もふもふと悪役令嬢
自分が俗に言われる悪役令嬢であると
気付かされたのはいつの日だっただろうか…
態度を改め、人々との関係修復に努め、
走り回った真に忙しい5年間だった。
「あなたが居なければ今の私は無かったわね」
膝の上の籠の中で静かに寝息を立てる白い毛玉、
その背に掌を滑らせながら話し掛ける。
辛いときも苦しいときも、
この白い毛玉はいつもそばに居た、
関係修復の切っ掛けになった会話も、
誘拐事件の時の大立ち回りも、
今はなぜが遠い昔のように感じる…。
「あのこまっしゃくれた小娘が
今や隣国の王太子様の婚約者ですって!
ね?笑っちゃうでしょ?」
私がクスクスと笑うと
いつもと同じように尻尾を揺らす、
声を出せない代わりに饒舌に動く尻尾が
眠る毛玉の心を伝えてくれる。
「今日はお披露目のパーティーですって、
あなたが居なくて…私…だいじょ…っ…しら…」
話しながら意思とは関係なく
止めどなく瞳から涙が溢れた、
いつもそばに居たこの小さな小さな毛玉が、
自分の中でどれだけ大きく、
頼りがいのある存在だったか…。
「不思議な子よね…あなた…」
涙を拭い、そのもふもふとした毛に顔を埋め、
太陽の香りのする空気を思い切り吸い込む…。
「っぷはっ!よしっ!もう大丈夫!」
両の頬をパチンと叩くと
籠を傍らに置き立ち上がる、
扉の前まで歩き、そしてもう一度振り返る。
「…今まであなたにも言って無かったけどさ、
私、この世界の人間じゃないんだ、
家族でお出掛けしてて気が付いたら…ね…
でもね!こっちでも楽しんでるんだよ?
周り皆いい人だし!あなたもいたし!
あなたも……ねえ?あなたは喋れないけど…
多分…あなたは……」
扉ををノックする音が響き、
弾かれるように扉に向き直る。
「帰ってきたらまだ一杯話したい事あるから!」
そう一言言うと、侍女に連れられ部屋を後にした。
…一目見たときから気付いていた、
今度こそ必ず護らねばと決意した、
不自由な体を恨んだ日もあった、
だが…ようやく務めを果たせたようだ…
惜しむらくは向こうでもこちらでも
花嫁姿を見ることが叶わなかった事か…。
日当たりの良い窓辺の日溜まりで
白い尻尾が揺れている、
大きく手を振るように尻尾を振り、
毛玉は長い息を吐いた。
なろうラジオ大賞応募短編です。
もう一つ⇩のも短編で書いてます
https://ncode.syosetu.com/n7189fp/
ダンジョン経営型食堂「おっさん亭」
連載中の小説もありますので
宜しければ読んで頂けたら幸いです。
⇩ ⇩
https://ncode.syosetu.com/n6897fk/
神域の従魔術師