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最悪の魔女と誤解された男  作者: サンショウオ
第5章 異色の女経営者
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5-11 消費不足

 

 ダラムとの交易も筋道が立ったので、これでこの町も安定するだろうとほっと一息ついていた。


 TP=MV


 この公式のV以外の3つを対策済だったからだ。


 だが、そんな安寧に日々は続かなかった。


 この町の会計を担当しているアマディが、青い顔をしてやって来たからだ。


「ユニス様、この数字を見てください」


 そう言われて見せられた紙には、この町の収支が記載されていた。


 そしてアマディが指さした部分を見て、ひやりと冷たい汗が流れた。


 この町の経済が縮小しているのだ。


 このままでは早晩この町は破綻してしまう。


 原因は明白で、支払った給料分の売り上げが無いのだ。


 俺は傍にいたジゼルの顔を見た。


「ねえ、ジゼル。貴女、貰った給料を何に使っているの?」

「そうねえ。食べ物かな」

「他には?」

「う~ん、服にちょっと」

「余ったお金は?」

「大切に保管してあるわよ。ユニスが作った硬貨だからね。大事にしないと」


 今度はアマディの方を向いた。


「アマディ、貴方は?」

「そうですねえ。食料の他は、酒を少々ってところですか」

「余ったお金は?」

「私も大切に保管してます」


 俺は頭を抱えた。


 これは、小難しい経済用語でいう所の「合成の誤謬」だ。


 確か「1人1人の行動は正しくても、全体としては思わぬ結果をもたらす」だったか。


 今まで放置していた「V(貨幣の移動速度)」が、この町の経済に悪影響を与えていた。


 何とか町の人達に金を使わせないと拙い。



 俺は町に出ると、早速どんな状況なのか確かめてみることにした。


 最初に向かったのは、人間種のベルタさんが店長を務めるカフェだ。


 その店は今では看板が刷新されていて、店名は「プレミアム」になっていた。


 この店ではお茶の他、大森林地帯で見つけたコーヒー豆ともいうべきモッカの実を焙煎してコーヒーを提供しているのだ。


 他にも品揃えとしては、甘いお菓子が沢山あった。


「あ、いらっしゃいませ。ユニス様それとジゼルさんも」


 そう言われて振り返ると、いつの間にかジゼルが後ろに居た。


「あれ、ジゼルどうしてここに居るの?」

「どうしてって、付いてきちゃ駄目だったの?」

「そんな事は無いけど、唯の巡回よ?」

「それでもいいの」


 そして俺達はカフェに入ると、お茶とお菓子を注文した。


「お待たせしました」


 店長のベルタさん自らが運んで来たお茶とお菓子を楽しみながら、暇そうな店長に状況を聞いてみた。


「売上はどうですか?」

「良くないですね。前は皆暇を持て余していましたから、暇つぶしに来ていたのですが、今は皆働いていますからね」


 そうか、今は皆働いているし観光客も来ないから、需要が無いのか。


「余裕が無かったとも言えますが、平民の女性や獣人達にとって、お茶を飲んでおしゃべりするという文化はあまり馴染みが無いようです」


 成程、これはちょっと何とかしないと拙いな。


 この場所は、少し導線から離れた場所にあるのも問題なのだろう。


 だが、俺がここに来てからカフェの外には、数人の男達がちらちらとこちらを見ているのだ。


「ベルタさん、あの人達は何をしているのですか?」


 俺がそう言うと、ベルタは店の外を見てから苦笑いをしていた。


「あれは、ユニス様を見ているのです」

「え、私? 何故私を見るのです?」


 俺がそう言うと、ベルタは肩を落としていた。


「ユニス様は自覚がありませんね。その容姿、その恰好、男共が興味を示さない訳がないでしょう?」


 そう言われて、俺は自分の姿を見ると現代日本ではありきたりの普段着だ。


「普通でしょう?」


 俺がそう言うと、ベルタは「はぁ」と大きなため息をついていた。


「実際に体験してみた方が良さそうですね。これを着て給仕をしてください。それで分かります」


 そう言って可愛い刺繍の入ったエプロンを差し出してきた。


 ま、まあ、それで状況が分かるのならとエプロンを受け取ると、屈んだ時に髪の毛が入らないように後ろで纏めてポニーテールにした。


「どう、似合う?」


 俺はベルタの前で一回転して自分の姿を見せていた。


 だが、残念ながらベルタは「それは来店者に聞いてみましょう」としか言ってくれなかった。


 俺とジゼルは、入口に立ってこちらを見ている男達に声を掛けた。


「みなさん、美味しいお菓子とお茶は如何ですかぁ」


 そう言って呼子にふさわしいように笑顔を振りまきながら、手招きしてみた。


 すると、遠巻きにこちらを見ていた男達が、まるでマタタビの匂いを嗅いだ猫のようにふらふらとこちらに吸い寄せられてきた。


 男達が入店するとテーブルの7割方が埋まっていた。


 俺達は客が座るテーブルに行っては注文を取っていった。


「ご注文は何にいたしますか?」

「あ、あのユニス様が飲んでいたコーヒーとやらをお願いします」

「あ、俺は、そのユニス様が食べていたお菓子を付けてください」

「はい、承りました」


 いつの間にか閑古鳥が鳴いていたカフェは満席になり、入口には行列が出来ていた。


 そして最後の客が支払いを済ませて出て行った頃には夕方になっていた。


「ジゼル、貴女大丈夫?」

「何とか生きてるわ。ユニスもつらそうね」


 慣れない事をしたので、精神的にも肉体的にも疲れていた。


 これだけ入るのなら給仕の応援が必要だ。


 娼館に帰ったら手の空いている女性達に声を掛けて、給仕のアルバイトをお願いしてみよう。


 +++++


 カフェ「プレミアム」の店長ベルタは、今日の売上金を計算しながら口角を上げていた。


 それにしてもユニス様が給仕をするだけで、これだけ売り上げが上がるとは正直思っていなかった。


 ベルタ自身もユニス様が偶に町中を歩いているときに見せる男達の視線に気が付いていたので、多少は効果があるとは思っていたが予想以上だった。


「やっぱり、女は見た目よね」


 どうやら本人は自覚が無いようだが、あの見た目で、体の線がくっきりと出る服装をしていたら男達の視線が釘付けになるのも当然だった。


 おかげでその姿を一目見ようと男達がカフェに押し寄せたので、今日はこのカフェ開業以来の大入りとなっていた。


 +++++


 ここはパルラにある酒場「エルフ耳」だ。


 店名はこの町の代表者にちなんで、店長自ら命名したものだ。


 店長のカストは、今日の客達が何かに魂を抜かれたような感じで呆けているのに気が付いた。


 皆酒を口に運んでは何かを思い出したかのように、「はぁ」とため息をつくのだ。


 その姿は、出来の悪い集団催眠か新興宗教の信者が教祖様にでも会ったような感じなのだ。


 カストは常連客にその理由を聞いてみる事にした。


「こいつらのこの体たらくは一体何なんだ?」

「ああ、昼間「プレミアム」でユニス様の給仕姿に魅了されたんだよ」

「なんで、この町で一番偉い人が給仕なんかやるんだ?」

「そんな事は知らないが、あの姿を見たらこいつ等のこの症状の意味が分かると思うぜ」


 そう言うと常連客はその時の事を思い浮かべているのか、何かにとりつかれたような顔をしていた。


「そんなに凄かったのか?」

「ああ、ユニス様の歩く姿はとても優雅だし、注文を取るその声はまるで天使のようだった」


 カストは、この常連客がそんな上品な奴で無い事は分かっていた。


 そこでもう一度尋ねてみた。


「で、本音は?」

「屈みこむ度に覗く胸の谷間、ぷりぷりのお尻、無防備に晒された思わず舌舐めずりしたくなるような素足・・・たまらん」

「なるほど」


 +++++


 ベルタが、カフェ「プレミアム」の本日の売り上げを集計し、昨日のユニス様が給仕をした日と比較して思わずため息が漏れていた。


 そんな時、扉を叩く音と共に獣耳がぴょこんと顔を出した。


「店長、エルフ耳のカストさんがお見えになってます」


 この獣娘は、ユニス様から応援として送られて来ていた。


 そして今日、客の中に数名の獣人が含まれていたのは、昨日のユニス様とこの獣娘のおかげなのだろう。


 これからも獣人の来店が見込めるのなら売上は上がりそうだ。


 ベルタが店に入口に出ると、そこには背の高い男が立っていた。


「カストさん、私に何か御用ですか?」

「昨日、ユニス様がここで給仕の仕事をしたと聞いたんだが、どうやって働いてもらったのか教えてもらおうと思ってね」

「何故、それをあんたに言わなければならないの?」

「ユニス様が給仕をしてくれるのなら、どんな下手くそが店長をやっても儲かるさ」


 ベルタは、自分が自覚している事を指摘されてイラっときた。


「私が経営下手と言いたいのかしら」

「そうじゃない。ユニス様に給仕をやらせるという最も困難な事を成し遂げたのだ。むしろ尊敬しているよ。できればその手法を俺にも教えて欲しいと思っただけさ」

「それなら簡単よ。客の入りが悪い理由を知りたいと仰せなので、実際に体験してもらっただけよ」

「体験ねえ・・・」


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