表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/31

間話 アイゼイヤ·グリエス/2



 猊下の部屋から出ていくレンフィールドを横目で見ながら、俺の心臓はバクバクしっぱなしだ。

 先ほどまでの2人の話は室内にいた俺たちに聞かせる意味もあったんだろうな。人払いしなかったし。


 猊下とレンフィールドが結婚。


 その衝撃で他の内容のヤバさは気にならなかった。


 認めないなら猊下が宰相(ジジイ)相手に『死』を対価にした『聖魔法』を使用する……とか。

 レンフィールドと一緒に出ていくって言ったこと……とか。

 異母妹(ヴィリジアン)の魔力では法王国全土を支配下におけない……つまり、法王になったとしても役立たず、だとか……。

 


 俺が聞いている限り、1度も宰相に逆らったことのない猊下が自分の意思をゴリ押しした。

 本当なら、そっちの方がずっとヤバいんだろうに。


 俺にはレンフィールドがあっさりと猊下と結婚することを受け入れているほうがショックだった。


 2人とも『聖魔法』の遣い手だから結婚したところで身体の関係にはならないし、なれない。

 レンフィールドの地位を揺るぎないものにするための方法として、2人の結婚が一番効果的だとも分かっている。

 でも、素直に祝福できない。

 敬愛する猊下が相手でも俺はレンフィールドが好きで、『聖魔法』のことがなければ自分のものにしたいから。


 それに……。

 レンフィールドのチョロさに驚いた。


 あいつ、顔がいいし、頭もいいし、『聖魔法』だけでなく全属性を扱える魔法師としてスゴいし、剣技だって並みの騎士なら倒せる腕を持っている。

 さらに人のあしらいも上手いから完璧王子だと思っていたけれど、違った。


 まぁ、恋愛経験がないのと相手が猊下だからかもしれない。

 期限付きとはいえ一人旅に出れると知って、テンション上がっていたのかもしれない。

 でもな。

 簡単に落とされやがった!!


 さっきのアレ。

 猊下の『聖魔法』だよな。


 俺たちが血の忠誠を誓った時と同じ。

 死ぬまで、いや死んでも違えることのできない約束の魔法。


 レンフィールドは猊下と約束した。

 それも口付けを交わして、だ。

 俺たちは自分の血を使ったけど、口付けだって変わらないだろ。

 あいつは略式だけど、さっき猊下と結婚したんだ。


 法王宮の古株職員である侍従長の表情を盗み見たが、相変わらずの鉄面皮。

 他の侍従や近衛騎士たちを見ても普段通りの様子だ。

 もしかして……驚いているのは俺一人だけか?

 俺は法王宮に入って1年足らずの新人だしな。

 俺が知らないだけで脅しの手段として常用しているのか?

 いやいや、それはないな。

 普段の猊下は穏やかだし、宰相たちに極力関わらないように生きているし。

 後で他の奴らに聞いてみよう。


 それにしても猊下の機嫌が良い。

 パッと見た感じは分かりにくいけれど。

 レンフィールドと一緒にいる時はいつも機嫌良いけれど、レベルが違う。

 パーティーが終わった後、宮殿に乗り込んできた猊下とは別人だ。

 あの時はヤバかった。

 怖かったなぁ……。


 そう思いながら、俺も自室に帰った。

 自室に戻った俺は着替えを済ませ、ラフな格好になるとベッドに横になった。

 今日は目まぐるしかった。




 パーティー会場からオーリー侯爵夫人ティルダを宮殿内にある法王宮職員の詰所に連行した俺は、今までの鬱憤を晴らすような尋問をした。

 元·王女の気位はあっても、逆にそれが首を絞める。

 伯母であろうと俺には関係ない。

 彼女が企んだことはレンフィールドを、つまりは次期法王を害することで法王宮職員として対応にあたらなくてはならないし。そこに多少の個人的感情が混じったところで問題ない……だろう。

 そうして出来上がった報告書を持って同僚が上司の元に行ったので、俺も一息つこうとお茶を飲んでいた時だった。


「猊下が宮殿においでになるそうだ。急いで支度しろ」


 別の同僚が慌てて入室してくるなり、そんなことを言い出した。


「何を言ってるんだ? 猊下が御用もないのにいらっしゃるはずがないだろう」


 本日の猊下の公務はすでに終了しており、法王宮からこちらの宮殿に足を運ぶ用事なんてない。

 そうでなくても猊下は法王宮から出ることを好まれない。

 元々は俺やレンフィールドのひい祖父(じい)さんや祖父(ジジイ)である宰相たちが赤ん坊の時から閉じ込めたのが原因だが、成長しても猊下自身が外に興味がないのか出歩くことをしなかった。

 レンフィールドを引き取り、あいつが法王宮の外に興味を持つようになってから変わったって聞いている。

 庭園を散策するレンフィールドに付き添うために、猊下が法王宮から出てきただけで周りが驚いたくらい姿を見せなかったそうだもんな。

 それが噂になって猊下に拝謁できない身分の者たちが用もないのに庭園に出没するようになったり、庭園担当の庭師たちもさらに張り切って仕事するようになった。

 まぁ、そんな微笑ましいエピソードがあっても根本は変わらない。

 猊下は異母兄である宰相をはじめとする法王家の人間を好きではない。

 嫌いでもないようだが、はっきりとした感情を見せない御方なので本当のところは分からないけれど……。

 分かっているのは、とにかくレンフィールドが大切で溺愛していること。

『聖魔法』の縛りがなかったら、とっくに“本当の”配偶者にしていたに違いないだろう。

 レンフィールドの自由にさせているようで、裏では交友関係などに猊下が常にチェックを入れている。

 もちろんレンフィールドは知らない。

 ……これは法王宮職員になって初めて知ったことだ。

 知った時は色んな意味で恐怖を感じたよ。


 だから養子に出しても実の親子だし、何も問題ないと考えていたレンフィールドの両親は甘いと言うしかない。彼らは式典や何かの集まりで年に数度しか会えないことに不満を抱き抗議したらしいけれど、手放しといてバカだよな。

 レンフィールドの両親は俺の伯父夫妻でもあるが、彼らは俺の両親より酷い。

 生まれた時から『聖魔法』の遣い手という普通の赤ん坊とは違うレンフィールドに気味の悪さを感じていて、でも将来は法王になるかもしれないから放置もできない。

 彼らは手元に置いていた2年間、殆ど交流しなかったという。

 世話は乳母や侍女に任せきり。

 そんな過去があるのに、実の親子が何故自由に会えないのか? って家族の情を訴えてきた。

 本音は自分たちに懐かないので焦っているんだろうな。


 その点、俺の異母妹(いもうと)ヴィリジアンの方が傀儡法王にするのに都合が良いだろう。

 彼女は俺の親父が妾に生ませた娘だが、何だかんだいっても俺たち家族に可愛がられている。

 正妻である俺の母親は娘を生んでいないからなのか、妾の生んだ娘であってもあっさり迎え入れた。『聖魔法』の遣い手だから……という理由だけなら妾は別宅に置いたままでも良かったのに妾も家に入れた。そして、たとえヴィリジアンが『聖魔法』の遣い手として生まれていなくても義理の娘として愛しただろうと思わせるほど厚遇している。

 妾の生んだ娘が『聖魔法』の遣い手だったために、法王家嫡流王子の正妻としての面子を潰されているにも関わらず……。

 その辺り、俺の実母ながらよく分からない。

 それでも正妻が妾の子供(ヴィリジアン)を可愛がることによって、ヴィリジアン自身が家族の愛情を信じ、家族を愛するように育っていく。

 当然、親父のことも大好きな父親として慕っている。

 それはこのまま大人になり法王になったとしても変わらないだろう。

 もしもヴィリジアンが法王になったら、法王家の当主(イコール)宰相の座は伯父ではなく俺の親父になる。

 法王と当主の仲は重要だから。

 軋轢は少ないほうがいい。


 レンフィールドの場合は、法王になっても伯父夫妻どころか法王家に対する接し方は変わらないように思う。

 彼らが沈黙を望んでもレンフィールドは自己主張する。

 お飾りの法王ではなく、口出しできるギリギリを見極めて。

 能力も魔力も高いだけに法王家や政務を担っている高位貴族にとっては厄介な存在になるだろう。

 しかも学園生活を通して貴族だけでなく、平民たちと接した。

 平民たちはレンフィールドが猊下と違う法王になるだろうって期待している。

 猊下が疎まれているわけではない。

 より素晴らしい法王が誕生する。

 次代もこのグリース法王国は安泰だと歓迎しているのだ。

 伯父としては民衆の気持ちを背景に次期法王はレンフィールドのまま、次期法王家当主の座も自分がって思っているようだが難しい。

 どう見てもレンフィールドを意のままにできないからな。

 それなら法王家当主は誰がなっても構わないわけで……。

 きっと、そうならないように。そういうことも含めて色々と話をしたいのだろう。

 しかし猊下は伯父がレンフィールドと接点を持つのを認めていない。

 レンフィールドが望めば別かもしれないが、あいつは顔を会わせれば自分こそ親だって態度で接してくる伯父に辟易している。

 関係修復は無理だろ。


 そんなことを思いながら猊下を待っていたら、予定外の行動はレンフィールドの使った『聖魔法』のせいだった。


 あいつが支配下に置いたのはパーティー会場のある宮殿内だけだったそうだが、猊下は国内を支配下に置いている。レンフィールドが『聖魔法』を使った理由を知りたくて待ちきれずに宮殿にいらしたそうだ。

 俺たちは血の忠誠を誓った猊下の下僕。

 パーティー会場での一件を包み隠さず話した。

 猊下が仰るには何度か使っているそうだが、俺が知っているのはパーティー会場の件だけ。

 そう話していたら、レンフィールドが控室で公爵令嬢に婚約解消を申し出た途端、襲われそうになり使用したって、密偵が報告に来た。


 その瞬間だよ。


 猊下から恐ろしい魔力が発せられたんだ。

 気持ちの悪い魔力。

 熱いのか寒いのか、刺々しいのに痛くない、明るいはずなのに暗い、立っているのか倒れているのかも分からない五感のバランスを狂わせる魔力。

 そういうものが俺を、いや俺たちを締め上げた。


 侍従長が何か言ったのが聞こえたような気がして、暫くしたら普段の穏やかな猊下の魔力が俺たちを包んでいた。

 それで体調は戻ったけれど、本気で怖かった。


 その後、猊下は侍従長や近衛騎士を連れてエンドレス·ルームに向かったんだけど、残された俺たちは暫く声も出なかった。

 やっと平静を取り戻した俺たちは法王宮にある宿舎に戻ろうとしたんだけど、上司から俺だけ猊下の私室に行くように言われたんだよ。私室っていっても寝室のある部屋じゃなくて俺たち新人職員も入れるサロンの方だったけれど、そこで1時間くらい待っていたら始まったのは猊下によるレンフィールドへの求愛?求婚?

 とにかく突然の出来事の収束ってわりには猊下は素早いベストな決断をした。




 俺はベッドの上で大きく息を吐いた。


 もしかしたら、猊下は機会が合えばレンフィールドを自分のものにできるよう、いつでも考えていたのかもしれない。

 猊下の世界はレンフィールドとそれ以外のような気がするし、猊下が動く時はレンフィールドに絡む事柄だけだから。

 まぁ、猊下がレンフィールドに告げたことは、猊下にとってもレンフィールドにとっても最善策である。


 無能で(レンフィールド)に対する敬意の欠片もない側近候補3人、ジョシュア、アーサー、ルイスを排除し、猊下の配下である侍従を付ける。

 “本当の”配偶者になれないのに子供まで望む婚約者(エリザベス)婚約者の異母弟(ルイス)の不始末の責任を共に取る名目で綺麗に退場させる。

 異世界から来た聖女もどきを要修行と断じて、修道院に閉ざす。

 聖女教育の費用として払われた多額の金を不履行のペナルティと合算して返済させることにしたのは、たとえ元·王女であっても免れない。法王家の人間であっても法王の前では平民と変わらずに、いや、それ以上に厳しく裁かれる前例を見せることになった。

 愚かな側近候補3人によって起こされた断罪もどきのヒトコマで婚約者(エリザベス)も失ったレンフィールドが、見聞を深める為により努力する。その手助けを養父である猊下がこれからは配偶者としても支える。今の立場、次期法王であってもレンフィールドを(ないがし)ろにする者がいることから、さらに上の地位。法王の配偶者という立場も与えて、次代は間違いなくレンフィールドが法王となるのだと宣じるのだ。


 美しく、調和された話。

 平民たちは法王と次期法王の婚姻を素直に祝福するだろう。

 長いグリース法王国の歴史で初めてのこと。

 歴史の生き証人となれることを喜ぶのは特権意識を持つ貴族だけではない。


 心配なのはレンフィールドの気持ち。

 あいつは猊下を敬愛しているが、猊下の愛の深さを知らない。


 猊下は宰相たちから逃げられない……と言ったけれど、宰相たちじゃなくて猊下から、だということ。

 想像以上にレンフィールドがチョロかったから猊下の求婚を簡単に受けた。おかげで猊下の機嫌は素晴らしく良い。


 あいつは、赤ん坊の時から法王宮に閉じ込められている猊下に執着されている……ということを分かっていない。

 でも、気付かない方が幸せなのかもしれない。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ