5-14 ジュビエーヌからの依頼
魔素水浴場は意外にもファビアちゃんが元気な声で宣伝してくれたおかげで、客の入りは上々だった。
お陰で浴場の支配人になったブルコの機嫌も右肩上がりだ。
次は何を造るか考えていると、ジュビエーヌから連絡蝶が送られてきた。
何だろうと読んでみると、近々アッポンディオ・ヴィッラが行くので話を聞いたうえで、賛成して欲しいという内容だった。
公城アドゥーグの地下牢で初めてあったあの男は、何時の間にか俺との連絡係にさせられてしまったようだ。
ジュビエーヌから連絡があった数日後、ヴィッラがパルラにやって来た。
そして俺に差し出してきた手紙の差出人は、エリアル魔法学校の学校長フェデリーコ・タスカと署名があった。
中身を取り出して読んでみると、長々とした挨拶が書き綴ってあった。
「長」と付く人種の挨拶が長いのはこの世界でも共通のようだ。
我慢して読んでいると、やっと本題に辿り着いた。
そこには勉学に一環として領地運営を実際に見て学びたいので、学生の受け入れと滞在中の面倒を見て欲しいという内容だった。
俺は手紙から顔を上げてヴィッラを見た。
「この見学旅行とは、毎年実施しているのですか?」
「先代のソフィア様がお創りになられたエリアル魔法学校に、ジュビエーヌ様を入学された時の事です」
そう言ったヴィッラの顔は、遠いところを見ているようだ。
きっとその時の事を思い浮かべているのだろう。
「ソフィア様が、ジュビエーヌ様に他領の領地経営を見て来なさいと言って送り出したのです。それが毎年恒例行事になりました」
ふうん、って、あれ? ジュビエーヌって確か17歳って言ってなかったか?
「それって始まってからまだ3年くらいですよね?」
「ええ、始めたのがジュビエーヌ様が入学された13歳の時でしたので、今年で5年目です」
恒例行事と言っても、まだそれ程ではないのね。
「その見学旅行の行き先は、どうやって決まるのですか?」
「学校側からの要請に貴族側が受諾したら、後は、学生が決めます」
つまり、受け入れはするが学生が選ばなければ、来ない事もあるという事か。
「それでも何故パルラなのですか?」
「学校側は全部の貴族に意向を確かめます。ですが、今年はロヴァル騒動があって領地に被害が出た貴族が、次々と受け入れ拒否を連絡してきたのです。ジュビエーヌ様が大公に就任して初めての開催だというのに、このままでは大公陛下のご威光にも影響します」
ああ、ジュビエーヌも周りから色々言われて困っているんだろうな。
トップに立つというのも大変だ。
俺がそんな事を考えていると、ヴィッラは慌てて説明を追加してきた。
「ガーネット卿は貴族の間でも注目の的ですから、このような小さな事にも色々言って来るのです」
それは、ぽっと出の亜人が、自分よりも序列が高い事に納得がいかないって事だろうな。
何かにつけて粗を見つけては、それで大騒ぎしたいのだろう。
そこでヴィッラを見ると、俺が断るんじゃないかと心配そうな顔をしていた。
まあ、ジュビエーヌのお願いでもあるし仕方ないか。
「分かりました。お引き受けしましょう。訪問する人数と日程が分かったら、教えて貰えますか?」
「ええ、ありがとうございます。詳細は学校側から連絡が来るので、それを待ってください。いや、正直、断られるんじゃないかとヒヤヒヤしておりました」
そういって自分の髪を掻いて、不安だった気持ちを誤魔化していた。
その後、エリアル魔法学校の事を聞いてみると、元々は才能のある平民を育てるための学校で、期間は13歳から15歳までの3年間だそうだ。
それがジュビエーヌが通うことになり、貴族も入学するようになったんだとか。
ヴィッラが帰った後で、早速学生の受け入れ準備を始める事にした。
来るかどうかは分からないが、来ると分かってから慌てても碌な事にならないからね。
パルラには3つの宿があった。
最上級の七色の孔雀亭は、取り残された従業員達がバリケードを作って籠城していた事もあり、とてもじゃないが客を入れる状態じゃなかった。
残る2つは、高級客用の流麗な詩亭と一般用の野外の宴亭だ。
相手は学生とはいっても、貴族もいるだろうから、ここは流麗な詩亭の方がいいだろう。
俺は早速流麗な宴亭の状態を確かめるため、現場に行ってみる事にした。
案内役として宿で働いていた従業員を探していると、七色の孔雀亭の従業員だったジルド・ガンドルフィが手伝ってくれる事になった。
「ユニス様、流麗な宴亭の従業員が町を離れてしまったので、私がご案内いたします」
「そうだったのですね。それではよろしくお願いします」
俺はジルドに案内されて流麗な宴亭に行くため、ゴーレム馬車に乗り込んだ。
パルラの施設は、全て郊外型施設なので歩いて行くには広すぎるのだ。
ゴーレム馬車の動力は魔宝石だが、この町を巡回させるだけだと交換は数年に一度だけで十分なので、結構安上がりである。
今は人口も少ないから使い方はタクシーと同じで、利用者は通りに出て手を挙げれば止まってくれるのだ。
もっとも利用者は人種だけで、身体能力の高い獣人は鍛錬のために走っていた。
だが、外から馬車が来るとなると、道で糞掃除とかも再開しないといけなくなるだろうな。
俺が乗った馬車は目的地に向けて順調に進んでいた。
殆ど馬車が走っていないパルラの町は、渋滞とは無縁なのだ。
俺が乗った馬車は、流麗な宴亭の敷地内に滑り込んでいた。
すると目の前には、円形の中央棟に左右に広がるウィング塔という形をした宿屋が見えてきた。
馬車は、そのまま中央棟にある玄関前に到着するとそこで停止した。
中に入ると受付カウンターがあり、その横には食堂と馬車待ちのためのスペースがあった。
そこはチェックアウトした人のために、裏に設置された厩舎から馬車を正面に回す間の待機場所のようだ。
特に荒らされてはいないが、慌ただしく出て行った客達によってゴミが散乱していた。
流麗な宴亭の宿泊部屋は殆どが2人部屋で、それに使用人部屋も用意してあった。
部屋の方も慌ただしく出て行ったままになっており、部屋の清掃や備品の修理等、やる事が結構あるようだった。
とりあえず、中央棟と比較的綺麗だった右側の宿泊棟だけ使う事にした。
学生達がやって来るまで、まだ時間があって本当に良かった。
娼館に戻ってくると今度は、やって来る生徒達にこの町の仕組みを説明する場所をどこにするか考えていた。
普通であれば領主が住む館で行うものなのだが、俺の住む館は無いのだ。
そこで思いついたのが魔素水浴場だ。
あそこの2階にある休憩室をちょっと借りて説明をすればいいんじゃね、と思ったのだ。
早速バンビーナ・ブルコに会いに行くことにした。
「それで、あたしに何をしろというのさね?」
「学生達の勉強のため2階の休憩室を1日貸し切りにしたいんです」
「わかったさね。それじゃ費用は1万ルシアってとこさね」
「え、お金取るんですか?」
「こちとら、業突く張りのエルフに雇われてんだ。少しでも稼ぎを出す必要があるだろう。相手は誰だろうが金は取るさね」
そう言うとブルコは悪い笑顔を向けてきた。
俺はがっくりとうなだれていた。
「・・・・分かりました」
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