5-8 リーズ服飾店の女社長3
序列第3位の高位貴族の心象を少しでも良くするため、ここは何としても会って話をしなければならなかった。
「兎に角、辺境伯様と話をしなくてはなりません。どうやったら会えるのかしら?」
「あ、それなら大丈夫ですぅ。オーナーが来たら会いたいので知らせて欲しいと言われてますぅ。あ、そうでしたぁ、この下着はぁ、公太女殿下もお買い求めになられたんですよぉ」
そう言うとルーチェは、まるで逃げ出すかのように部屋を飛び出して行ったので、制止する暇もなかった。
全くあの娘は逃げ足だけは早いのよね。
仕方がないのでルーチェが戻るまでの間、ルーチェが言った言葉を考えていた。
公太女殿下、公太女殿下、ああ、ジュビエーヌ様の事ね。
すると現大公陛下も、この下着を身に着けているということなのね。
そこでリーズは、改めて人形が身に着けている下着を傍でじっくりと見てみる事にした。
胸の部分のそれはすっぽりと中身を覆っており、それを肩紐で吊り上げているようだ。
胸を強調するのはドレスでするものだが、これはそれを代行していた。
そして体の線がくっきり浮き出るこの下着は、殿方にとても喜ばれそうだ。
それにこの下着が現大公陛下のお気に入りと知れたら、エリアルのご婦人達が黙っているはずが無い。
これは・・・売れるわ。
根っからの商売人であるリーズは一瞬亜人の事を忘れて、皮算用を始めていた。
従業員達を解放するための身代金が、リーズの頭の中ではいつの間にか上納金に変わっていた。
+++++
ルーチェ・ミナーリに引っ張られてリーズ服飾店にやってくると、そこには初めて見る女性が待っていた。
その女性は金色の髪をショートボブにしたスレンダー美人だが、目の下ある濃い隈がそれを台無しにしていた。
だが、その眼は何故かギラギラと輝いていて、あのシェリー・オルコットが宝を目の前にした時の輝きに似ていた。
「初めまして。ユニスと言います。一応パルラ辺境伯ってことになってます」
「私はリーズ服飾店を経営しているベネデッタ・リーズと言います。店の従業員がお世話になりました。辺境伯様」
「いえいえ、困った時はお互い様ということで」
さて、問題はこの女社長を何とか説得して、撤退を思い留まってもらわないといけないのだ。
ここは、こちらから先に話を振った方が良さそうだな。
「町が封鎖されていましたから、店の売り上げが落ちた事は残念に思います」
「それは、ドーマー辺境伯・・・元辺境伯のせいですから、仕方がないと思っています」
「そうですか、それで店の今後の事なのですが、出来ればこのまま営業を続けて欲しいと思っています」
俺がストレートにこちらの要望を伝えてみた。
それには店の維持費を援助する事も覚悟していた。
「店の様子を見ましたが品ぞろえが一変していて、とても驚きました」
「ええ、こちらの希望に合わせて貰いました。高級服飾店のイメージを損なわせたなら、すみません」
「これはみな、辺境伯様のご趣味だと伺っております」
「えっと、それはなんといいますか・・・」
ま、拙い、これは怒らせてしまったか?
この世界でも、店のブランドイメージに価値とかってあるのか?
損害賠償でも請求されるだろうか?
「店のイメージに合わない物を作らせてしまって、申し訳ありませんでした」
俺は素直に頭を下げたのだが、相手は逆に慌てている様子だった。
「えっと、いえ、それは全く問題ないというかですね。ええ、実は、逆に興味があるのです」
「へ?」
「私は妖精種について詳しくないのですが、皆さん、あのような服を着ておられるのですか?」
いや、ベルヒニア達の恰好は皆さんと似たような恰好ですよ。
「さあ、それはどうか分かりません。もしかすると、私だけかもしれませんね」
俺がそう言うと、何故か女社長の目がきらりと光ったような気がした。
「分かりました。それで店の事ですが、店を続けるには利益を出さないといけません。その事はご理解いただけるでしょうか?」
「・・・ええ、分かります」
これは・・・撤退したいとやんわり言っているように聞こえるな。
流石に5百人規模の町で営業するのは厳しいか。
俺だって自分の店を経営していたのだ。
商圏が小さいと、店を維持するのが難しい事は分かる。
残念だが無理やり引き留めるわけにもいかないし、仕方ないか。
俺は半分諦めながら女社長の話を聞いていた。
「あの、辺境伯様、それで提案なのですが、店を継続するためにあの下着をエリアルで独占販売する権利を頂けないでしょうか?」
「販売権?」
「はい、その販売代金を店の維持費に回します。それと売り上げの一部を辺境伯様に上納するという事でどうでしょうか?」
え? それってライセンス料を貰えるって事でいいんですか?
しかも、店舗も継続してくれるなんて大助かりなんですけど。
「ええ、勿論です。是非、お願いします」
俺は相手が心変わりするのを恐れて直ぐにそう返事をすると、契約が成立した証として握手を求めた。
すると女社長も手を差し出して来たので、俺達は笑顔で握手を交わした。
「ムフフフ」
「オホホホ」
俺はライセンス料という不労所得を得て、にっこりしていた。
+++++
パルラ辺境伯を見送った後、リーズは初めて見た亜人がとても優しそうな人物でほっとしていた。
噂で妖精種は皆美男美女だと聞いていたが、実物がこれ程とは思わなかったのだ。
赤い瞳が印象的な美人が、あのように露出度が高く、体の線がくっきり浮き出るような服を着て町を歩いていれば、男共の視線は釘付けだろう。
他の女性が同じような恰好をしても安心なはずである。
そしてようやくルーチェが言った言葉の意味が理解出来たのだった。
公都エリアルで来店したお客様に、あの下着が大公陛下のお気に入りだと耳元で囁けば、相当な人気商品になるだろう。
私はその独占販売権を手に入れたのだ。
ここロヴァルの地では代々女性が国のトップだったこともあり、ソフィア様の女性の社会進出の方針に乗ったのは私だけではないのだ。
それこそ先進的な女性達は保守的な考え方を嫌うが、社会の常識がそれを許さない。
息苦しい社会の中で、こんなにも開放的な町があれば皆この町に住みたがるだろう。
そしてやって来た女性達は、私の店の品ぞろえに満足するのだ。
ああ、なんて素晴らしい未来なの。
そうだわ。
どうせなら、そんな女性達のための服に新しいブランド名を付けるのもいいかもしれないわね。
辺境伯様、これからもよろしくお願いしますね。
リーズはそう独り言を言うと、にっこり微笑んでいた。
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