旅立ち準備・2
私が部屋に戻ると、いつものようにハイネがお茶のセットを用意してくれた。それが終わるとアイゼイヤを連れて退室する。間違いなくこれからアイゼイヤは説教……いや、教育を受けるんだろうな。
これも私の側近要請を断った報いだ~、なんてね。
やっぱり彼は気が利くし、一緒にいて楽しいからクビにならないよう頑張ってもらいたい。
「さて……」
用意してもらったお茶を一口飲んで、インベントリから取り出した数十枚の地図を広げる。法王宮や宮殿のあるこの国の都を中心にしたものから、国の全体図、東西南北の各地域を詳細に記したものなど……。他にも、このグリース法王国のあるアルカディア大陸の地図や世界地図もある。
すでにこの世界では大陸の果てなど無くて、大地と海が球体上に存在しているのだと理解されている。日付変更線のようなものも一応ある。アルカディア大陸の東方にあるエルフの国の都だ。長命種族であるエルフは人族のように好戦的ではない。よほどの事態にならないと争わない穏やかな気質の者が多い。都の場所も彼らの定めによって何千年も前から変えていないので、日付変更線にするには問題なかったそうだ。
それでも手元にある地図は全て法王国の人間が製作したせいか、地図の中心はグリース法王国だったり、アルカディア大陸であったりする。
日付変更線を中心とした地図なら、アルカディア大陸の西側にあるグリース法王国は左端なのだが……。わざわざ日付変更線を右端に置いて、法王国が中心となる地図となっている。
うん、まあ、自分の国の偉い人たちに命じられて作った地図だもんね。
当たり前かな?
ちなみに異世界物語にありがちな設定通り、こんな風に詳細な地図は国家機密になるという理由から公開されていない。
冒険者や商業ギルドで売られている地図はもう少し、いや、かなり大雑把で、個人が書き込んでいくスタイルだ。
私は次期法王だから地図を貰っているけれど、くれぐれも取り扱いは厳重に。というやつだ。
「どこを回ろうかな~」
地図を眺めながら旅の予定を考える。
移動魔法で跳ぶにしても、一人旅の始まりにするのはどこなのか?
そこからは、どのルートで土地を巡るのか?
国外には、どうやって出ていくのか?
何しろ、この世界は徒歩か馬車移動が基本だ。
賢く頑強な馬を持っていれば旅の供にできたかもしれないが、あいにく私は持っていない。それに移動魔法は術者本人しか転移できないし、持っていたとしても連れていけない。
移動魔法の書にも記してあった。
そうは言っても、こっそり移動魔法を覚えていた時に何度か試してみた。
本当にダメなのか知りたかったから。
結果、生き物は連れて跳べなかった。
枕とか生花など失敗しても大丈夫なものから始めて、虫などの生き物になったら失敗した。
移動先に虫を連れていけなかったのだ。
幸い……と言っていいのか分からないけれど、戻ったら虫は生きていた。
これが人間だったらどうなのだろう?と考えるけれど、置き去りならともかく、中途半端に巻き込んでしまったら怖い。
だから移動魔法は必要最小限にしようと思う。
基本通り、徒歩か馬車移動での一人旅。
その期間は僅か3年。
でも貴重な3年。
様々な土地を見て回りたい。
できるだけ遠くに行って、期日ギリギリに法王宮まで一息に転移してくればいいかな?
……うーん。
このままアレスティラ様に伝えたら、確実に出発を延期させられてしまうに違いない。
「絶対に外せないところから選ぶか……」
まずは……。
行ったことのある地で一番遠い場所。
クールテュール地方。
グリース法王国本土のあるアルカディア大陸から見て西にある大きな海に浮かぶ島々の1つ。
私の名を冠して戦争が行われ、勝利した翌年に初めて訪れた場所。
宰相たちは反対したが、私の名を使って初めて戦争した場所なのだ。
終戦後も現地に留まり国に尽くしてくれる騎士や兵士たちを労い、敗戦国の民となった旧クールテュール王国の人々を慰問し、彼らの我が国への恭順を加速化させる。
その狙いもあって行きたいと言えば、アレスティラ様も許してくれた。
アレスティラ様が認めてくれれば、宰相たちも反対できない。
元々が有効な手段だったからね。
そうして見回った時に印象的だったのが王城の裏山だった。
戦争によって破壊された城門、貴族街、そして王城を一望できる場所。
私はそこに作られた、我が国に辱しめられるくらいなら……と父王に殺された王女の墓を転移先の目印にしている。
何度か移動魔法で行ったが、あの辺りは殆ど人が訪れないから都合が良いのだ。
王城跡地周辺を含めて旧王都ペッドギアは私の直轄地。
まして今はダンジョンが生まれて、以前とは違う賑わいがある。ダンジョン都市の領主として、駐在兵には治安維持を目的とした巡回をさせているのだ。
その中には墓荒らしを防ぐために、裏山辺りなど賊の棲み家になりそうな場所は念入りに巡回しろと命じてある。
次は……。
そうだな、どうせなら直轄地巡りをするか。
私の直轄地はペッドギアの他に4つある。
若草の都・ヒースクリューネ。
奇跡の街・ハリアス。
海鳥の村・メモルカ。
穀倉地帯の1つ、デュラン。
で、ある。
次期法王とはいっても5つもの直轄地があるのは、それなりの理由もあるのだ。
若草の都と呼ばれるヒースクリューネ。
このグリース法王国の都から北西方向にある薬草類の宝庫。
今でこそあの地で育たない薬草はない、とすら言われる場所だけれどさ。
私が引き継いだというか押し付けられた時は、魔素に汚染された不毛の地だったんだよね。
山間の地で戦略的にも価値がない上に、先住民が魔素に侵されたのは領主一族のせいだって反旗を翻したから、ますます面倒な土地になってしまい誰も欲しがらなかった。それでも誰かのものにしておかないと先住民たちが実効支配して、後々もっと面倒になるのは分かっていた。
そこで追い出された領主一族が法王家の遠縁だったこともあって、法王家の誰かの領地にして責任を押し付けようとしたんだけど、魔素の中和には時間もお金もスゴくかかる。
何しろ魔素の中和作業はその地で魔法を一切使わず、ひたすら年月が経つのを待つだけ。
だからと言って放置してはいけない。
年に数度は魔素を作り出す原因……魔力を帯びた動植物、つまり魔物などを駆除しなくてはならないのだ。
……もちろん魔法を使わずに。
だから冒険者ギルドに依頼するにも、自前の騎士や兵士たちにやらせるにしても、相当な時間と出費が必要となる。
本来なら年に1度駆除していれば問題なかったのに、領主一族はその作業を100年近くに渡って怠った。
先住民たちは自分たちの住む周辺だけでも駆除していたらしいが、焼け石に水。とうとう殆どが人の住めない土地になってしまったのだ。
中和作業には、軽く見積もっても100年単位の時間が必要。
税収が無いばかりか長期に渡るマイナスばかりの土地。
で、そんな土地を子供の私に押し付けたんだよね……法王家の連中は。
次期法王の直轄地となるなら先住民たちもクールテュールの民のようにおとなしくなるだろう……とかなんとか言っちゃってさ。
あれ、絶対に私に対する当てこすりだよ。
私がクールテュールに行って慰問した結果、想定よりもずっと早く元·王国民たちが法王国に恭順を示して復興も進んだものだから。
そのくせ復興した街を次々自分たちのものにして、私には手付かずのまま放置された旧王都を寄越したんだよね~。
あんな廃墟の土地を、殿下の初勝利記念の地ですな、なんて言ってね。




