5-17 亜人の町
少し遅めの朝食を食べたアレッシア達は、パルラに向けて出発した。
エリアル北街道の終点がダラムのため、その先の道という事でパルラまでは悪路が続くものと覚悟していたのだが、予想に反してきちんと整備された道だった。
そして私達の馬車は、凶悪な魔物の巣窟であるヴァルツホルム大森林地帯に近づいているはずなのに、魔物が現れる気配が全く無かった。
「平和なものね」
アレッシアがポツリと独り言を言うと、ウルバーニがそれに応じてきた。
「ああ、全く拍子抜けだよ。これじゃ、エリアルの町中を移動しているのと何ら変わらん」
そんな平和な空気の中、馬車の速度が徐々に落ちてきてやがて停止した。
すわ、魔物の襲撃かと身構えたが、それは全くの誤解だった。
「皆さん、パルラに到着しましたよ」
馭者台から聞こえた呑気な声に、窓から外を見ると、そこには高い壁が聳え立っていた。
そして、馭者台の護衛と門番らしき男の声が聞えてきた。
「馬車には誰が乗っている?」
「エリアル魔法学校の学生さんです」
「ああ、姐さんから連絡があった学生か。ちょっと待て、説明するから中に入ってくれるか」
そう言われて馬車を出ると、そこには獅子の顔をした獣人が立っていた。
そして私達は案内されるまま、併設されている建物の中に入って行った。
そこには獣人の女性と人間の男が待っていた。
「初めまして、私はビアッジョ・アマディと言います。そしてこちらの女性はジゼル。簡単に注意事項を説明しますので、聞いてくださいね」
「「「はい」」」
「まずは、町の案内図とゲストカードを渡しておきます」
そう言って私達に配られたのは町の地図に建物の名前が書いてある紙と、首から吊り下げる長方形をしたカードだった。
それらを渡しているジゼルと紹介された獣人女性のオッドアイの目が、私を見て一瞬光ったような気がした。
「皆様の宿泊場所は町の西側にある流麗な詩亭になります。営業をしている施設は北側の浴場「エルフの湯」、東側のリーズ服飾店、カフェ「プレミアム」それと酒場「エルフ耳」です。まあ、学生さんだと酒場は不要でしたかね。それと通りには屋台とかも出ています」
へえ、準備が良いのね。
だけど問題はその立派な名前が付いている宿が、木の上かもしれないという点だ。
それは他の学生達の顔に薄笑いが浮かんでいる事からも、皆同じ事を考えているのは明白だった。
「宿屋の宿泊費と食事は無料です。そして、町での飲食等は首から吊り下げたゲストカードを見せれば無料となりますが、忘れると有料になりますので決して忘れないで下さいね」
そう言って私達が首から下げたゲストカードを指さしていた。
「それと明日の辺境伯様との面談は、午前中を予定しております。宿に迎えの者が参りますので待機していてください」
「分かりました」
そして私達はその壮麗な装飾を施された宿の外見を見上げて、馬鹿みたいに口を開けて固まっていた。
南門での説明が終わり指定された宿まで向かう馬車の中で、この「流麗な詩亭」というご立派な名前の宿が、木の上の小屋か、洞穴の中に草を敷いただけかで賭けが始まり、大いに盛り上がっていたからだ。
「おい、この外見ってエリアルにある高級宿に優るとも劣らないぜ」
「まて、慌てるな、中もそうとは限らないだろう?」
「は、入ってみれば直ぐに分かるわよ」
私も宿の外観の見事さにたじろぎながらそう言うと、他の学生達も頷いていた。
そして扉を開け中に入ると、そこは広く豪華なロビーが広がっていた。
目の前の光景は、高位貴族の館と言われても納得してしまいそうなほど豪奢な造りだった。
私達が呆けていると、きちんとした身なりの男がにっこり微笑みながら近づいてきた。
「いらっしゃいませ。辺境伯様から皆様をもてなすように申し付かっております。部屋は1人様1部屋をご用意してあります」
「え・・・あ、ありがとうございます」
余りにも予想の上を行く待遇に、やっとの事で声を出した。
「それで本日の夕食ですが、こちらでお召し上がりになられますか? それとも外に出かけられますか?」
そう尋ねられ、ひょっとして夕食も貴族用の豪華な物が食べられるんじゃないかという期待が急速に膨れ上がってきた。
だが、その期待は1人の学生の失言で台無しになった。
「いえ、外で済ませます」
「左様でございますか。それでは明朝は朝食の準備が出来上がりましたらお知らせに参りますので、それまではごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
そう言うと男は一礼してカウンターの奥に消えていった。
「ちょっと、何であんな事言うのよ」
私は思わずそう言うと、失言した学生は驚いた顔をしていた。
「え、だって、野営するって言っていたし、既に食料だって買い込んでいるだろう?」
私は頭を抱えていた。
ああ、なんて馬鹿なの。
こんな立派な宿で出される夕食なんて、普段なら絶対に食べられない物に決まっているじゃない。
「言ってしまったのは仕方がないだろう。部屋割を決めてから町に出てみようぜ」
ウルバーニは至って冷静にそう言った。
そりゃ、貴方はお貴族様なんだから豪華な食事なんて食べ慣れている事でしょうと文句を言いたかったが、それは決して口には出さなかった。
そして私に割り振られた番号の部屋を開けてみると、そこは広い部屋に2つの天蓋付きベッド、ソファセットやクローゼット等の家具が揃っていた。
アレッシアは周囲をぐるりと見回し、誰も居ない事を確かめると、そのまま大きなベッドにダイブした。
そして予想通りのふかふかとした感触にニンマリすると、満足するまでゴロゴロしていた。
「素敵ね。まるでお貴族様になった気分よ」
ベッドの上に寝そべっていると扉をノックされた。
「ロザート、そろそろ町に出てみようぜ」
声を掛けてきたのは剣技科のアルファーノだった。
「あ、待って、直ぐ行くわ」
ベッドから起き上がったアレッシアは、乱れた服を整えてから扉を開け、ロビーに下りて行った。
ロビーには既に他の学生と護衛の2人の他、宿の従業員も待っていた。
「全員集まられたようなので、今馬車を呼びます」
そう言って他の従業員に合図していた。
私は町に出る前にどうしても聞きたいことがあったので、人間種の従業員に尋ねてみた。
「この町の獣人は怖くないのですか?」
「ああ、獣人達はユニス様に従順です。ユニス様は獣人にも人間にも分け隔てなく接してくれますので、獣人もそれに倣っているので問題ありません。あ、馬車が来たようです」
そう言われて宿の外に出てみると、そこにはゴーレム馬に引かれた立派な馬車が止まっていた。
その余りの立派さに再び固まったが、何とか足を動かして少しでも優雅に見える仕草で馬車の中に入って行った。
私達が馬車に乗り込むと馭者台の男が笑顔を向けてきた。
「皆さん、どちらに?」
それに真っ先に答えたのは、ハッカルとツィツィだった。
「俺は酒場だ」
「私はカフェにお願い」
行き先が決まっている護衛の返事にまごつきながら、どうしようか悩んでいると、馭者台の男が提案してきた。
「学生さんは、せっかくですからエルフの湯という魔素水浴場を利用してみたらどうです?」
「え、魔素水?」
「ええ、温めた魔素水です。皮膚から魔素を吸収するのでとても気持ち良いですよ」
アレッシアは高価な魔素水をそんな贅沢な使い方をする事に呆れたが、同時にピンとくるものがあった。
だが、隣には同じ商業科の生徒が居るので尋ねてみる事はしなかった。
「それは面白そうですね。行ってみたいです」
アレッシアがそう言うと、他の学生達も一緒に行くことになった。
連れて行かれた場所は総二階建ての建物で、入口は大きな扉で客を招くように開け放たれていた。
中を覗くと正面には受付があり、その台には「靴を脱いで下駄箱に入れるように」と書いてあった。
意味が分からず、受付の女性に聞いてみると履物を左右にある小さな扉の中に入れるのだと教えてくれた。
言われた通りにすると今度は「男は右、女は左」と言われた。
そして左を見てみるとそこには「女」と書かれた縦に裂かれた布が掛かっていた。
受付の女性によると、それは「のれん」というそうだ。
私と魔法科のブリジットはのれんを潜って先に進むと、そこは脱衣所と言う服を脱ぐ場所だった。
いきなり全裸というのも流石に勇気が居るので戸惑っていると、隣に居たブリジットが平気な顔で脱いでいった。
「ちょ、ちょっと、ブリジットさん。いきなり大胆ね」
「何を言っているの。受付の人に聞いたでしょう。ここで脱ぐって」
いや、確かにそう言っていたけど。
だが、ブリジットはそんな私を置いてさっさと中に入って行ってしまった。
私は1人、脱衣所に取り残されていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。私も行くから」
そういうと手早く服を脱いで、ブリジットの後を追ったのだった。
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