5-4 論功行賞
大公に就任したジュビエーヌは、宰相のラファエル・クレーメンス・バスラー侯爵、彼女の祖父に当たるイラーリオ・マウロ・オルランディ公爵、公国騎士団長ヨーゼフ・エルマー・シュレンドルフ侯爵、そして新しく魔法師団長となったアッポンディオ・ヴィッラらと共に、ロヴァル騒動に関する話し合いをしていた。
議題の1つ目は、交戦国についてだ。
公国に攻め込んだ3ヶ国はパルラ等で撃退され現在は国境線まで撤退しているが、そこに堅固な防御陣を築いていた。
相手が3ヶ国もあることや堅固な陣地を打ち破る兵力を集められない事から、方向性としては交渉による解決を模索していた。
そこでジュビエーヌは、同じような事が百年前にも行われている事に気が付いた。
「ねえ、オルランディ公爵、御祖母様が百年前に戦った時の事を聞いていますか?」
するとオルランディ公爵は顎髭を扱きながら、昔を懐かしむ顔になっていた。
その顔は何処か嬉しげだ。
「私が宰相をしていた時の晩餐会で、その時の武勇伝がどうしても聞きたくてお願いしましたな。ソフィア様はエリアルを包囲した10万もの大軍を赤色魔法で殲滅されたのです。私もあの時産まれていれば是非見て見たかったものです。あ、話がそれましたな。あの時は、相手国から停戦の条件を申し出てきたそうです。それでソフィア様は更に上乗せした条件を突き付けてやったそうですよ・・・」
オルランディ公爵が話すのを止めたので、どうしたのだろうと顔を上げて公爵の顔を見るとどうやら思い出し笑いをしているようで、とても悪い笑顔になっていた。
「なんでも国内の被害額を計算させて、その額を賠償金として請求したそうです。そして首謀者として、各国の代表を呼びつけて直接謝罪させたとか」
成程、御祖母様ならやりかねないわね。
今回戦闘があったのはバルバリ丘陵やボロゴシュ要塞で、町に被害が出たのは本気で抵抗したシュレンドルフ侯爵領だけだ。
オルランディ公爵家はバルバリ丘陵で人的被害は出たが、ボロゴシュ要塞を落とされてエリアルと連絡が取れなくなっただけで、領都ティリンを攻められたわけでは無いのだ。
尤も東街道と南街道沿いの貴族達は畑を踏み荒らされ、町では食糧強奪の被害に遭っていることから、食糧不足になっているようだ。
するとシュレンドルフ侯爵が口を開いた。
「ちなみにルフラントからは、地方貴族が国境紛争を起こして申し訳ないと言って来よりましたぞ。ユニス殿の黄色魔法を見て、そうとうビビっておりましたからな。ふぉふぉふぉ」
どうやらルフラントは事を荒げたくないという事で、こちらの思惑とも一致しているようだ。
次は漁夫の利を求めて攻め込んできたバルギット帝国だ。
すると今度はバスラー宰相が口を開いた。
「バルギットなのですが、ルーセンビリカのフリュクレフ将軍から親書が届いております。それには今回の騒動に対する賠償金を支払う事が記載されておりました。ただ・・・」
「ただ、何です?」
「それが、ユニス・アイ・ガーネットというエルフと交流させて貰えるのが条件だと言ってきております」
「ユニスに?」
ジュビエーヌは、帝国とユニスの間に交流があった事に驚いて思わず声をあげてしまった。
「ええ、何でも、今回の騒動が起こる前からその亜人とは交流があったそうです。それをこれからも続けたいとの事でした」
「良いではないでしょうか。亜人との交流を許すだけで賠償金が貰えると言うのなら、こちらには何の不利益も無いですぞ」
オルランディ公爵がそう言うとバスラー卿も同意した。
「こちらが得られる物の方が遥かに多い条件です。これは受けられた方がよろしいかと思います」
ジュビエーヌはそれには直ぐ答えなかった。
パルラの町で赤色魔法を放ったのはユニスだ。
ユニスはたった1人で1国の軍事力に匹敵する力を持っている。
それにフリュクレフ将軍と言えば、バルギット皇帝の側近で諜報機関のトップだ。
もしかしたらユニスの力に気が付いて、とんでもない好条件で引き抜こうとしているのではないか?
あれだけの軍事力をもった人物を、そう簡単に他国に引き抜かれる訳にはいかなかった。
では、どうやってそれを防ぐ?
考えるのに少し時間が必要ね。
ここは話題を変えておこう。
「とりあえずバルギットとアイテールの件は保留にして、先に今回の騒動で戦功があった者達への恩賞を考えましょう」
するとバスラー卿が書類を出して来た。
そこには大公軍に加わっていた貴族達の名前と、貢献度に応じた恩賞が書かれていた。
「それは大公軍に加わった貴族達に対してはこのように貢献度に応じて土地、報奨金、感謝状を贈る事を検討しております」
そこの書かれていたのは貴族達の他、大公軍に加わった平民数名の名前も記載されていたが、ユニスの名前は無かった。
「ここには最大の功労者の名前がありませんが?」
「それは誰でしょうか?」
「ユニスです。ユニス・アイ・ガーネットです」
「それは陛下を助けてくれたという亜人の事でしょうか?」
バスラー卿の口調に否定的な響きがあるのに気が付くと、隣で聞いていたオルランディ公爵もそれを肯定するように頷いていた。
「それならパルラの町を差し出せばよろしいでしょう」
そう言ったのはシュレンドルフ侯爵だった。
だが、直ぐに他の参加者から異論、反論が噴出した。
「待て、公国の神聖なる大地を亜人風情にくれてやれと言うのか? 公国は、大魔法使いロヴァル様が興した由緒ある人間の国だ。亜人に土地を与えるなど気でも狂ったのかと思われるぞ?」
「そうですぞ、侯爵。土地を与えるという事は、亜人を貴族にするということです。他の貴族からも激しい反発を招きますぞ」
参加者からの異論、反論が続いたがシュレンドルフ侯爵は冷静だった。
「では、この最大の功労者が人間だったらどのような扱いになるのですかな? ドーマー辺境伯領をそっくり恩賞として与えているのではないですか? それだけの功労者を、ただ単に亜人だからという理由で何も与えないと?」
「それは・・・」
「ふん、それなら蜂蜜でも渡しておけばいいだろう。あいつらはそれで酒を造る」
ジュビエーヌは1つ咳払いをして皆の注目を集めた。
「私の後ろに控えているのは、ユニスが私の護衛として置いて行ってくれたオートマタです。皆さんの中でオートマタを造れる人は居るのですか?」
その問いかけに参加者達は皆互いの顔を窺っていたが、誰一人口を開かなかった。
その行為で誰もオートマタを造れないのは明白だった。
すると恐る恐ると言った感じで、アッポンディオ・ヴィッラが口を開いた。
「陛下、オートマタを造るには錬成術の能力が必要です。それに膨大な魔力と製造後オートマタを動かすための動力源も、です。そんな事が出来る者は誰も居ないでしょう」
「それではユニスには、それだけの価値があるという事ですね?」
「左様でございます」
ジュビエーヌは一つの事実を明確にしてから、シュレンドルフ侯爵に既に占拠しているパルラをどうしてユニスが欲しがるのかという疑問を尋ねてみた。
「シュレンドルフ卿、ユニスがパルラを欲しがると思う理由は何ですか?」
「はい、ユニス殿がフェルダに来られた時にそう言っていたのです。今回の報酬として陛下にパルラを貰うと」
ジュビエーヌは、シュレンドルフ侯爵のその提案を受け入れる事でユニスを引き留められると嬉しくなった。
「そう、なら最大の功労者にこれからも味方をしてもらう為には、希望通りの恩賞を与えないといけないわね。パルラを差し出しましょう」
「しかし、公国の歴史では」
「歴史が何だというのです? 貴方達が言う公国は既に滅びているのです。それに大公となった私は、最大の功労者にほんのちょっぴりの土地も与えられない程、しみったれだと言わせたいの?」
ジュビエーヌがそう言って集まった面々を一人ずつ睨みつけていると、皆、黙り込んだが、シュレンドルフ侯爵だけはニヤリと笑っていた。
「それでは陛下、土地持ちとなるとユニス殿も立派な貴族ですね。ユニス殿、いえ、ガーネット卿の爵位は何になさいますか? 普通なら準男爵か男爵あたりですが、そうするとガーネット卿を見下す連中が沢山現れます。怒らせてオートマタをけしかけられたら、とんでもない被害が出ると思われますが?」
シュレンドルフ侯爵がそう言うと、直ぐにアッポンディオ・ヴィッラが同意してきた。
「私は地下牢でユニス殿に助けて頂きましたが、あの方のオートマタはたった2体でドーマー辺境伯の兵士を全滅させました。それにユニス殿の体内魔力量は膨大です。怒らせたらエリアルも吹き飛びかねません」
ジュビエーヌは、2人のそのわざとらしい言葉に思わず口角が上がりそうになるのを必死に抑えながら、演技を続ける事にした。
「まあ、それは大変ね。この国を守るためにも最大限の恩賞を与えないといけないわ。バスラー卿、ユニスにはパルラの町を与え、爵位は辺境伯とします。そして今年の貴族年鑑の序列は第3位としましょう」
「し、正気ですか?」
ジュビエーヌは、バスラー卿の信じられないと言う顔を睨みつけた。
「勿論です。卿は私の決定に異議を唱えるのですか?」
「め、滅相もございません。それではそのように取り計らいましょう」
「他の方達も私の決定に文句はありませんね?」
ジュビエーヌはそう言って周囲を見回したが、誰も異を唱える者がいない事に満足していた。
「それからフリュクレフ将軍の提案は受け入れましょう。アイテールは暫く放置で」
ふふふ、ユニスは私の物よ。
誰にも渡さないわ。
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