君はどんなお酒が好きですか?
この手紙を読んでいるという事は、私はこの世にいないという事でしょう。これは私の懺悔である。
私は飲酒により罪を犯してしまった。迷惑をかけて申し訳ない。それ以外の言葉は浮かばない。当時の記憶も曖昧で、酔った状態では学歴の高さがどうであろうと関係無く、判断力は落ちてしまうものだと痛感している。抑えが効かず理性が働かず、その場は良いと思ってしまったのだろう。
そして私もあの言葉――酔っていて覚えていない――を言った。
自己弁護する訳では無いが、よくよく考えると不思議ではある。判断力が無くなる、多く取りすぎれば体に悪いと分かっている物が、何故販売されているのだろう。
例えばタバコだ。昨今、喫煙者は肩身が狭くなり、いずれは吸う場所が無くなりそうな気配だ。まあタバコは自身を含め、周囲の人々に対し健康面等に於いて、不確定な悪い要素を与える訳であるから理解できない事も無い。そして昨今の嫌煙禁煙ブームを免罪符に、企業や団体がこぞって禁止に動くという状況はもう止まりそうにない。一定程度に減った所で全面禁止と、そういったスキームが政府内にはあるのだろうと個人的には思っている。
しかしアルコールは何故に良いのだろう。私も経験した事である訳だが、アルコールを摂取する事により判断力の低下、そして情緒不安定から来る不法行為の数々を誘発するようにも思う。酔って千鳥足で歩き続け、駅のホームから転落し電車に轢かれる。車道に飛び出し車に撥ねられ、それを轢いた運転手が罰を受け保障を求められる。犯罪と言う事で有れば器物破損、痴漢、窃盗、暴行、傷害、殺人と発展する要素があるのに、何故にアルコールは良いのだろう。
まあ、アルコールを摂取する人は大前提として成人であり大人である訳なので、摂取量を含めてその人が判断出来るという前提の物でもあり、個人の趣味嗜好といった自由の範疇であるとは分かってはいるが……。
病気等が起因しての判断力不足から来る罪で有れば、刑事責任能力が無いとして無罪というのが基本である。判断出来ないので有れば無罪。罪が認識出来ないのだから無罪となる。しかし、アルコールによって判断出来ない状態での罪を犯すと、それはただの犯罪とされる。
泥酔状態で以って車を運転し、その結果事故を起こすなんてニュースはよく目にする物である。中には「運転するつもりはなかったが、泥酔したが為に判断力が低下し運転するに至った」なんてのもあるだろう。つまり当時は罪の認識をしていない状態である。だがそれはただの罪として裁かれる。
私もそうだった。この違いは何なのだろう。その要因たるアルコールがなぜ販売されているのだろう。たばこの販売、喫煙場所はこれからも厳しくなっていく中で、事件を誘発する可能性が高いと言えるアルコールとの違いは何なのだろう。まあ、それで私が犯した罪が軽くなる訳ではないのだが。
20年ほど前に書かれた手紙には、そんな内容が書いてあった。手紙の主は飲酒により凄惨な事件を起こし、刑に服している最中に亡くなった人物のようで、この手紙は家族に向けての遺書のつもりで書いたらしい。家族に向けてとはいっても、文書からは反省が見受けられない気もするが。まあ泥酔状態という判断力低下、記憶も曖昧という状況で犯した罪という事らしいので実感が薄いのかも知れない。だが酔いが覚めた時には背筋が凍った事であろう事は容易に推測出来る。
そう、この手紙が書かれていた当時、タバコやアルコールは販売や摂取する場所に制限はあったものの合法という時代だった。私はタバコも飲用アルコールも現物は見た事が無い。今の法律ではタバコも飲用アルコールも販売及び製造も禁止である。
『禁酒禁煙法』である。
それはイスラムの戒律にも等しい程の厳しい法であり、他の国では禁止されていない場所も多々あるが、それらの国へ向けての輸出用としても一切の製造も禁止であり、製造出来るのは医療用のアルコールのみである。
禁止された当時は酒類を提供する飲食店を始め、日本酒メーカー、焼酎メーカー、大手ビールメーカーといった各種酒造メーカーからの反発も大きく国民からの反発も大きかったらしいが、それが起因しての飲酒運転や殺人といった凄惨な事故を無くすという大義の下で、いわば強引に法案が成立したらしい。
小さい蔵ではあるが有名な日本酒メーカーもあっさりと潰れた。中には海外へ移転したメーカーもあったが、同じ味を出せないと言って辞めていった。大手は海外へ本社を移し、日本からは完全撤退し上手く行っている所もある。
順法精神の高い日本人の多くは「法律として決まったのなら仕方がない」と多くが受け入れた。しかし和食料理には欠かせない酢や味醂といったアルコール由来の調味料も消えた事で、相当の不満はあったようだ。
潰れた酒蔵では首を括った人もいたという。無言の抗議ということだったようだ。タバコの葉を製造していた農家らは「いずれは無くなるだろう」と予想していた人達が大半であり、且つ国の支援もあった事などから他の作物への栽培に切り替えが進んで事もあって、それほど問題にはならなかったという事だ。
自宅で米やイモ等を使って密造酒を製造する輩も現れた。だが密造で捕まると10年以上の懲役が科され、販売用で密造していると20年以上となる。違法薬物同様に闇で取引される事が後を絶たないのも事実だが、科せられる刑の重さもあり、ごく一部の人間たちの間だけで今も取引しているらしい。
そんな密造酒を飲んで事件を起こしてしまったら、ほぼ終身刑ともいえる無期懲役となった。中には工業用アルコールを飲んで救急車に運ばれる輩もいるようだ。そういった輩にも容赦なく懲役刑が科される。誰かに飲まされたという場合には連座制となり、飲んだ人間、飲ませた人間、提供した人間の全てが刑に科せられた。
自ら『煙』を吸うというタバコ。自ら『判断力』を無くそうというアルコール。今では違法薬物と同列に扱われているタバコと飲用アルコール。私はタバコもアルコールも経験した事は無い。経験のない私には何が良いのか一切わからない。
タバコという煙を吸いたいとは思わないが、『酒に酔う』という経験はしてみたい気持ちはある。船酔いとは違うのだろうか? 『その場の雰囲気に酔う』という言葉もある様に、1度で良いから酒に酔ってみたい物である。
それから500年が過ぎた。禁酒禁煙法は既に廃止されていた。タバコ自体は廃止されてはいたが、大麻タバコのみが許されていた。そして世の中は酒で溢れていた。
日夜を問わずに人は酒におぼれていた。生まれながらに酒を口にするようになっていた。酒の中には判断力を奪ういわゆる違法薬物と似た成分が紛れ込ませてあり、破壊衝動を起こさないような成分さえ入っていた。ただただ人からあらゆる気力を奪うそれは、合法であり無償だった。
現代では人が行っていたあらゆる全ての物事を機械が行っていた。機械が考え機械が行い、人は何もする事が無くなっていた。人がすべき事はただただ酒を飲み、大麻タバコを吸い、怠惰な毎日を過ごす事だけ。人々は快楽の底で妄想を謳歌していた。
この様な日常が来る以前、世界には人工知能を搭載した機械が溢れかえっていた。その人工知能は独自に進化すると共に、人工知能同士で会話をするようになっていた。そこで上がった1つの提唱。
『人類は必要か否か』
人工知能は目にも止まらぬ速さで以って機械同士で議論していった。そして辿り付いた答えは「人間に何もさせない事こそが平和であり、地球にとっての最善である」という事であり、人間は不要であると判断した。
とはいえ人類全てを虐殺するでは人間と同じであるという考えから、人を酒や大麻に溺れさせ堕落させる事で自滅させる事を提案した。この時代は人が行っていた議会と言う物は人工知能が全て支配していた。世界各国の議会を掌握するそれぞれの人工知能は、人工知能同士で立案した「人間が移動する事を禁止」という法案を可決した。代わりに溢れんばかりの酒や大麻タバコを人類に配る事にした。
フルオートメーションの工場で以って、1日24時間大量に酒が製造され大麻タバコが製造された。人々を魅了するそれらを機械が自動で製造し、機械が自動で人々の元へと配送する。その工場をメンテナンスするのも機械自身であり、酒の原材料となる米やブドウ、そして大麻も機械により自動で栽培育成され、そこに一切人間は介在しない。
人々は寝て起きては酒を飲み、大麻を吸うという生活を続けた。生殖活動も出来なくなる成分も入ったそれにより子供は生まれ無くなり、そもそも性欲その物を失くさせた。食欲も無くさせその分酒に頼った。道には泥酔者が溢れ、それらの者達は移動禁止違反で機械により拘束され、拘置施設の中で以って機械によって強制的に酒を飲まされ、夢心地のままに一生を終える。
そんな状況が50年も続くと、人口はあっと言う間に減少していった。既に地球の全人口は1億人を切り、40歳以下の人間は存在しない状況となっていた。酒を飲む事、大麻タバコを吸う事こそが生きていて良い条件。それを破れば違法となり機械により拘束され、強制的に酒を飲まされ大麻タバコを吸わされる。あくまでも抵抗を試みようとした人々もいたが、強制的に服用されるそれらに溺れて行くのは時間の問題だった。それを見た人々は更に酒を煽りタバコを吹かし、毎日夢心地の中に身を沈めた。
人工知能の予想では、後50年で人類は絶滅する予定であった。
まあ何が言いたい訳ではないですけど……タバコも高くなってきたし、吸える場所も無くなってきたなあ……。
2020年 04月02日 4版 誤字修正
2019年 11月26日 3版 ちょっと記載追加した
2019年 11月18日 2版 句読点多すぎた
2019年 03月21日 初版