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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第5章 異色の女経営者
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5-21 カルメ冒険者ギルド再び

 

 カルメ冒険者ギルドの受付嬢クレールは、昼過ぎののんびりした時間をまったりと過ごしていた。


 少し前、ヴァルツホルム大森林地帯に大森林の悪魔という魔物が出て大変な騒ぎになったが、今はその魔物の目撃情報も無くなり平穏な日々が戻っていた。


 討伐に失敗した十字剣のバラチェさんは、大森林の悪魔がカルメの冒険者達が活動するエリアには近寄らないと約束してくれたと言って来たが、その時は誰もそれを信じなかったのだ。


 それが気に入らなかったバラチェさんは、その後も森に入っては大森林の悪魔を探しているようだった。


 そして今、勢いよく駆け込んできたバラチェさんは、興奮して真っ赤になった顔で私のカウンターまでやって来ると、おかしなことを言い始めた。


「クレール殿、ギルドマスターに報告したいことがあるのだ。こんな素晴らしい事が起こるなんて、俺は何て幸運なんだ」

「ちょっと落ち着いてください。一体何があったと言うのですか?」

「おお、それがな、あの大森林の悪魔を見つけたのだ。そして私は友人になったのだ」

「はあ?」


 可哀そうに。


 バラチェさんはあの魔物を追い求めるあまり、ついに頭がおかしくなってしまったようだ。


 いや、待て、顔が赤いし、きっと酔っぱらっているのね。


「あの、バラチェさん、しっかりしてください。お酒の飲み過ぎで幻覚を見たんですよ」

「何を言っている、私は素面だぞ」


 そう言ってバラチェは、私に息を吹きかけてきたのだ。


 私の顔に息を吹きかけるなんて、デリカシーを知らないのって、あれ? 酒の匂いがしない。


 という事は、大森林の悪魔は高位魔法が使えると聞くし、バラチェさんは呪いを掛けられた可能性が高かった。


 それなら何かに取り付かれたようなこの態度も納得できるわね。


「バラチェさん、貴方は呪いを掛けられているのです。大丈夫です。この町にあるディース教会には、解呪が出来る司祭様がおられます。直ぐに治して貰いましょう」


 そして私は、うだうだ言っているバラチェさんを強引に引っ張って教会に向かった。


 そこで解呪をお願いしたのだが、効果が全く現れなかった。


 そこでようやくバラチェさんが呪われている訳でも、酔っぱらっている訳でもない事が分かったので、ギルドマスターと一緒に話を聞く事にしたのだ。


 こう見えてもバラチェさんは黄色冒険者で、しかも男爵様本人でもあるので、ギルドとしてもぞんさいに扱えないのだ。


「それでバラチェ殿、大森林の悪魔と会ってどうしたんです?」

「おお、ユーグ殿それがな。大森林の悪魔は名をユニス・アイ・ガーネット殿と言って、今はロヴァル公国の貴族になっておったぞ」


 ズゴッ


 思わず座っていた椅子からずり落ちていた。


 駄目だ。


 全く理解できない。


 隣に居るギルド長を見ると、私と同じように頭を抱えていた。


「バラチェ殿、きっと疲れが出ているのだ。一度帝都に戻って静養されたらどうだ?」

「馬鹿な事を言うでない。私はガーネット卿の討伐クエストを、取り下げて貰わねばならんのだ」


 そう言うと椅子から立ち上がって、片手を突き出していた。


 ギルドマスターはその光景を見て、何を言っても無駄だという事を悟ったようだ。


「それなら討伐クエストの依頼主を教えるから、そちらに掛け合ってみたらどうかな?」

「おおそれは良い考えだ。それで誰なのだ?」

「この町の領主ブルレック伯爵です」

「良し、分かった」


 そう言ってバラチェは駆け出して行った。


 あんな四方山話を伯爵様が聞き入れるとは思えなかったが、厄介払いが出来てほっとしていたのだ。


 この時までは。



 そして今、私は目が回るほど忙しい思いをしていた。


 それというのも、どういう訳がバラチェさんの申し出を、伯爵様が受け入れてしまったのだ。


 そしてどうしてそうなったのか、この冒険者ギルドで大森林の悪魔と会うという事になっているのだ。


 ギルドマスターの推測では、冒険者ギルドなら万が一魔女が暴れた場合でも、それを抑えるための人材が揃っているからだろうという事だった。


 それから本当か嘘か、大森林の悪魔の正体は、御伽噺に出て来るあの最悪の魔女だというじゃないの。


 そんなのが暴れたらこの町全体が消し飛ぶのだから、領主様のお館でもいいじゃないのと文句を言いたかった。


 それでも仕事として会合中の護衛も兼ねて冒険者を集めなければならないので、ギルドの依頼ボードに当日の護衛任務としてクエストの依頼書を貼り出していると、それを見た冒険者達から様々な反応があった。


「なあ、受付さん、この依頼って、ひょっとして噂になってる悪魔だか魔女だかの件か?」

「ええ、そうですよ。どうですか報酬は高いですよ」

「うへぇ、俺はちょっと止めとくよ。それよりも遠くに逃げたい」


 この冒険者は、相手がどれだけやばいのかを知っているようだ。


 知っていたら、逃げたいというのは当たり前だろう。


 私だって逃げられるのなら、そうしているのだから。


 そして相手がどれだけやばいかを理解していない冒険者はというと。


「なら、俺達が受けるぜ。態々あっちから出向いてくれるんなら手間なしだ。なあ、討伐してもいいんだろう? そうしたら百万ルシアは貰えるんだよな?」


 皆、こういった反応なのだ。


 その冒険者を見ると、やっぱりというか、いかにも脳筋といった連中だった。


「駄目です。戦っていいのは相手が暴れた時だけです」

「ほう、暴れたら良いんだな?」

「だからと言って挑発はしないでくださいね」


 相手を見くびっている冒険者は、決まってこういう反応なのだ。


 今度は、この連中が逆に相手を怒らせる行動に出ないか心配になってきていた。


 これはギルドマスターから、きつく言い渡してもらう必要があるわね。



 そしてバラチェさんが言っていた、会合当日の朝がやって来た。


 私の胃は、不安の余り穴が開きそうで体調は最悪だった。


 食欲が無く、水だけ飲んで家を出ると、カルメの町は何時もの朝と何も変わらなかった。


 どうやら町の人達は、本日町が崩壊するかもしれないという事を知らないようだ。


 ある意味その方が幸せなのかもしれない。


 だが、私はその現場に向かわないといけないのだ。


 意識していないと動かなくなる足をなんとか動かしてギルドにやってくると、そこは既に厳戒態勢になっていた。


 ギルドで会合の準備を整えていると、商業ギルドの代表がやってきた。


 その男はギルドマスターの代理らしいのだが、気弱そうな男でどう見てもギルドマスターから厄介事を押し付けられたのは明白だった。可哀そうに。


「ご苦労様です」

「ああ、君は勇気があるね」

「それは今日、ここを訪問するはずの会合相手の事ですか?」


 私がそう尋ねると、代理の男はゴクリと唾を飲み込むと、周りに聞こえないように低い声になっていた。


「君は知っているのか。あれは御伽噺の最悪の魔女だそうだぞ」

「ええ、噂でそう言われていますね」


 私も思わず小さな声で返していた。


「ギルドマスターが言うんだ。復活した最悪の魔女は、人間に敵意を持っていないから安全だと。それなら自分が会いに来ればいいと思わないか?」

「ええ、私もそう思いますよ」


 すると今度は私の耳元で、更に声を小さくしていた。


「そしてこうも言うんだ。ヴァルツホルム大森林地帯は魔女の領域だから、森からの恵みで生活をしている身としては、許可を貰えれば今後安心して素材が扱えるだろうってさ」


 確かに理屈ではそうなのだが、御伽噺の最悪の魔女は人間種を敵と認識していたはずだ。


 そんな存在が、私達に好意を示すとは到底思えなかった。


 すると今度は、領主の代理としてデルヴァンクールがやって来た。


 商業ギルドの代理は、デルヴァンクールの顔を見ると不満を口にしていた。


「デルヴァンクール殿、これは国家的な大問題なのではないですか? カルメでは無く帝都ヌメイラで皇帝を交えて交渉をした方がよろしいのでは?」


 それを聞いたデルヴァンクールはこの場で話す内容ではないと憮然としていたが、小声で本音を語っていた。


「そんな事をしたら、勝手に魔女を賞金首にした事を咎められるだろう」


 それを聞いて私は、権力者達の臭い物に蓋をする習性を呪ったのだった。



 そして運命の時が来た。


 ギルドの正面扉が開きバラチェさんが姿を見せると、その後ろからメイド服を着た顔に模様がある黄色い髪をした女性が入って来たのだ。


 え? あれが最悪の魔女なの?


 すると冒険者の1人が、そのメイドにちょっかいを掛けていた。


「おいおい、メイドの姉ちゃんよぉ。ここは領主様の御屋敷じゃねえぞ。とっとと帰んな」


 あれだけ口を酸っぱくして言い含めたというのに、何て事をするのよ。


 だが、私の願いもむなしく、その冒険者は相手を小馬鹿にするように突き出した頭を、被っていた兜もろともデコピンされて、回転しながら壁に激突していた。


 それを見た他の冒険者達はすかさず武器を抜いて、そのメイドを半円形に包囲していた。


 その連携の取れた動きを見たら、誰が見ても事前に示し合わせていた事は明白だが、相手が予想外に強そうなので戸惑っているようだった。


 そんな冒険者に対して、扉を抑えていたバラチェさんから死の宣告がなされた。


「お前達、そのお方は魔女様が作られたオートマタだ。怪我人が増えるだけだから無駄な争いはしない方がいいぞ」


 それは目の前に居るメイドが、実はドラゴンだと言われたようなものだった。


 それを聞いた冒険者達は、真っ青な顔になってプルプル震え始めたが、私に出来る事はギルドの建物が崩壊しないよう祈る事だけだった。


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