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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第5章 異色の女経営者
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5-27 帝国の使節

 

 ヌメイラのルーセンビリカ本部では、フリュクレフ将軍が執務室でロヴァル公国からの返書を読んでいた。


 帝国軍がエリクサーの原料となるエクサル草を求め、ロヴァル公国に侵攻して敗れた後、ロヴァル側に停戦の使者を送ったのだ。


 私の最優先事項は陛下の御命だ。


 今陛下が崩御されたら、お世継ぎが居ない帝国では3大公爵家から次期皇帝が選ばれるが、既に没落しているレスタンクールから選ばれる事は無い。


 そして今回の侵攻でオーリクが責任を取らされるので、残っているのはアブラームしか無いのだ。


 そして最有力者であるリュカ・マルタン・アブラームは暗愚だとの噂が絶えない人物だった。


 帝国の未来のためにも、あの男が皇帝になることだけは何としても防がなければならなかった。


 そこで陛下を説得して、エクサル草を入手するルートを何とか確保する事にしたのだ。


「ふふ、どうやら公国はこちらの条件を飲んだようね」

「やれやれですね。これで魔女との関わり合いが保てます。皇帝もエリクサーが手に入れば喜ばれるでしょう」


 私の独り言に返事をしたのはジュール・ソレルだった。


 勝手に執務机の前にあるソファに腰掛けて、当番兵が淹れてくれたお茶を飲んでいた。


 この男には、私の命令でロヴァル公国に攻め込んだオーリクの監視をさせていたのだが、結局オーリクを止める事が出来ず帝国軍は敗れたのだ。


 帝国軍が敗れたという連絡蝶を受け取った時は案じていた事が現実になってしまったと嘆いだが、既にその可能性も検討していたので直ぐに陛下に面会し、停戦のための条件を上奏したのだ。


 陛下が私の進言を受け入れてくれて停戦に応じてくれたから良かったものの、あのまま戦争が続いていたら、間違いなく帝国に赤色魔法が撃ち込まれていただろう。


「それで最悪の魔女の実力はどうだったの?」

「予想通りジュビエーヌが獅子の慟哭を使った魔法詠唱を始めたので、その無防備な体にカタパルトの斉射を何度も行ったのです。アイテールの連中も百騎の魔法騎士が一斉に空を飛び攻撃を行ったのですが、その全てを最悪の魔女に防がれました。そして反撃にあって、アイテールの魔法騎士はことごとく撃ち落され、こちらも少なくない被害が出ました」

「完敗じゃない」

「ええ、手も足も出ませんでした」


 でもおかしいわね。


 それが本当なら何故魔女は人間種の争いに手を貸すの?


「おかしいじゃない。何故、魔女が人間を助けるの?」

「さっぱり分かりません。それよりも7百年前にアレをどうやって倒したのか、そっちの方に興味が湧きましたよ」


 ジュール・ソレルのその発言に、私は御伽噺の内容を頭の中でそらんじてみた。


「そう言えば、どうやって魔女を倒したのかという具体的な話は伝わっていないわね」

「それで、魔女を討伐するのですか?」

「馬鹿な事言わないで、既にパルラで負けているのよ。貴方達が生きて帰って来られたのは、見逃して貰えたからでしょう? 今度やったら帝国が滅びるわよ」

「まあ、確かにそうですがね。それでどうするので?」


 私は、ジュール・ソレルの質問を反芻しながら、考えを口にしていた。


「理由は分からないけど、最悪の魔女はジュビエーヌ大公に協力しているわ。という事は、私達とも協力出来る可能性があるとは思わない?」

「え、協力? あ、そう言えば、もう1つ報告がありました」


 そう言うと鞄の中から1枚の紙片を取り出していた。


「それは何?」

「それがカルメのブルレック伯爵から、最悪の魔女について報告があったのです」

「あの金と権力にしか興味のないブルレック伯爵から?」

「ええ、何でも魔女がカルメの町に来たそうですよ」

「え、なんで?」

「細かい事は書いてないのですが、ブルレック伯爵に会いに来たそうです」


 そう言って手に持った報告書をひらひらしていた。


「意味が分からないわね」

「そのまま読むと『最悪の魔女と懇意になった。何かあれば頼られよ』だそうです」

「良かったわね」

「え?」

「あの男でもお友達になれるのよ。それなら私達も当然お友達になれるという事よ」

「え、ま、まあ、可能性はあるんじゃないですかね。それで誰を送るのですか?」


 そう、問題はそこなのだ。


 本来ならパメラ・アリブランディにそのまま任せたかったのだが、彼女はパルラ脱出の際行方不明になっていた。


「最悪の魔女に偏見が無くて、辺境の地で獣人共と共同生活が出来る人材となると、中々厳しいわね」


 私がそう言ってため息をつくと、私の声に応じる声があった。


「それなら俺が行ってもいいだろう?」


 私とジュール・ソレルが声の発生元に視線を向けると、そこには開いた扉を手で押さえているアースガルの姿があった。


「ガル、どうしてここに?」

「おいおい、幼馴染を訪ねるのに一々理由がいるのかい?」

「それはここが私の仕事場でなければね。一応言っておくけど、私はこのルーセンビリカの責任者なのよ」


 するとアースガルは、両手を上げて降参のポーズをしていた。


「すまない。君を怒らせるつもりは無かったんだ。君たちの話に興味が湧いてね。俺を行かせてくれないか?」

「行くって、パルラに?」

「ああ、俺が最悪の魔女に興味を持っていたのは、君だって良く知っているだろう。頼むよ」


 不安だ。


 ガルは最悪の魔女の外見を聞きに来てから、どうもおかしい。


 まさかとは思うけど、魔女に心を奪われてないわよね?


「私は、魔女が話が通じる相手なら味方にしたいの。貴方が魔女にどのような興味を持っているのかはおおよそ察しがつくけど、それで魔女の機嫌を損ね帝国に損失を与えるような事があれば、罰しなければならなくなるわよ」

「大丈夫だよ」


 私はじっとガルの顔を覗き込み、そこに嘘や隠し事や良からぬ考えがないか確かめたが、そのような気配は感じられなかった。


「魔女が居る町は獣人達がうようよ居るのよ。耐えられるの?」

「問題ないさ」


 確かにガルなら社交界でも女の扱いは上手いので、魔女を怒らせる事はないだろう。


「分かったわ。でも、これだけは理解してね。帝国は最優先で魔女が持っているエクサル草が必要なの。ガルにはその調達を最優先でやってもらいますからね」

「ああ、了解した」

「それと、魔女が先の戦闘で帝国に遺恨を持っているか、どうしたら改善できるかも調べて来てね」

「ああ分かった。ちゃんと信頼を得られるようがんばるよ。愛を語れる位には、いや、毒を盛れる位には、かな?」


 本当に大丈夫だろうか?


 レスタンクール家は、百年前のロヴァル侵攻で大損害を出し、以来帝国内では干され続けているのだ。


 まさかとは思うが、魔女を使って帝国に復讐するつもりでは無いわよね?


「ソレル、貴方も付いて行きなさい」

「え、またあそこに、ですか? 俺は悪目立ちしているからまずいと思いますが?」


 この男は、ジュビエーヌが放った赤色魔法にビビって、同僚を連れて帰る事に失敗したのだ。


「貴方には、パメラの捜索もやってもらいますからね」

「う、分かりました」


 +++++


 ジュール・ソレルはパルラに向かう馬車の中で、魔女の事を考えていた。


 過去に魔女と遭遇したのは2度で、そのどちらでも敵対行動をとっていた。


 最悪の魔女が俺の事を覚えていたら、目が合った途端、殺される危険があった。


 上司であるフリュクレフ将軍は、他国の使者に対してそんな無礼な行動はとらないだろうと楽観的だったが、相手は人間では無いのだ。


 だが、あの魔女は目を見張るほどの美人で、とてもエロい体付きをしているのは確かだ。


 最も危険で、最も美しい相手というのは、どうしてもこうもそそられるのだろうか?


 こんな無茶な命令を発したフリュクレフ将軍を、恨めばいいのか感謝を言えば良いのかよく分からなかった。


 やがて、馬車が止まり、外から死刑宣告をする声が聞えてきた。


「誰が乗っている?」

「この馬車にはバルギット帝国のレスタンクール卿が乗っておられます」

「ああ、姐さんが言ってた外交官とかいう奴だな。ちょっと待ってくれ、家を用意してあるから案内人を付けてやるよ」


 ああ、とうとうパルラに到着したようだ。


 さて、俺は直ぐに殺されるのか、それとも生かされるのだろうか?


 馬車の外では1人の獣人がやって来ると、こちらに付いて来いと合図を送ってきた。


 そして馬車に負けない速度で道を走ると、何もない路地を曲がって植え込みが続く区画に入っていった。


 広大な敷地を持つその場所には、継ぎ目のない石壁と装飾が施された石柱で出来た建物があった。


 馬車から降りたジュール・ソレルは目の前の建物を見上げた。


「ここは?」

「ユニス様はこれを「領事館」だと言っていました」

「りょうじかん?」

「ええ、なんでも外国の使節が仕事と生活をするための建物、だそうです。大きい方が仕事をする本館で、隣にある小さい方が寝泊まりをする別館だと言ってました」


 良かった。


 少なくとも魔女は我々を歓迎してくれているようだ。


 馬車からレスタンクール卿が降りてくると、案内役の獣人に声を掛けていた。


「ガーネット卿に着任の挨拶をしたいのだが、案内してくれないか」

「今はリーズ服飾店だと思います」

「もしかして、俺のために外交用の礼服でも作られているのか?」

「さあ、細かい事までは」


 その返事を聞いたレスタンクール卿は態と大げさに驚いたポーズを取っていた。


「それは大変だ。俺達のために気を使って貰わなくても良いと言わなければならないな。獣人殿、申し訳ないが、ガーネット卿が居るという店に案内してくれないか」

「はい、それではついて来てください」

「ソレル、お前も付いてくるように」


 ジュール・ソレルは、そんなに早く魔女と会わなくても良いのにとレスタンクール卿に聞こえないように毒づいた。


 獣人に連れられて行く途中で、殺されるとしたら焼き殺されるのか、それとも石で殴り殺されるのだろうかと想像していた。


 そして獣人が開けた扉の中に入って行くと、そこには頭の上に獣耳を付け、腰に尻尾を付けた実に可愛らしい恰好をした最悪の魔女がいた。


 だが、俺と目が会うとその顔から笑顔が消え、目を引く赤い瞳がすうっと細くなるのを見て、俺は本能的に次に来るであろう衝撃に備えて身構えていた。


ブックマーク登録ありがとうございます。

大使館を領事館に修正しました。パルラは首都ではありませんので凡ミスです。すみませんでした。



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