旅立ち準備・7
昼食を取り終えたアレスティラ様に連れられ、執務室近くの応接間に入ったのだが、昼までの予定だった仕事が延長になり少し疲れているらしい。私の手を取って隣に座らせると、肩に頭を乗せてきたくらいだから。
「昨夜の後始末に時間がかかっていてね。そちらの方が終わらないとレンフィールドとのことを公表できないだろう?」
「そうですね……」
「きみにも顔を出してもらうから、旅に出せるのはもう少し先になりそうなんだ。すまないね」
「いえ、それは仕方ありません」
側近候補だったバカ3人は本当にバカだったけれど、それぞれが上流貴族のご令息ってやつだ。あれだけの騒ぎを起こしても知らんぷりしようと思えば……いや、さすがに今回は無理か。
子供のしたことだからって言って逃げるには、来賓多数の卒業パーティーの場だったからな。やらかした内容も次の法王には私ではなく、異世界人のサラが相応しいとの発言だ。それは私を次期法王と承認しているアレスティラ様の判断に異議を唱えるもので……。
法王国の人間、それも貴族の子弟が公の場で口にしてはならないことだ。親の責任を追及するどころの話じゃない。その家が反逆する意思を持っている……と受け取れる行為だからね。
彼らが中流以下の貴族家だったら昨夜のうちに問答無用で騎士団を突入させている。そして当主をはじめとする家族全員と使用人の捕縛、投獄、財産の没収作業が始まっていただろう。
しかしバカ3人の家は、あんなにバカでも私の側近候補であることを表向きは咎められなかった家柄ばかりだ。そんな家に罰を与えるとなれば、まあ色々と面倒な駆け引きが生じる。
「調停役は、どなたが請け負ったのですか?」
「トーマスだよ」
「またトーマス殿ですか。私の実父だというのなら、ラザラス殿が担えばよろしいのに」
「レンフィールドは無茶を言うね」
アレスティラ様に尋ねると、予想通りの名前が返ってきた。
トーマス·グリエス。
宰相マクミランが愛妾リリー夫人に生ませた息子。
私の実父ラザラスの異母弟にあたる。
つまり叔父なんだけれど、思考が柔軟で温厚な人物として知られている。
若い頃から貴族間の調停役を引き受け、成果はマクミランに献上している孝行息子。
生まれが妾腹だからと言って面倒な裏方仕事ばかりしているが、リリー夫人は法王家の血を引く伯爵家の出身だ。
そもそもマクミランとリリー夫人は幼なじみであり相思相愛の関係だったが、法王家の先代当主が決めたシルヴィアとの婚姻には逆らえず、せめてもの抵抗として彼女を公妾にしたのは有名な話。
ラザラスは同腹の弟フィリップと法王家当主の座を争っているけれど、マクミランはリリー夫人の他にも公妾がいて沢山の子供を生ませている。正妻シルヴィアの息子だからって後継ぎになれるとは限らないのだから、昨夜の一件なんて自分の点数稼ぎに利用すればいいのに……。
まぁアレスティラ様が仰る通り、無茶か。
ラザラスは典型的な血統主義者で自分は正妻腹の王子、格下である貴族の揉め事など知ったことではないってタイプだからね。
「トーマス殿の働きは派手さこそないけれど、国内のパワーバランスを正確に読み取って動きますから、きっと今回も早々に落ち着くでしょうね」
彼は出自すら利用して調停役に徹している。
その気があるのか分からないけれど、当主候補の一人だと思う。
私が選ぶなら、ラザラスやフィリップよりトーマスだ。
マクミランの後継ぎということは次代の宰相でもある。
まだまだアレスティラ様の在位が続くけれど、私の代になった時に無能な人間が宰相になっていたら困るのだ。
「レンフィールドはトーマスの価値をよく分かっているね」
頭を起こしたアレスティラ様が私の髪を撫でる。
初めて会った時から変わらないアレスティラ様。
いきなりの婚姻話に驚きながらも素直に受け入れられたのは、このホッとする関係をずっと築いてきたからかもしれない……。
卒業パーティーから数日後。
バカ3人とサラの処遇、そしてエリザベスのこれからが決まった。
バカのリーダー……いや、ジョシュア·オーリーは法王家ゆかりの侯爵家嫡男であり、次期法王の側近候補でありながら、異世界より召喚した聖女サラ·ウチダに傾倒。彼女を次期法王にするべく、来賓多数の祝宴の場で仲間2人と共謀し騒動を起こした。
学園を卒業したばかりの若輩者とはいっても、この世界の成人年齢である15歳を過ぎている。
本来ならオーリー侯爵家の成人男子が取った行動と判断され、父親のオーリー侯爵イザクと母親のティルダ侯爵夫人ともども国家反逆罪の刑に処される。
しかし一人息子ジョシュアを誤った道に進ませてしまった……と深く心を痛めたティルダ侯爵夫人が、生家である法王家、婚家であるオーリー侯爵家のそれぞれと絶縁し、厳しい環境で知られる北部の修道院に入り一介の修道女となって、法王アレスティラ様と次期法王の私に償いの祈りを日々捧げることで息子の命乞いをしてきた。
それを知ったジョシュアはそこまで母親を苦しめてしまったのかと気付き、改心し、廃嫡と貴族位の返上を申し出た。
そして万が一にも自身の血統から『聖魔法』の遣い手が誕生しないように男性機能を切除した上で、自分を受け入れてくれる神殿もしくは修道院に入り、神々に奉仕することで罪を償いたいと言った。
オーリー侯爵イザクも妻子と同じようにすべきと考えたが、婚外子の幼い息子と娘がいる。
悩むイザクに5歳と3歳の二人にまで罪を償わせるのは酷いことだろうと、法王アレスティラ様より温情が与えられた。
爵位を侯爵から男爵に格下げし、新たな当主を5歳の息子とする。
そしてその教育や補佐などオーリー男爵家に関わる全てを法王家が派遣した人物に一任すること。さらには今住んでいる屋敷と領地の殆どを法王家に返上し、僅かに残った領地で終生ひっそりと暮らすことで赦された。
バカの2人目アーサー·コックス。
彼が起こした騒動により父親ノア·コックスは、貴族位と代々コックス伯爵家が担ってきた聖騎士団団長の役職を法王家に返上した。同時に妻と離縁し、コックス伯爵家の罪がコックス一族と妻の一族双方に及ぶことを止めた。ノア自身は今までの働きを鑑み、庶民として生きていくことで特別に赦された。
同じく庶民となったアーサーだが、兵士となって法王国に仕えることこそ贖罪の道と決めた。そこで聖導騎士団が騎士見習いとして召し抱え、各地を巡回しながら己れを磨くように諭したという。
尚、アーサーの兄は近衛騎士となる際にコックス伯爵家と縁を切っており、今回の騒動とは無縁であることは疑いなく処罰はない。
バカの3人目ルイス·ハーネットと、私の婚約者だったエリザベス·ハーネット。
彼はハーネット公爵家の長男だが、嫡男ではない。
数いる妾腹の息子の一人でしかなく、ジョシュアとアーサーに比べると実家への影響力は殆どなかった。しかし生まれた時から公爵家の本邸で正妻の娘エリザベスとともに教育されてきたことも事実。
エリザベスも異母弟とはいっても、ともに過ごした彼の所業に大きな責任を感じ、次期法王である私の婚約者の立場を返上した。ルイスを連れて公爵領にある修道院に入り、国家の安寧を祈ることで私への愛を貫くことに決めた。
ルイスもエリザベスの行動に自身の愚かさを知り、法王アレスティラ様と私に謝罪した。そしてエリザベスに倣って修道士となり、日々、国家安寧の祈願に勤しむことを誓った。
そんなエリザベスの心身を呈した行動を私が憐れに思い、法王アレスティラ様に温情を願った。それによりハーネット公爵家は筆頭公爵家から序列最下位の公爵家となるだけで赦され、エリザベスとルイスは貴族位を持ったまま修道院に入ることができた。
最後にサラ·ウチダ。
貴重な『聖魔法』の遣い手であることから聖女の称号を賜ったにもかかわらず、その能力を開花させる努力を怠った罪。
次期法王の側近候補たちを惑わした罪。
法王アレスティラ様と次期法王の私を糾弾した罪。
すぐさま処刑すべきだが『聖魔法』の遣い手なのは間違いない。
よって聖女という称号に相応しくなるよう神殿にて再教育し、法王国と国民のために生きていくことで赦された。
異世界人である彼女の不安な心情にも考慮して、友人である男性機能を処理したジョシュアを下男として仕えるさせることにした。元々、召喚したのはジョシュアたちだったので彼女に対する償いも兼ねているらしい……。
「怖いくらい見事だね~」
5人の始末書、いやいや報告書を読み終わった私の素直な感想。
少々の真実も混ぜてあるが、よくもまあ……。
エリザベスとの婚約解消もキレイに混ぜちゃって……。
怖いわ。
権力って本当に怖い。
これを公表しても、信じるのは何も知らない民衆だけ。
でも、それで良いのだ。
察しのついている者たちには、お前たちも逆らえば……っていう見えない脅しになるから。
そして、このあとに発表されるアレスティラ様と私の婚約。
民衆は側近候補たちの裏切りで婚約者を失った私が、法王アレスティラ様に救われたと思うのか?
それとも婚約者に対する誠意の証として、養父アレスティラ様と形だけの婚姻をすると考えるのかな?
どちらでも構わないのだ。
法王と次期法王の婚姻がなされ、グリース法王国の未来は盤石であると国の内外に伝われば良いのだから。
それよりも今回の騒動を調停した人物に貴族や目端の利く者たちは注目するだろう。
次の法王家当主に相応しいのは誰なのか?
彼らは勝ち馬に乗ろうと動き出す。
「宮殿内は荒れるだろうなあ……」
法王宮にいれば巻き込まれることはないだろうが、騒音は聞こえてくる。
特に実父ラザラスあたりから。
3年、外の世界に出してくれるアレスティラ様には感謝しかない。
「私がいない間もよろしくね」
報告書を持ってきたアイゼイヤに私は笑った。




