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法王猊下と私・1

 エンドレス·ルームの扉を開けると、専属の近衛騎士と侍従を伴ったアレスティラ様が立っていた。

 ここは宮殿地下2階、牢や拷問部屋が並ぶ場所。

 同じ敷地内とはいっても彼の執務室や私室のある法王宮とはかなり離れている。


「アレスティラ様、なぜここに?」

「良かった。レンフィールドの魔力が乱れるなんて何事かと心配したのだよ」


 ホッとした笑みを浮かべて私の髪を撫でる。


「さあ行こうか。もう用事は終わったのだろう?」


 歩き出した彼の後に続く。

 どうしてこんな場所にまで来てくれたのだろう?

 パーティーでの騒ぎを知ったとしても、法王宮で待っていると思っていた。


 法王アレスティラ·マーガス·ドリン·グリエス猊下。

 グリース法王国の国家元首。

 私の大叔父であり、養父。

『聖魔法』の遣い手として生まれた私は他の法王家の人間と違い、2歳でアレスティラ様に謁見することを許された。そしてその場で次期法王と認められ、そのまま養子として引き取られた。

 おっとりした見た目に反して少し強引な人かと思ったが、魔法や学業などを手ずから教えてくれる優しい人だ。

 今は亡き父親ジェロームや25才も年上の異母兄マクミラン、法王家の人間を中心とする国の首脳陣によって、生まれた時から自由を奪われてきたというのに……。

 彼らによって騎士爵の娘だった実母と引き離され、赤ん坊なのに法王に祭り上げられた。

 そして150年ぶりの『聖魔法』の遣い手を失いたくない彼らは、アレスティラ様が成長しても閉じ込め続けた。だから彼は38年間、法王宮と宮殿のあるこの敷地から外に1度も出たことがない。

 学園にも通わせてもらえず、戦時には法王の名の下に出兵していく民たちを遠くから見ているだけしかできなかった。

 彼らにしてみれば法王の存在は戦の大義名分となるのだろう。

 国ごと滅ぼした大きな戦争は4回。

 直近では12年前。

 海を挟んだ島国クールテュール王国と、その同盟国·ミラ王国の2ヶ国を相手にした戦いだ。

 クールテュール王国側が5歳の私に刺客を放ったことが発端だった。

 あの時は次期法王である私の名の下に戦争を始めたので、より忘れられない。

 いくらアラフィフ女の記憶があっても、自分の為に何千人もの死傷者が出るのは嫌だった。

 私は必死に祈った。

 早く戦争が終わりますように。

 少しでも傷付く者、死ぬ者が減りますように。

 願いが通じたのか分からない。

 だが2ヶ国を相手にした戦いだったのに、僅か3ヶ月で終わった。

 恭順を示した無抵抗の一般人に乱暴しなかったこと。

 食料品などの備蓄類を強奪せず、現地調達の際には適正価格で購入したこと。

 それらの話が敵国内に広まるに連れて、逆に悪徳貴族と呼ばれる領主一族を捕らえて差し出す者たちまで現れたこと。

 地域によっては当然まともな領主もいて、そういう人物ほど率先して街の住民と共に軍門に下ったこと。

 そうした理由で、当初は半年かかるといわれた戦争が3ヶ月で終わったと言われている。

 戦後の話し合いも驚くほど簡単に締結した。

 2ヶ国の王や王族、主だった貴族たちは戦死したり処刑されたが、暴動が起きたという話は聞かなかった。……よほど民心が離れていたのだろう。

 今は法王国の島々。クールテュール地方、ミラ地方として扱われている。

 私としては重傷者と死者の数が28人。そのほうが重要だったけれどね。

 そもそもこの国は30数年の間に小競合いも含めて50回以上も様々な場所で争っている。それなのにどれも勝利してしまうので、余計に法王の神格化が進むのだ。

 アレスティラ様が民衆の前に姿を現さないのも拍車をかけている気がする。

 きっとそれも彼らの考えるイメージ作戦なのかもしれない。


 そんなこともあって、アレスティラ様は彼らの巣窟である宮殿のほうには来たがらない。

 そのアレスティラ様が私を心配して迎えに来てくれた。

 嬉しいに決まってる。

 後ろを歩きながら心の中で喜んでいると、アレスティラ様が振り返って手を差し出した。


「ほら、いつまで後ろを歩いているの? 公式の場ではないのだから、いつものように歩こうよ」


 赤ん坊の時から一人ぼっちだったアレスティラ様は寂しがり屋だ。

 2歳の私を引き取ったのも『聖魔法』の遣い手が周囲から遠巻きにされて育てられるのを知っていたからだ。

 同じ遣い手同士。少しでも寂しくないように気を使って育ててくれた。

 私が学園に通えたのも彼のおかげだ。

 そんな彼を置いて一人旅立つのは申し訳ないが、このままだと私は外れない首輪と鎖をつけられる。そうなれば間違いなくぶちギレて、首脳陣……つまり血縁上の身内に容赦ないことをしてしまうだろう。

 何せ私はアレスティラ様しか家族だと思っていないのだから。

 しっかりと握られた手に引かれながら歩く。


「アレスティラ様のおかげで無事に学園を卒業できました。今夜は色々なお話をしたいと思っているのですが、ご都合はいかがですか?」

「もちろん大丈夫だよ。私も聞きたいことがたくさんあるからね」


 専属の近衛騎士や侍従に、今夜は一緒に過ごしますよ。という遠回りなアピールをする。私たちがアレコレするわけがないのは分かっているので、誤解される心配もない。わざわざ口にするのは、これによって周りの使用人たちの段取りがスムーズに変更できるからだ。

 こういったこともアレスティラ様に教えてもらった。

 彼は心配りのできる温かい人だ。

 クールテュールとミラの両国と戦争していた時に、法王国の兵士が非道を働かなかったのはアレスティラ様が宰相たちに頼んでくれたからだ。

 次期法王の名を争いの旗にするのなら、遺恨がないように配慮してほしい。って……。

 人として惚れちゃうよね。

 ジョシュアたちは私をアレスティラ様のお手付きって思っていたみたいだけど、『聖魔法』の遣い手は『清らかな身体』でないと魔法が消えてしまうのを知らないからなぁ。

 でもそれを知らない人なら、そう思ってしまうのも仕方ないのかもしれない。

 この国では養い親と養子の結婚は、貴族なら普通なのだ。

 目をつけた子供を養子にして、光源氏が紫の上を育てたように自分好みに育て上げる。その養子は養い親の内縁関係に見られているので、他の貴族は手を出してはいけないルールらしい。そして適齢期になった養子は晴れて養い親の正式な配偶者か妾になる。

 一般教養?として教えてもらった時はカルチャーショックだったなぁ。

 恐るべし、異世界。って思った。

 だからといって、アレスティラ様と私がそういう関係だと思ったジョシュアたちを許すつもりはないけれどね。

 だいたい毎日一緒にいたんだから、雰囲気で分かりそうなものだよね。

 ……無理か。

 あいつらの頭の中は恋愛畑だった。





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