5-26 軋轢
ジゼルとの朝食を終えた後、ジゼルと別れてチェチーリアさんに先程の質問の続きをしてみた。
「それで、チェチーリアさん、さっきの質問の答えを教えて貰えますか?」
俺がそう言うと、チェチーリアさんはジゼルが居ない事を確かめてから口を開いた。
「人間達は、獣人の事を怖がっています」
そう言われて、あの時トマーゾが「獣共」と言った事を思い出した。
想定以上に深刻な事態のようだ。
人間達には、この事態が稀で対策もある事をちゃんと説明しておいた方が良さそうだな。
まあとりあえず、町の状況でも確かめてみるか。
娼館を出ると、そこにはトラバール達元剣闘士の獣人が集まっていた。
そして俺の顔を見るなり全員土下座していた。
「「「姐さん、すみませんでした」」」
ちょっと待て、これじゃ何だかその筋の人みたいだからやめてくれ。
それになんで土下座なんて知ってんだ?
「ちょっと、その恰好は何ですか?」
「いや、妹ちゃんに聞いたらこれが最上級の謝罪の恰好だと教えて貰ったんだが、違うのか?」
犯人はあおいちゃんか。
姿を見かけないが、一体何処にいるんだ?
「あおいは何処に居るの?」
「え? ええっと、浴場で寛いでました」
ああ、案外気に入ってくれたようで、何よりだよ。
「私への謝罪は不要です。それよりも迷惑をかけた人間の方達に謝罪しておいてくださいね」
「え、ああ、分かり・・・ました」
とても言いにくそうにしているのは相手が怖がっているからだろうが、それでも謝罪はして貰わないと禍根を残すからな。
獣人達を解散させると、俺は町中の様子を見る事にした。
パルラの町は大きさに割に人口が少ないので、人を探そうと思うと居る場所に行かないといけなかった。
私が作った仕事で町中にあるのは、元アディノルフィ商会のパン焼き工房と、森林で捕獲した魔物の解体場だ。
そこでは人間と獣人が一緒に作業しているのだ。
まあ、他にも切り出した木材を使って加工品とかも作ってもらっているが、そちらは獣人しか居ないので対象外だ。
俺は解体場に行くと入口から中を覗いた。
そこでは獣人達が作業をしていたが、人間達の姿は何処にも無かった。
次にパン焼き釜がある工房に行ってみると、そこでは人間達が製粉やパン焼きを行っていたが、獣人の姿は無かった。
どういうことなのだろうと思っていると、俺が来たことに気付いた男性が慌ててこちらに駆け寄って来た。
「これはユニス様、なにか御用ですか?」
「ここには何故獣人が居ないのですか?」
俺がそう尋ねると、それまで笑顔を見せていた男性は途端に暗い顔になっていた。
「えっと、隣の解体場に行ってもらいました。代わりに解体場に居た人間達にはこちらに来て貰っています」
「え、何でそんな事をしているのですか?」
「皆が獣人を怖がってしまい、仕方なくです」
ああ、成程、これは早めに説明した方が良さそうだな。
娼館に戻って来ると、早速食堂のチェチーリアさんを訪ねた。
「ねえチェチーリアさん、この件について人間の方達に説明しておこうと思うのだけど、みんな集まってもらえますか?」
「う~ん、それじゃあ父さんに話してみます。なんだかこの町で世話役みたいなことをしているようなので」
「ええ、それではお願いしますね」
そしてやって来たのは七色の孔雀亭だ。
そこで集まった人間達に、今回のケースが稀である事と対策もある事を説明した。
俺が説明を終えて集まった人達を見渡すと、みんな半信半疑なのか互いに顔を見つめて相手の様子を窺ったり、1人で何かブツブツ言っているようだ。
するとトマーゾが立ち上がり、質問をぶつけてきた。
「ユニス様が言う事は分かりましたが、それでも突然襲われたらその対策をする時間も無いと思いますが?」
「ああ、それなら大丈夫です。私は何時もジゼルと一緒にいますから、ジゼルがおかしくなれば直ぐに分かります。その時は危険を知らせる合図を送りましょう」
だが、トマーゾはそれでも納得していないようだった。
「それで、その、どのような合図をなさるのでしょうか?」
こういう時って、鐘楼で鐘を打つとか、花火で知らせるのが定番だよな。
だが、この町に火の見櫓は無いから花火ってとこか。
「それじゃあ、空に向けて魔法弾を撃ち上げましょう」
「魔法弾・・・ですか?」
「ええ、それなら寝ていても音で気が付くでしょう」
「ま、まあ、そうですね」
「獣避薬はエルフの皆さんに作ってもらいます」
何とかなりそうかなと思ったのだが、集まった人達は何だが納得していないようだった。
そこで彼らの気持ちになって考えてみると、被害者となる自分達が気を付けなければならないのは何か変だという事になる。
そうだよな。
普通なら獣人達の方で何かしなければならないんだろうが、今はその方法が分からないのだ。
多分、獣人ともっと仲良しになれば納得してくれるんだろうが、今の感情では難しそうだ。
なにか、こう、仲良くなれる上手い方法は無いだろうか?
当面は俺の顔を立てて納得してもらったが、このままではいつか不満が爆発しそうだ。
町の中では、人も獣人も姿を見かけるが、改めて注意して見ていると、お互い相手が存在していないかのようにふるまっているのに気が付いた。
人も獣人も俺にはちゃんと挨拶したり話しかけてくれるので、気付かなかったせいもあった。
そしてカフェでは人も獣人も客として来ていたのを思い出して、店長に理由を聞いてみる事にした。
カフェ「プレミアム」に来ると、店長が笑顔で歓迎してくれた。
「ユニス様、1人なんて珍しいですね」
「ええ、七色の孔雀亭で今回の獣人の暴走について説明会をしていたのです」
「ああ、結局あれ、どうなったんですか?」
「エルフ達が作る獣避薬を人間達に配ることになりました」
それを聞いた店長は一瞬とても嫌そうな顔をした。
まあ、あの匂いを嗅いだら俺だって嫌だと思うよ。
「ところでベルタさん、この店には獣人も来るでしょう。何か秘訣とかあるんですか?」
「ああ、それはほら、これですよ」
そう言って床を指し示すと、そこには明確なラインが引いてあった。
「この線から向う側が獣人専用、こちら側が人間専用です」
「え、じゃあ、私はどうなるんですか?」
「ユニス様に制限はありません。何時でも好きな時に好きな場所に座って貰ってOKです」
「ああ、そうなのですね」
それにしてもこれって、ちょっと前まであったファミレスとかの喫煙コーナーと禁煙コーナーみたいなものか。
完全に分けられているのは、これはこれで問題ではないのだろうか?
カフェを出て歩いていると、広い空き地で遊ぶ子供達の姿が見えてきた。
そこではチェチーリアさんの娘のファビアちゃんと、スーとか言ったあの犬獣人の子供が一緒に遊んでいた。
そう言えばあの2人は年が近かったな。子供は偏見が無いから直ぐに仲良くなるよね。
脅かさないように少し離れた場所から見ていると、2人の会話が風に乗って聞えてきた。
「スーちゃんのそのお耳、可愛いねー」
「ファビアちゃん、くすぐったいよぅ」
「私もそのお耳欲しいー」
うん? もしかして、外見的に同じになれば偏見が消えるんじゃ?
娼館に戻って来るとジゼルやビルギットさんを見つけて、早速耳や尻尾を調べる事にした。
そして大体の形が分かったところで、今度はリーズ服飾店に向かった。
そしてリーズ服飾店の応接室で、ルーチェ・ミナーリと裁縫士さん達と向き合っていた。
「ユニス様ぁ、それで今度はどんな注文ですかぁ?」
俺はメイド服でお馴染みのブリムを取り出して、そこに三角形の獣耳を付けた。
「これは猫耳カチューシャと言う物です」
「ほう」
「耳の形状はこの猫獣人の物の他に兎獣人用の物もお願いしますね」
裁縫士達が興味を示してくれた。
「それと尻尾もお願いね」
「尻尾はどんな物にしますか?」
尻尾は、モフモフな物から毛足が短い物まで数種類頼んでみた。
すると俺が裁縫士達に直接話していたのに不満を覚えたルーチェが口を差し挟んできた。
「ユニス様酷いですぅ。お話は私を通してくださいよぅ」
「あ、御免、御免、ルーチェさん、とりあえず1種類ずつサンプルを作ってください。注文はその後でお願いしますね」
「はい、分かりましたぁ。それにしてもぉ、ユニス様の発想はとおっても素晴らしいですぅ」
「え、そう思います?」
「ええ、勿論ですぅ。前に御作りになられました下着もぉ、お洋服もぉ、とおっても人気になっていますよぅ。流石はユニス様ですねぇ」
ルーチェは所謂よいしょをしているのだ。
だが俺はこれが営業トークである事をすっかり失念して、良い気分になっていた。
「他にはないんですかぁ?」
そう聞かれた時、つい悪ノリをしていた俺は肉球グローブも頼んでいた。
いや、これはほんと、場の空気に流されたというか、唯の勢いです。はい。
「ところで、これ、何に使うんですかぁ?」
「サンプルが出来上がってきたら説明しますね」
「分かりましたぁ」
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