5-18 町の紹介
アレッシアは扉をノックする音で目を覚ますと、寝不足でぼうっとした頭を振り何とか目を覚まそうとした。
このまま二度寝をしたら、辺境伯様との面会時間に絶対に間に合わない自信があったからだ。
何とか着替えを済ませて1階の食堂に入ると、食事を待っている他の学生達も酷い有様だった。
それというのも、昨晩魔素水浴場で明け方まで遊びまくっていたからだ。
脱衣所で戸惑っていたアレッシアも結局、ブリジットの後を追って入ったのだが、それがとても気持ちよく長湯をしていた。
そして湯冷ましのため2階に行くと、そこでは他の学生が遊技台で夢中になって遊んでいて、誘われるままに一緒に遊んだのだ。
後は、疲れると1階で魔素を補給し、元気になると再び2階で遊ぶの繰り返しで、気が付くと夜が明けていたのだ。
こんな町初めて。
どうしてこの町がエリアルの近くに無いのかしら?
あ、駄目ね。
近くにあったら親に見つかってしまうわ。
ああ、まだ見ぬ辺境伯様、貴女の気前の良さに感謝します。
そんな事を考えながらボーっと座っていると、いつの間にか目の前のテーブルには湯気が立つ朝食が並んでいた。
アレッシアは目の前のスープにスプーンを入れると、慣れた手つきで口に運んだ。
そして口の中に広がった味に驚いた。
それは周りの学生達の顔を見れば、全員が私と同じだったことが直ぐに分かった。
皆夢中になって、目の前の食事を食べ始めたからだ。
これが貴族御用達の高級宿の味なのね。
私達の食べっぷりに、給仕の方もとてもいい笑顔を見せていた。
「おい、このパン、蜂蜜入りだぞ」
そう言われて、バスケットの中に入っているパンを取って食べてみた。
高級貴族は蜂蜜入りのパンを食べていると聞いた事があったが、これがそうなのね。
まさか、こんな辺境の地で貴族待遇を受けるなんて信じられないわ。
こんな町で野営をしようなんて、なんて馬鹿だったのかしら?
魔素水といい、蜂蜜といい、これで甘い物でも出て来たら商人達の間で噂になっていたのは、もうこの町で間違いないなさそうね。
その私の心の声が聞えたのか、給仕係がお菓子スタンドをテーブルの上に置いたのだ。
そこに載っていたのは、焼き菓子ではなく、甘みをふんだんに使わないと駄目なエリアルでも金持ちにしか出回らないという菓子ばかりだった。
アレッシアは震える手で1つ皿に取ると、一口食べてみた。
そして想像通り口の中に芳醇な甘みが広がり、おもわず笑みが零れていた。
朝食を終えて食休みを取っていると、剣技科のアルファーノが私達の所にやって来た。
「この後、亜人に会うんだろう。俺も一緒に行かせてくれよ」
剣技科の学習項目は道中の護衛で、パルラ滞在中は自由時間だ。
何をしようが勝手だが、脳筋の連中が態々講義を受けるなんて信じられなかった。
だが、ウルバーニはそれに了承していた。
まあ、ウルバーニがそれでいいのなら私が文句を言う筋合いでは無かった。
そして辺境伯の向かえが来たというので、てっきり獣人だと思って身構えていると、もっと凄いのがやって来た。
人間にしか見えないこの執事服を着た色黒の男の顔には、何か模様のようなものが描かれていた。
私が不思議そうな顔でその模様を見ていたせいか、自分が何者か教えてくれた。
「俺は大姐様に作られたオートマタのグラファイトだ。これから大姐様との会合の場所に連れて行く」
私も授業の一環で錬金術の概要を習っていたが、その究極であるオートマタが目の前に居るのだ。
それを目の前にした剣技科の2人は真っ青な顔になり、魔法科の2人もその威容に言葉もないと言った具合だった。
私はこの町に来てから既に何度驚いたか、もう覚えていなかった。
そして明日この町を去るまでの間、あとどれだけ驚かされるのだろうかと思っていた。
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俺は学生達に会う準備を整えているとジゼルが顔を出した。
「どう、おかしな人は居た?」
ジゼルには昨日学生達が到着した時に全員を魔眼でチェックして貰っていたのだが、俺の方が昨日1日中賭場にビリヤード台を設置していたので、ジゼルと会う機会が無かったのだ。
「そうねえ、何人か怪しいのも居たけど、どちらかと言うと好奇心といった感じかなあ」
「そう、ありがとう。それじゃ学生達にこの町の紹介をするとしましょう。ジゼルも来るでしょう?」
「ええ、一緒に行くわ」
魔素水浴場の2階に行くと、3人だと聞いていたのに4名の学生が集まっていた。
やって来た学生は全部で7人だが、その内4人は、道中の護衛が学習項目なので、パルラ滞在中は自由時間だと聞いていたのだ。
まあ、話が聞きたいというのなら別に構わないだろう。
俺とジゼルが入って行くと全員起立して一礼してくれた。
「「「パルラ辺境伯様、本日はよろしくお願いします。それから辺境伯様の好待遇にとても感謝しております」」」
おお、どうやら学生達はこの町を気に入ってくれたようだ。
俺はその感謝の気持ちに答えてから、この町の紹介を始めた。
この町は5百人足らずの小さな町なので、大した話は出来ないのだが、せいぜい頑張ってみましょう。
「この町の住民は、パルラ生活協同会社に雇われていて、会社から毎月給料が支払われ、住居が提供されています」
それを聞いたウルバーニと名乗った学生が片眉を上げていた。
「何故そんな事をするのですか?」
「安定した職と収入があれば、人々は満足し、犯罪も起こらず消費が増えるからです」
俺は学生達を見回して、他に質問がなさそうなのを確かめると先を進めた。
「この町の農業は、ヴァルツホルム大森林地帯の中に畑を作り、そこで甘味大根や野菜等を栽培しております。栽培には魔素水を使う事で促成栽培が可能となっております」
すると唯一の女子学生が、驚いた顔をしてこちらを見て来た。
「魔素水と言えば、魔法使いの方が大変な苦労をして作っていると聞きます。それをどうして、こんなにふんだんに使えるのですか?」
魔素水泉の事を話してもいいのだが、あの傍にあるビルスキルニルの遺跡では、今もあおいちゃんが発掘調査中だ。
邪魔者が行ったら迷惑だろうし、ここは秘密にしておいた方が良さそうだ。
「どうやって確保しているかは秘密です」
そう言ってウィンクすると驚いた顔をしていた。
いかん、やり過ぎた。
「ガーネット卿の領地はこの町だけだと聞きましたが、ロヴァル公国では爵位に応じた出兵人数が規定されております。辺境伯位だと確か1万だったかと思いますが、この規模の町ではとてもそのような人数は出せませんよね?」
へえ、そんな規定があったのか。
そう言えば、あおいちゃんも出兵義務とかなんとか言っていたような気がするな。
「人数的にはそうですね」
「ガーネット卿は、陛下から賜った爵位に応じた領地を貰う権利があると思うのですが、どうしてこんな小さな町1つで満足されているのですか?」
そんなこと言われてもなあ。
貰ったのはこの町だけだし、それに人間の町を貰っても統治が面倒くさいよね。
「私はこの町だけで十分満足しております」
すると先程の女子学生が突然立ち上がった。
「パルラ辺境伯様、ロザート商会の商館をこの町に設置する御許可を頂けますか?」
店を出してくれるという事?
すると、これからは態々外に売りに行かなくても買ってくれるという事か?
という事は、買いたい物も調達出来る?
これはいい話かもしれない。
「ええ、良いでしょう」
「ほ、本当ですか。ありがとうございます」
その後幾つかの質問に答えて町の紹介を終えると、せっかくなのでこの町の感想を聞いてみる事にした。
「随分お疲れのようだけど、宿は合わなかったの?」
「いえ、余りの好待遇に驚いているくらいです」
「はい、とてもフカフカで、食事は美味しいし、言う事なしです」
「ええっと、寝不足なのはここで明け方まで遊んでいたためです」
「全てが無料だなんて、嘘みたいです」
4人の学生がそれぞれ一言ずつ感想を聞かせてくれた。
ふむ、こちらの好意は伝わっているし、宿や浴場は好評のようだ。
それならプールバーの方も感想も聞いてみるか。
「それなら他の場所も案内しましょう。そして感想を聞かせてください」
そう言うとヴァルツホルム大森林地帯の中にある畑と、新しく出来たプールバーに学生達を案内した。
プールバーでは新しく設置したビリヤード台でルールを教えるため最初だけ一緒に遊んだのだ。
学生達はこちらも楽しんでくれたようだ。




