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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第5章 異色の女経営者
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5-23 疑念

 

 クレールは、最悪の魔女が上がっていった階段をじっと見ていた。


 最強の赤色魔法使いで、広大なヴァルツホルム大森林地帯の支配者。


 私の最悪の魔女に関するイメージは、尊大で人間をゴミ屑のように見下す、氷のように冷たい殺人鬼だった。


 それがどうなの。


 冒険者の軽はずみな行動で魔女の手下を怒らせて今にも大量殺戮が行われようとした現場に現れ、一瞬で事態を収拾してしまったのだ。


 誰も敵いそうもないドラゴン並みに凶悪なメイドを叱りつけ、床に倒れていた冒険者を優しく介抱したのだ。


 クレールは自分の目でそれを見ているのに、脳がそれを理解するのを拒否していた。


 それは小さい頃から言い聞かせられてきた事が原因だった。


 バルギット帝国では、小さい頃から最悪の魔女に関する御伽噺を聞かされる。


 人間達の国であるバンダールシア大帝国が滅んだのは、人間を憎む最悪の魔女が人間達の繁栄を妬み我が物にしようとして戦争を吹っ掛けてきたからだと教えられるのだ。


 そして始祖バルギット様が暴虐の限りを尽くした魔女を討伐し、統治者が居なくなり無秩序となったこの地にバルギット帝国を興して人々を救ったのだと。


 あれ?


 最悪の魔女は、人間を憎んでいるのではないの?


 傷ついた冒険者を膝枕にして、優しく介抱したあの人型をした物体は何?


 おかしいじゃない。


 御伽噺が本当なら、こんな事は絶対に起こらないはずよ。


 最悪の魔女とは一体何者なの?


 もしかして私は、嘘を教えられていたとでもいうの?


 でも、そう考えないと先程起こった光景は、とても理解出来なかった。


 あの慈愛に満ちた姿が真実だとしたら?


 それならバンダールシア大帝国は、どうして滅んだの?


 強大な力を持ちバンダールシア大陸の半分を支配する最悪の魔女が、本当に人間達の繁栄を嫉妬するものなの?


 そこで思い出したのが、始祖バルギットが持ち帰った「不老の指輪」というマジック・アイテムだ。


 名前だけ聞いたら、権力の頂点にいるバンダールシア大帝国の皇帝が、いかにも欲しがりそうなアイテムよね?


 すると恐ろしい疑念が湧いてきた。


 ひょっとして戦争を吹っ掛けたのは、人間の方ではなかったの?


 百人の聖騎士は、魔女の持っていたアイテムを奪うために出撃したのではないの?


 この国を興したバルギット様は、一体何を殺したの?


 そこで私は考えるのを止めた。


 駄目よ、クレール。


 これ以上考えたら私は異端者として、教会かルーセンビリカのどちらかに抹殺されてしまうわ。


 そして意識を他に向けるため、先程魔女に介抱された冒険者に傷の具合を尋ねてみた。


「大丈夫ですか? 何処か痛い所はありますか?」


 するとその冒険者は、顔を赤くしながら答えてきた。


「ああ、問題無い。いや、違うな。古傷が癒えた感じだ。あれは治癒術師なのか?」


 ええ、きっと慈愛の魔女様だと思うわよ。




 そして会合が終わるまでギルド職員や冒険者達は、2階から乱闘や怒声が響くのではないかと心配しながら待っていると、魔女が黄色い髪のメイドを従えて降りてきたのだ。


 その後ろにはバラチェさんが居て、とても満足そうな顔をしていた。


「ガーネット卿、私の馬車で町の外まで送りましょう」

「バラチェさん、よろしくお願いしますね」


 そして冒険者ギルドから出て行く前にこちらに振り返ると、ペコリを軽く頭を下げた。


「皆さん、お邪魔いたしました。さようなら」


 集まっていた冒険者達は、そんな魔女にニコニコ微笑みながらお別れの挨拶をしていた。


 初めに突っかかって行った時とは大違いである。


 既に何人かはあの美しさに魅了されたのか呆けたような顔をしていて、バラチェさんと同じ症状の冒険者が増えたようだ。


 そんな冒険者達の様子を眺めていると、2階から会合に参加していた人達が降りてきた。


 皆の顔には来た時に見せていた悲壮感は無く、とてもほっとした表情をしていた。


 私はギルドマスターに声を掛けた。


「ギルドマスター、会談は成功だったようですね」

「ああ、そうだな。魔女があんなに親しみやすい性格だとは思わなかったよ」

「それって、御伽噺とは随分と違うんじゃないんですか?」


 私がそう疑問を呈すると、ギルドマスターは初めて気づいたのか、何やら考え込んでいた。


「そう言えば、アレは自分の事を最悪の魔女ではないと、はっきりと否定していたな」

「え、という事は、赤い瞳を持つ者が魔女以外にも表れたという事ですか?」


 私がそう尋ねると、ギルドマスターは首を横に振っていた。


「いいか、ここ7百年の間、赤い瞳を持つ者は現れていないんだ。それが今更2人目が現れると思うか? アレは復活した最悪の魔女で間違いない。恐らくだが、復活の時に昔の記憶を失ったんじゃないかな? うん、多分そうだ。何時までも記憶を失ったままでいて欲しいと願うよ」


 すると後ろから続いて降りてきた商業ギルドの代理の男と、デルヴァンクールが話していた。


「デルヴァンクール殿、魔女の事をヌメイラに報告するのですか? 私、いえ、商業ギルドとしては、余計な事をして魔女の心象を害して欲しくはないのですが」

「それは伯爵様がどう考えるかだが、後で発覚した時の事を考えるとな。一応ルーセンビリカには報告をしなければならないだろう」

「それにしても、魔女があんなに気さくな性格だとは思いませんでした」

「まあ、あれなら色々利用出来るような気がするんだがなあ」

「だから、何度も申し上げていますが、それで心象が悪くなってこの町が不利益を被る事だけはお止めください」


 クレールは魔女が優しい性格だと分かった途端、利用することを考えている人達に嫌気が差していた。


 そして7百年前も、こんな感じだったのだろうかと改めて考えていた。


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