旅立ち準備・9
それからアイゼイヤが話し出したのは旅のことだった。
「お前が最初にクールテュール地方、正確にはペッドキアに移動魔法で跳んで、直轄地を順に回るってことは猊下も了承されたけれど……」
「何?」
「やっぱり、お前が庶民の振りして旅するのは無理があるよ」
「そうかな? 確かに美しく麗しい容姿の私だが、庶民にも美人や可愛い子はたくさんいるぞ? 学園に通っていた数少ない庶民は男女ともに見目のいい子が多かった」
そう言うとアイゼイヤがため息をついた。
ため息ばっかりつくなよ。
お前って世間知らずだよな、みたいな視線を向けるな。
本当に本当に失礼な男だ。
「お前の疑り深い頭を世間の常識相手にも使ってくれ……」
「はあ?」
「あのな、言いたいことは色々あるが、まずはお前のどこが庶民なんだ?」
「庶民の服を着れば庶民に見えるだろ?」
「お前は何を着ていても貴族にしか見えないっての」
「そんなわけないだろ」
「あるって。だからお前が旅の予定を話していた時に、猊下が困ったように笑っていただろう?」
「?」
確かに微笑まれていたが、そんなにも旅に出るのが待ち遠しいのか、可愛らしいものだねっていう意味じゃなかったのか?
「今、お前が思ったことを当ててやろう。
子供のように旅の予定を話す自分を、猊下がほほえましいと見ていらした。
そうだろう?」
「当たりだ……」
スゴいな、アイゼイヤ。
「そんな世間知らずのお前に教えてやる」
「アイゼイヤだって王子様だろ?」
「お前よりはだいぶ庶民派だ」
「そうか?」
「俺なら庶民の服を着れば庶民に見える」
「……」
大丈夫か?
「疑いの目を向けるな。
お前と二人きりなのは報告書の件を話し合うためだけじゃない。
本来は旅のことを話すためなんだから。
ハイネでも良かったんだが、旅に向けてざっくばらんな話し方に慣れていたほうがいいだろうと言われてな。
お前、俺相手だと容赦しないから」
「そこは砕けた態度と言ってほしいね」
容赦ないのは、どっちだよ。
まあ……普通の友達らしくて嬉しいけれど。
「と、とにかくお前は貴族オーラが半端ない。お前を知らない人間から見ても貴族にしか見えない。しかも上流貴族だ」
「えー」
「えー、じゃない。支配者階級の匂いがプンプンするんだよ。鋭い人間なら容姿と照らし合わせてレンフィールド王子だって、すぐに分かる」
「そうなのか?」
でも、この世界に姿を変えるタイプの魔法はないみたいなんだよな。
知られているのは幻影魔法くらいで、その魔法もエルフ族固有のスキル。
人族の私には使えない。
エルフ族と縁を結べば相手にかけてもらえるらしいが、そこまでしてほしいものでもない。
幻影魔法って、要は目眩ましの魔法だから。
術者より強い魔力の相手にはバレちゃうし……。
見破る魔道具でも解けちゃうし。
争いを好まないエルフ族が、逃げる隙を作るための魔法だからね。
「プラチナブロンドに青い目の若い男って、私だけじゃない。大陸中にたくさんいるだろう? それに直轄領には私を知っている者もいるけれど、お忍びだって理解して黙っていてくれるよ?」
「そこら辺は心配していない。
むしろ、お前がパーティーで宣言した世間を知るために国内を見て回っている……という裏付けになる。法王宮の奥で勉強をし直しながらもこっそりと領地を視察する。なんて素晴らしい方なんだろうって話になるから」
「そ、そう……」
「心配なのは、お前の正体を知らずに近付こうとする奴ら。お前、他国にも行くつもりだろ?」
「ああ」
「だから、猊下がこの身分証をご用意くださった」
そう言って、アイゼイヤが机の上に置いたのは1枚のカード。
グリース法王国の貴族が他国を旅する時に持つパスポートみたいなものだ。
名前と身分が記されているだけのものだが、法王国貴族は周辺国の同位貴族より格上である。
しかも……。
「レン·エール子爵。グリエス・クランの一員ってことにしたのか」
「そ、旅をしている時のお前の名前と身分。
本名で旅するわけにはいかないが、本名とかけ離れた偽名だと反応が遅れるだろうって猊下が心配されてね。
その偽名は猊下が名付けてくださったんだぞ」
「レン、か……」
「気に入ったか?」
「もちろんだよ」
レン。
蓮。
私の前世の名前。
レンフィールドって名前をつけられた時も十分、驚いたけれど。
これなら反応が遅れることなんてない。
「猊下にお礼を申し上げたいけれど、旅の話をすると……」
「うん、止めとけ。
本当は3年も一人で外に出したくなんてないんだから」
「分かってる」
アレスティラ様は旅に出ることを許してくれたし協力もしてくれるけれど、あまりに私が楽しそうに話すからか、時々「レンフィールドと3年も離れて生きていけるか分からない……」って言うんだよね。
だから年に数回ある、どうしても表に出なくてはいけない行事の他は法王宮に戻るつもりはなかったけれど。
「1ヶ月に1度の里帰りって、見聞を広めるための旅なのかな?」
いくら移動魔法で戻ってくるとはいっても……。
これはちょっと……。
「猊下の心の安寧のためだ。最初は毎日とか毎週戻ってこいって、言われただろ?」
「分かった……」
「じゃあ続けるぞ。
レン·エールはまだ現役の父親から若くして爵位を継いだことにしてある。
よくある当主交代だけを早めにやって、実権は父親が握ったままってパターンだ。そのため諸国を旅して見聞を広めている最中だが、国には愛する婚約者がいるので娼館の類いには近寄らないこと」
「ぶっ……」
娼館の類いって……。
心配しなくても近寄らないよ。
おかしくて笑っているとアイゼイヤが身分証を取り上げた。
「真面目に聞けって。
いいか? 娼館の類いって表現にしただけで、本音は全ての者に気をつけろって意味だからな。『聖魔法』の力でお前に邪な感情を持つ者は排除されるみたいだけど、お前が相手を受け入れたら効果がないんだからな」
「分かってるよ」
「とりあえず他国から身元の照会がきても、レン·エール子爵の身分は法王宮付きの宮廷貴族になっているからこちらに話が来る。誤魔化せるけれど調子に乗るなよ?」
「調子に乗るって……。そんなことしないよ」
「そうあってほしいね」
そう言いながら身分証を返してくれる。
「グリエス・クランの一員なら、お前の貴族オーラも納得してもらえるだろうし、他国の王侯貴族だって機嫌を損ねるようなことはしないはずだ」
「グリエス・クランだからね」
「破滅願望のある奴なら分からないが、普通の貴族ならグリエス・クランと関わるリスクを考えるからな」
「そうだね」
グリエス・クラン。
その名の通りグリエス一族という意味。
長い歴史の中でグリエス法王家から外れた……所謂、傍流となった血筋の者を救済するために作られた称号。
簡単にいえば、ご先祖様は法王家の人間で私もその血を引いています。ただの貴族じゃありませんよってこと。
特別な権力はないけれど、グリエス・クランの一員を害することはグリエス法王家に刃向かう行為と見なされる。
「グリエス・クランの宮廷貴族はたくさんいるからね」
領地を持たない宮廷貴族という官僚の存在は多くいても困らないし、無能な人間ばかりになったら取り潰せばいい。
法王家がそういう考えなのは分かっているから、グリエス・クランの一員として生き残るために各家は優秀な後継ぎを残そうと必死になる。当主が早めに爵位を息子に譲って様子見し、ダメなら取り上げて再び自分が爵位を名乗るのも定番だ。
「怪しまれないから丁度いい。エール子爵は法王宮に籍を置く宮廷貴族ってことだから、聞かれた時には適当に話を合わせておけ」
「そうするよ」
「次に路銀……。旅に必要なお金のことだが……」
アイゼイヤもインベントリの持ち主なので、いきなり物を出してくるのは分かっていた。しかし……。
ドンドンドン、ジャラジャラジャラ……
お金が入っていると思われる麻袋を3つ置いたと思ったら、1つを開いて中身を出してきた。
「金貨?」
「そうだ。袋1つに金貨400枚入ってる。3つで1200枚だな。庶民は金板どころか銀板も使わないから、金貨で用意したそうだ」
「へえ……。確かに庶民は金板や銀板っていう板状の金銭は使用しないことが多いけれどさ。金貨も相当だと思うよ?」
「俺に言うなよ。用意したのは俺じゃないんだし」
「そうかもしれないけれど、受け取った時に金貨だけでなく銀貨の用意はしないのかって言ってくれれば良かったのに……。金貨ばっかりだと街の中で使えるところが限られる」
「そうか? 適当に買い物して、釣り銭をもらえばいいだけじゃないか」
「やっぱりアイゼイヤは王子気質だね」
彼の知っている世間はこの国の都が基本なんだろう。
アルカディア大陸をファーガス王国と二分するこの国の都の物価は、当然高い。たぶん生活するのに一番お金がかかる場所だ。金貨を出しても釣り銭を用意できる店が殆どだし、庶民の平均給与も他とは比べものにならないくらい高額だ。……生活費がかかるから、なかなかプラスにならないけれど。
「都なら使える場所に不自由しないけれど、地方はね……」
「なんだよ、地方は銀貨しか使えないのか?」
「そうじゃないよ。地方では銀貨、銅貨、店によっては鉄貸で買い物をするんだ。そんなところで金貨を出したら迷惑だろう?」
「鉄貸!? 鉄貸で買い物するような場所に行くつもりか?」
「もちろん行くよ。買い食いは旅の醍醐味でしょ」
そう言うとアイゼイヤが困った顔をする。
「買い食いって……」
「都にもあるでしょ? 1日分の賃貸料を払って出店を出している人たち。ああいうところで売っている物を食べてみたかったんだよね」
「何が原材料なのか分からないんだぞ? 毒かも……ああ、そうか。お前は大丈夫か」
「うん、大丈夫だよ。『聖魔法』の力があるから致死量の毒を入れられても平気。でも、ゲテモノ料理はイヤかも」
「ゲテモノ料理?」
「普通は食材にしないもので作る料理のことだよ。例えば、オークの睾丸煮込みとか」
精力増強剤ってことでオークの睾丸は男性に大人気だけど、私は勘弁してほしい。
「睾丸煮込みなんて人気メニューじゃないか」
ほらね?
「私は嫌なんだよ」
「お前の食べてる料理って、あっさりしてるのばっかりだもんな。しかも少ないし。間食でもしているのかと思ったら全然だし」
「1日3回も食べていれば十分だろ」
アレスティラ様も私と変わらないメニューだけれど?
まさか……。
「もしかして、アレスティラ様は私に付き合ってくれてるだけで、あとから他のものを食べていらっしゃるのか?」
「知らなかったのか?」
「知らなかった」
「ついでだから教えておくけれど、お前の食事量って貴族令嬢が人前で少食のふりをするために食べている量だからな。お前と食事することの多かったハーネット公爵令嬢は見えないところで食前食後に追加で食べていたぞ」
「はあ?」
「だから学園内でお前の食事に同席したがる男も女もいなかっただろ?」
「……」
確かにいなかった。
王子と同席なんて恐れ多いと思って、近寄らないのかと思っていた。
「私と同席したら、食べたいだけ食べることができないからか?」
「明らかに王子より食事量が多いのは女には恥ずかしいことだし、男だって貴族なら考えものだろ?」
「そういえばバカ3人も食事時になると別行動が多かったな」
そうか、この世界だと少食になるんだ。
「知らなかったなあ……」




