5-24 本能の日1
俺は燃え盛る火事の中、茫然とその光景を眺めていた。
周囲からは消防車の唸るサイレンの音や野次馬が騒ぐ声等が混ざり、ざわざわと聞えていた。
そんな中近づいて来たサイレンの音が、こちらに向かってやってくるとそのまま俺の体に激突してきた。
「うぐっ」
そして俺は目を開けるとそこは何時もジゼルと寝ている部屋で、俺はベッドから落ちて床の上に仰向けに倒れていた。
そしてベッドからは金色に燃える2つの瞳がこちらを睨み、唸り声を上げていた。
事情が全く飲み込めない中、その瞳を見つめていると以前にも似たような物を見た記憶が蘇ってきた。
それはビルスキルニルの遺跡の傍にある魔素水泉で、水浴びをしている時に現れたオークという魔物の瞳が同じように輝いていたのだ。
そしてあの獣人の里に居たゴブリンも、似たような色の瞳をしていたのだ。
ぼやけていた目の焦点がようやく合って来ると、その金色の瞳をした者がジゼルだというのが分かった。
あれ? ジゼルの瞳は右が橙色、左が紫色のオッドアイのはずなのに、何故金色の双眸になっているのだろう?
しかも俺を見て「フー」と唸り声を上げているのだ。
一体どうなっているんだ?
するとジゼルはベッドから飛び出し、部屋から出ると何処かに行ってしまった。
俺はジゼルに蹴られた腹を摩りながら起き上がると、昨日何か気に障る事でも言ったのだろうかと考えてみたが、全く思い当たらなかった。
目が覚めてしまったので仕方なく部屋を出たが、廊下には人影はなくひっそりとしていたので、そのまま1階に下りていった。
娼館の1階では、食堂の方から誰かが何かをしている物音が聞えてきた。
俺はその物音が聞える方に歩いて行くと、そこではチェチーリアさんが朝食の準備をしていた。
「チェチーリアさん、おはようございます」
「あ、ユニスさん、おはようございます」
「ジゼルを見かけましたか?」
「ジゼルさん? さあ、私は見ていませんけど」
「そうですか、邪魔をしましたね」
俺が出て行こうとすると、チェチーリアさんに呼び止められた。
「あ、食事はどうします?」
「もう食べられるのですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
これからジゼルを探しに行くにも食事をしていた方がいいかと思い、チェチーリアさんにお願いする事にした。
俺が朝食を食べていると、そこにビルギットさんが入って来た。
そして俺の顔を見ると途端に目を三角にして「フー」と威嚇してきたが、その眼を見るとやはり金色に輝いていた。
おかしい。
ジゼルといいビルギットさんといい、どうして瞳が金色に光っているんだ?
俺は大急ぎで朝食の残りを腹に収めると、他の獣人達がどうなっているのか調べる事にした。
獣人を探すには一番確実なのは南門なのだが、そこには手ごわい連中が多いので後回しにした方がよさそうだ。
そこで通りで清掃でもしていそうな、ベイン達猫獣人でも探してみる事にしたのだ。
だが、不思議な事に探そうとすると見つからないもので、北門の外で農作業をしているウジェ達を訪ねてみる事にした。
北門を抜けて畑の傍にある作業小屋を覗くと、誰も居なかった。
まだ早い時間だからか、寮に居るのだろうか?
これからどうしようかと考えていると、エルフ達が住んでいる森の方角から何かが争っているような音が聞えてきた。
急いでそちらに行ってみると、そこではエルフを襲うウジェ達犬獣人の姿があった。
「ちょっと、何をしているの?」
俺がそう声を掛けると、集まっていた犬獣人達が一斉にこちらに振り向いた。
その瞳は金色に輝いていた。
明らかにおかしい。
だが、それを考えている暇はなかった。
それというのも犬獣人達が、一斉にこちらに襲い掛かって来たからだ。
その顔を見て身の危険を感じたが、仲間を攻撃する訳にも行かず何とか話し合いでと思っていたが、それは全く無駄だった。
俺はそのまま押し倒されると、上に乗った獣人達の手が伸びて手足を押さえつけられていた。
まるでガリバー旅行記の主人公のようだと呑気な事を考えていると、獣人達の手が俺の体に伸びてきたのだ。
おかしい。
常時起動している魔力障壁が全く仕事をしていない。
沢山の手に体をまさぐられ、胸を乱暴に揉まれる痛みに耐えながら、獣人達に声を掛けていた。
「ちょっと、止めなさい」
だが、理性を失った獣人達は聞く耳を持たないようで、こちらの言葉に全く反応しなかった。
それどころか、何本もの手がスカートの中に潜り込み、そのまま足の付け根の方に迫ってきたが、両足を押さえつけられているので足を閉じる事が出来ず、侵入を阻むことが出来なかった。
これ以上穏便に解決する事は無理だと悟った。
俺は魔力を込めると、周囲に沢山の藍色の魔法陣が現れた。
これはエルフのベルヒニアに教えて貰った電撃系の魔法だ。身体能力の高い獣人なら運が悪くなければ気絶する程度で済むだろう。
皆、耐えてくれよ。
「微弱雷」
藍色の魔法陣から放電された電撃が、次々と獣人達に襲い掛かった。
感電した体は、ビクリと動くと、糸の入れた人形のようにバタバタと倒れて行った。
最後に残ったのは俺の体に密着している数人で、体をずらしたり蹴飛ばしたりして距離を取ると、電撃で意識を刈り取っていった。
そして動かなくなった獣人達の山の中から何とか這い出すと、遠巻きにこちらの様子を窺っているエルフ達の姿があった。
「ユニス様、ご無事で何よりです」
そう声を掛けてきたのはベルヒニアだった。
見ているなら手伝ってくれてもいいだろうにと思ったが、彼女達も獣人に襲われていたのだから、近寄りたくなかったのだろうと考え直した。
「貴女達も襲われていたようだけど、大丈夫なの?」
「ええ、ちょっと油断していましたが、獣避薬があるからそれを塗れば問題ないです」
そう言ったベルヒニアからは、何だか凄く嫌な臭いが漂っていた。
「対策をしているのなら、獣人達のあの現象が何だか知っているのですね?」
「はい、あれは、発情期という昔の本能が現れたものです。獣人はごく稀に昔の血が騒ぐ時があって、そういう時は普段押さえている感情が爆発するようなのです」
それって満月の時に犯罪が増えるみたいな感じかな?
それともDNAに深く刻まれた何かという事か?
「でも、エルフと獣人では種族が違いますよね?」
「アレは本能の行動ですから、普段私達に興味を持っていたらあり得る話です。先程ユニス様が襲われていたのは、心の奥底でユニス様と、その、交尾をしたいと思っていたからだと思います。ひょっとすると一番危険なのはユニス様かもしれません」
そう言ってベルヒニアは、頬を赤らめて俯いていた。
恥ずかしいのなら、そんなストレートな言い方しなくてもいいのに。
それにしても俺が危険って・・・あれ、そう言えば魔素水泉で俺を襲って来たのはオークだったよな。
するとジゼルやビルギットさんが、威嚇してきたのは何だ?
「ちなみに女同士だとどうなるんですか?」
「傍に別の雌が居ると雄を取られますからね、確か威嚇するのだと思います」
ああ成程、あの行動はそういう事か。
するとジゼルは、俺の事を雌と識別していたという事か。
「それでこの現象はどの位続くのですか?」
「多分、2日位ではないでしょうか? そんなに長くはないはずです。あ、ユニス様、これ使いますか?」
そう言ってベルヒニアは、獣避薬を差し出してきた。
流石にその強烈に男臭い匂いは避けたかったが、他に困っている人が居たら役に立ちそうなので貰っておくことにした。
ベルヒニア達と別れて、北門から町の中に戻って来ると、そこは陥落した町に乱入した敵兵が住民達を蹂躙するような状況になっていた。
俺は重力制御魔法で地面から僅かに浮くと地面をスケートで滑るように移動しながら、目についた獣人達に片っ端から「微弱雷」を打ち込んでいった。
そして人間種の女性を押し倒している場面に直面した。
「貴方達、いい加減にしなさい」
俺がそう言うと、獣人達の注意が一斉にこちらに向いた。
その瞳は金色に輝いていた。
「ガルル、女、俺の物」
そして俺の方に向かって来た獣人達に微弱雷を打ち込み意識を刈り取ると、押し倒されていた女性に声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
「あの、ユニス様は正気なのですか?」
「ええ、問題ありませんよ」
「そうですか、急に獣人達が襲い掛かって来て、その、怖かったです」
そう言って上体を起こした体を、両手できつく抱きしめて震えていた。
まあ、信じていた相手が突然豹変して襲い掛かって来たんだ、これは仕方がないだろう。
「そうだ、これを使えば獣人から襲われなくなります。他の女性にも教えてあげてください」
そう言って先程ベルヒニアから貰った獣避薬を渡した。
「これは?」
「獣避薬という塗り薬です。ちょっと匂いがきついですが、あれは2日程度で収まりますので、その間はこれを使って凌いで下さい」
「ありがとうございます」
それからも町中をおかしくなった獣人を探しては気絶させていると、目の前に俺の事をロックオンしている獣人の姿があった。
「・・・トラバール」




