、強制ではありませんが参加してもらえるなら歓迎しますよ」
「それでは是非お願いします」
くそう、ジゼルなんでここに居ないんだ。
表面上はとても嬉しそうなんだが、それがどうにも胡散臭いんだよなあ。
その後、用意した建物への感謝とか、これからも仲良くしましょうと言って帰って行った。
まあ、随分社交辞令の上手い相手という事だけは分かった。
そして俺は町の人達に仮装祭りをすることを告知するため、再び七色の孔雀亭に人種の方達に集まってもらった。
「という訳で、皆さんには獣人に仮装して貰ってお祭りを行います」
俺が説明を終えると、皆ぽかんとした顔をしていた。
そこで俺はサンプルとして作ってもらった1セットを手に取ると、自分で猫耳カチューシャと尻尾を取り付け、最後に肉球グローブを付けて皆に見せた。
「こんな感じで、皆さんに仮装してもらいます」
するとトマーゾが勢いよく立ち上がった。
その顔は赤く、そしてプルプル震えていた。
「そ、それは私のようなおっさんも身に着けるのですか?」
「私も付けるのですから、トマーゾさんも付き合ってくださいね」
俺が何事も無かったかのように平然とそう言うと、トマーゾは口をあんぐりと開いて絶句していた。
「ど、どうしても、それを付けなければならないのですか?」
「皆が同じ恰好をすれば恥ずかしくありませんよ。これはあくまでもお祭りなのですから、皆さんも協力してくださいね」
「そ、それはユニス様は似合うからいいでしょうが、俺は・・・」
トマーゾはあくまでも抵抗したいようだが、俺が既に恥ずかしい恰好をしているのを見てそれ以上言えないでいた。
すると今度は酒場の店主をしているカストが立ち上がった。
「ユニス様、その祭りの時ですが、ユニス様には私の店の制服を着て貰えませんか?」
うん、酒場の制服?
ひょっとしてあれか?
「それはあのバニースーツの事ですか?」
「店の制服です。あの制服には兎耳と尻尾もありますから問題ないでしょう?」
うっ、トマーゾ達に強要している身としては、断りづらいな。
すると今度はカフェの店主ベルタが立ち上がった。
「それでしたら私の店のエプロンも付けて欲しいのですが」
「おい、お前の所のエプロンには獣耳も尻尾も無いだろう? お前はお呼びじゃないぜ」
「何を言うの。ユニス様があんな恥ずかしい恰好をするはずがないでしょう?」
「馬鹿いえ、俺達にあの恥ずかしい恰好をするように強要されているんだ。当然、ユニス様も俺達の願いを聞き入れてくれるはずだ」
そう言ってカストとベルタが口喧嘩が続いていると、今度はビアッジョ・アマディが立ち上がった。
今度は何だ?
「まあ、まあ、お2人さん。ここは俺に任せてくれるか?」
「どうするんだ?」
「どうするのよ?」
2人が聞き返すと、ビアッジョは俺の方を見てニヤリと笑っていた。
何だか嫌な予感がするぞ。
「祭りと言うのなら、ユニス様に色々な服を着て貰えば良いじゃないか。ついでにそれに点数を付けるというのはどうだ?」
「おお、それは面白いな。それで最高点を取ったら店で店員をしてくださいね」
え、なんで?
俺1人でファッションショーをしなければならないんだ?
それに何だ店員って、それじゃただの罰ゲームじゃないか。
だが、集まっていた人達は、その話ですっかり盛り上がっていて、とても断れる状況ではなった。
なんでこうなった?
拙いぞ。
1人ファッションショーとか痛すぎる。こうなったら他にも犠牲者、いや、協力者を呼び込まなければならないな。
俺がエルフ枠として、他は獣人枠と人間枠ってところか。
獣人枠はジゼルかビルギットさんでいいとして、人間枠は誰にしようか?
そして思い浮かんだのはルーチェ・ミナーリの顔だった。




