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旅立ち準備・8

「何がよろしくね、だ。俺から見れば、お前も十分怖いって」


 二人きりのせいか、アイゼイヤも失礼なことを言ってくる。


「どこが怖いのさ?」


 私にしてみれば、前世よりこの世界のほうが恐ろしい。

 何せ権力者の家系に生まれようと庶民の家に生まれようと、流されるばかりの人生は自殺行為にしかならないのだから。

 前世で好きだった某番組の永遠の5才児の決め台詞が頭の中に響く。

 大丈夫。

 ボーッと、生きてはいられないのですよ。

 異世界って場所は。


「え? それを俺に言わせちゃうの?」


 アイゼイヤがニヤニヤしている。


「実はレンフィールド殿下は婚約者だったハーネット公爵令嬢に襲われ『聖魔法』で撃退しており、彼女は今も罰である夢の中。目覚めさせるのは彼女が公爵領の修道院に到着してからという念の入れようで、当然報告書にあるようなやり取りなんてできるはずもない。

 それなのにハーネット公爵家が序列の降格程度で赦されたのは、殿下が婚約破棄を申し出た令嬢を(あわ)れに思い、法王猊下に温情を願ったから……という泣ける話にすり変わっているところ……とか」

「人聞きの悪い。筋書きを考えたのはトーマス殿だからね? 私から指示なんて出してないよ」

「悪くはないさ、褒めてるんだよ。

 調停役とはいってもトーマス伯父さんは祖父(じい)さんの代弁者みたいな一面もあるだろ?

 そんな伯父さんがお前に配慮した内容で報告書を纏めた。

 レンフィールドが次期法王だって決まっているのに、法王家の人間たちはヴィリジアンと天秤にかけて操りやすいほうを選ぼうとしていたじゃないか。

 でも、この報告書の内容を公文書として発表するってことは、法王家当主である祖父(じい)さんがレンフィールドに配慮する姿勢を示したってことにもなる。今までの祖父(じい)さんたちを知っている貴族にしてみれば、ついにお前が祖父(じい)さんに膝を折らせたんだって思う。

 誉めるに決まっているだろう?」


 得意げにアイゼイヤは言うが、私はそんな単純なものだと思っていない。

 だいたい宰相(ジジイ)をやり込めたのはアレスティラ様だし、私は守られているだけだ。


「配慮っていうのかね、これ。

 アイゼイヤは泣ける話に仕立てあげてくれたって言うけれど、見方を変えれば私が婚約者可愛さにアレスティラ様に泣きついて、ハーネット公爵家だけを軽い処分で済ませたように思われる内容じゃないか。

 宰相(ジジイ)は白旗なんてあげてないよ」


 私の言葉にアイゼイヤは少し考えたようだ。


「あー、そういう取り方もできるな。お前に好意的な人間ばかりじゃないからなー」

「そうそう。ジョシュアとティルダのオーリー家、アーサーのコックス家に比べて処罰の差がありすぎる。同じレベルで罰するなら最低でもハーネット公爵家は子爵に降格処分。今ついている役職も全て取り上げるくらいじゃないと筆頭公爵家が犯した罪に見合わない。

 それに甘い処分で済ますってことは、私がエリザベスにバカみたいに惚れていて駄々をこねたって思われるか、ハーネット公爵家に何らかの大きな借りがあったのかって思われる。もしくはこの甘い処分で大きな貸しを作ってやった……とか」

「……」

「何より一番重要なのは……」

「重要なのは?」

「私のお願いなら何でもアレスティラ様は叶えてくれるってイメージを世の中の人々に植えつけてしまうことだよ!」

「それは事実だろ……」

「何か言ったか?」

「言ってない。それで?」

「それで?なんて、軽く言うんじゃない。

 宰相(ジジイ)はトーマス殿を隠れ蓑にアレスティラ様をディスっているんだぞ!

 私のためなら国家反逆罪でも赦しちゃう、ダメダメな法王って公文書に残すつもりなんだ!

 全然、諦めてなんていない。

 ヴィリジアンの擁立(ようりつ)は断念しても、どうにかしてアレスティラ様と私を抑えようと糸を張っているのさ。

 これを怖いと言わずに何て表現するの?」


 どうだ。

 これだけ裏読みできる内容をキレイに纏めて公表するんだぞ。

 怖いに決まってる。

 アレスティラ様がバカ3人の失態程度では宰相(ジジイ)から逃げられないって言った意味を実感したわ。


「うーん」


 ほら、アイゼイヤも(うな)っている。

 宰相(ジジイ)どもの恐ろしさにやっと気付いたな?


「レンフィールド。お前って、本当に学園を卒業したばかりの17歳か?って言いたくなるわ……」

「は?」

「俺はお前が好きだから、トーマス殿の作った報告書を好意的に読み取った。でもお前の言う通り、この報告書には事実を綺麗に隠しただけでなく、お前や猊下を(おとし)める要素も含まれている」


 そこまで言った後、アイゼイヤは大きなため息をついた。


「ハイネの言った通りだな。俺はまだまだ王子気質が抜けてない」

「?」

「学園を卒業して1年。お前より早く世間の荒波ってものを知って、お前の役に立とうと思っていたんだが……。お前のほうがずっと分かってる」

「いや、それは……」


 体感人生は70歳近いからね。

 18歳のアイゼイヤより世間を知ってますよ、言えないけれど。


「このままだと、お前の話し相手すら満足にできない」

「そんなことはないよ」


 気兼ねなく話せる唯一の存在だよ。

 アレスティラ様も心許せるけれど、養父だし、これからは結婚相手だし、法王職の上司だし、どうしても敬語が抜けない……。

 間違っても、さっきみたいにディスるなんてスラング使えない。


「私もアイゼイヤが好きだ。側近になってほしかったのを断られて、今も悔しい思いをしているし」

「レンフィールド……」

「だから話し相手もできないなんて言うな」


 くそ、恥ずかしい。


「顔が赤いぞ?」


 分かってるよ、しょげていたくせに私をからかうな。


「アイゼイヤだって頬が赤い」

「なっ、お前のせいだろ」

「何で?」

「お前がそんなことを言うから……」


 アイゼイヤの頬がもっと赤くなった。

 これ以上は言わないほうが、お互いのためな気がする。

 それを彼も思ったらしい。

 わざとらしく深呼吸すると報告書に視線を向けた。


「まあ……この報告書の中身をそのまま信じる貴族はいないだろ。

 あのパーティーには殆どの貴族家当主、もしくは代理が出席していたから、事実を改ざんしているのはバレてる。

 お前が騒動の責任を取って国を出るって発言したのも知ってる。

 騒動に関係のない貴族は猊下とお前に祖父さんたちが頭を下げて丸くおさめてもらったって分かっているさ」

「そうだといいね」

「大丈夫だ。お前はお前が思うより、ずっと愛されている。

 猊下が殆ど表に出てこないせいもあって、法王家の象徴はお前といってもいいくらいだからな」

「それは言い過ぎだよ」


 法王家の象徴って、法王自身じゃないとおかしいじゃないか。


「それくらいのことで猊下は怒らないよ。猊下はお前を愛しているからね」

「……知ってる」

「うん。それならお前を愛している民衆も信じてやれよ。彼らはトーマス殿の作ったシナリオを素直に受け取ってくれる。

 ハーネット公爵家だけが減軽された処分なのは、お前が婚約者を大切に思っていたから。彼女自身に罪はないのに身を引くしかなかったのを(あわ)れんだから。猊下はその気持ちを()まれた。それだけで終わるって……」

「そう、かな……」


 それならいい。

 私がどうこう言われるよりアレスティラ様の名誉の問題なのだ。


「それに、こう言っては悪いが民衆にそこまで考えつく者がいるのかな?」

「……」

「他国に比べて庶民の識字率が高いのは確かだけれど、殆どの者が幼年学校で勉強を終える。母国語の読み書きと四則演算を身につければ、庶民がつく大抵(たいてい)の職業に支障はないからな」

「……」

「お前に否定的な感情を持っている奴は考えるかもしれないけれど僅かだろう。逆に考えつく貴族たちはさっきも言った通り、あの場にいて事実を知っている。

 なあ、考えすぎるのは悪いことじゃないが、民衆に愛されている次期法王レンフィールド殿下っていう存在を忘れないでくれ」

「……」


 あ、あー!

 そうか、そうだよね!

 この世界は前世と違う。

 簡単な読み書きと四則演算だけが民衆の知識だ。

 テレビもネットもない世界。

 公表されたもの以外は商人や冒険者から聞いた噂程度の情報しかない。

 しかもこの国に限れば絶対なのは法王と後継者たちの持つ『聖魔法』の力。

 自然災害や疫病から自分たちを守ってくれる神の力。

 その恩恵の前には多少の我が儘なんて関係ない。

 まして今回の騒動は法王と次期法王のメンツの問題だ。

 当事者であるアレスティラ様と私が気にしないなら、それでいいじゃないかってことだ。


「そうだね。アイゼイヤの言う通り、少し勘ぐり過ぎていたようだ」

「……お前、絶対に分かってないだろ」


 目の前でアイゼイヤにため息をつかれてしまった。

 本当に失礼だな。




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