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第99話 人の夢は終わらねえ

 「聞いて驚くなよ!!」

 バット君は興奮した様子で俺とエドガエル君に一枚の羊皮紙を掲げながら、開口一番そう言った。

 「これは?」

 「ふっふっふ、これは宝の地図だ」

 「な、なんだって!?」

 俺は鼻をほじりながら片言の台詞で返す。

 「おいおい、なんだよ、そのリアクションは。宝の地図なんだぞ!!もっと驚けよ!!!」

 「いや、驚くなって言ってたからさ。それに、宝の地図のわりにはちょっとショボいかなって思って……どこで手に入れたんだ?これ」

 「これはなジン爺から買ったんだ」

 「ジン爺?」

 「スラムでいつも飲んだくれてるジジイで、昔は他の国でブイブイ言わせてったって話だ。この国に入る時に持ち込めなかったから、その場所に埋めたって話だ。自分ではもう取りに行けそうにないからってことで、場所の情報を売ってもらったんだ」

 「おいおい、それって騙されてるんじゃあないか?なんで自分では取りに行かないんだよ?もし危険なところなら、そんなところにバット君が取りにいけるの?」

 「ジン爺はもう年だし、酒が切れると手も震えるくらいに耄碌してるからな。それに、すぐに取りに行くって訳じゃないしな。もうちょっと大きくなってから行けばいいのさ。これはある意味、賢い投資ってやつだ」

 「ちなみにその宝の地図はいくらで買ったんだ?」

 「………」

 バット君は手のひらを広げて前に出した。

 「銅貨5枚か?」

 5千円か……まぁ、それくらいなら勉強代と思って諦めるしかない。何が悲しくてこんなにょろにょろとした線で書かれた山2つと村を現している家々の絵を5千円も払ってまで買ったのか。これなら売れない画家の絵を5千円で買った方が賢い投資だと言えるだろう。

 「違うんです。それがお兄ちゃん銀貨5枚も払っちゃったんです」

 俺の勘違いをロビンちゃんが訂正する。

 「は?」

 こんな子供でも描ける絵に5万円も支払ったというのか。何て騙されやすいんだ。どう考えても適当な地図を掴まされているだろう。

 「最近お二人と一緒に稼いだお金を全部使っちゃって……」

 「女にはこのロマンは分からねぇ。そうだろ?! グリフィス、エドガー」

 エドガエル君は言葉がまだそれほど分かっていないのでノーリアクション、そして俺は首を横に振る。

 「宝の地図にロマンは感じるけど、その地図からはワクワクは全然感じないな。というか絶対騙されてるぞ、その地図」

 「なんだよ、グリフィスまでよ。お前なら分かってくれると思ってたのに。ふん、見つけたらちょっと分けてやろうと思ってたが、そんなこと言うなら、俺が億万長者になっても、お前らにはびた一文分けてやらねぇからな」

 なんか裏切られた主人公のようなことを言っているが、残念ながら俺はそんなに阿呆ではないのだ。

「そのジン爺ってのは、どこに行けば会えるんだ?流石にお金を返してもらったほうがいいんじゃないか?銀貨5枚は大金だろう」

 「い~や、これは本物だ。お宝の権利はもう俺のものになったんだ」

 どうやら、ジン爺とやらを信じ切ってしまっている。こういう時は何を言っても無駄だろう。

 「でも、それだけじゃあ、宝の場所が分からないんじゃないか。村の名前と山に×がついてるだけって。もうちょっと分かりやすい目印を教えてもらった方がいいぞ」

 「………たしかに」

 「ひとまずジン爺のところに行ってみようぜ。どこにいるんだ?」

 「ジン爺はいっつも酒場で酒飲んでるか、その酒場の近くの路上で酔いつぶれてる」

 「じゃあ詳しく聞きに行こうぜ」

 本音としてはお金を取り返してあげたいところであるが、バット君も納得してるようだし、どうするべきか。俺たちは詳しい話を聞くべくジン爺のもとへと向かうことにした。

                 ☆

 「なんじゃあお主たちは?」

 バット君の言った通り酒屋の近くでジン爺は酔いつぶれていた。建物に背を預けぐったりと座り込んでいたところを俺達が話しかけた。

 顔をあげて、俺達の方を見たジン爺の喋り出す口からは強烈なアルコール臭が漂ってくる。顔は赤らめ、手はプルプルと小刻みに震えている。

 一目で分かる重度のアル中というやつである。

「僕はグリフィスといいます。宝の地図についてお聞きしたいことがあって来ました」

「……お、なんじゃ、なんじゃ、何で宝の地図のことを知ってるんじゃ。どこから聞きつけおったんじゃ。仕方ないのぅ。銀貨5枚で地図を売ってやるが、どうする?金貨1枚分くらいのお宝は入っておるぞ

「ちょっ!! ジン爺!! なんで他にも宝の地図を売ろうとしてるんだよ!! 宝の権利はもう俺のものって言ったじゃんか?」

 バット君が慌ててジン爺に詰め寄った。

「………? バットじゃあないか。あれっ? お前に権利を売ったんだっけか? 悪い、悪い、す~っかり忘れとったわい。かかか、すまん、すまん。どうもこのところ物忘れがひどくてのぅ」

 ジン爺には全く悪びれた様子がない。

「もしかして、俺以外にも宝の地図を売ってるんじゃあないだろうな?」

「いや、そんなことはないぞ!! バットお主にしか売っておらん。妹思いのお前だからこそ売ってやったんじゃ。今までも、これからも、酒が飲みたいからと言って売ることはあるはずがない、ひっく」

 「そ、そうか」

 さっき、初対面の俺にいきなり売ろうとしたことを棚にあげて、よくそんなことが言える。それを信じるバット君もどうかしてるぞ。

 「見せてもらった地図で銀貨5枚は高すぎるんじゃあないですか? その村って本当に実在するんですか?」

 「坊主は儂のことを疑っているっていうのか? う~ひっく。これを見てみろ」

 胸の内ポケットから、メダルのようなものを取り出して俺の前に見せる。

 「それは?」

 「これは、ここから遥か東に行ったところにあるオルドア帝国というところでもらった紫綬褒章じゃ。昔はその国で重要な役職にもついておったんじゃ」

 俺は受け取ったメダルを裏返して、両面ともに観察する。重量やその彫られたレリーフには重厚感が漂っている。一見するとその話の信憑性は少しあがる代物ではある。

 「……それにしても、山に×をつけただけってあまりにも曖昧すぎませんか?」

 「う~ん、そうは言うても、もう昔のことじゃからのぅ。なかなか精確な位置まではなかなか………酒があればもうちょっと記憶がちゃんとするんじゃがのぅ」

 やっぱりただのアル中の爺さんか。ただ酒が飲みたいだけか。またもや信憑性は大幅に下がっていく。

 「ほらジン爺!! 酒だ!! もっと思い出してくれ!!」

 バット君はいつの間にか酒屋へ行って酒を買ってきてしまった。ジン爺はそれを受け取ると、瓶をラッパ飲みして、一気に半分近くを飲み干してしまった。プハーっと息を吐くと、その震える手はピタっと止まり、再び語り出した。

 「あれは20年前のことじゃ。儂は政争に敗れ、命からがら帝国から逃げ出した。そして追手を躱して西へ、西へと移動し、最終的にはこの国へと流れついた。その途中の村の近くの山の上にある洞窟の奥に金を埋めたんじゃ」

 「何で埋めたんだ?持って来ればよかったのに」

 俺は尋ねた。

 「その辺りから帝国の貨幣が使えなくなってきたからじゃ。ここから東にあるデール川という大河を越えると、帝国の貨幣が交換できなくなった。持っていても意味がない上に、場合によっては盗賊に狙われるくらいならと思って埋めておいたんじゃ。また使う時がくるとしたら、その時は帝国に戻る時、その時

の輸送コストを考えれば埋めておいた方が盗賊に襲われることもないしいいかと思ったんじゃ」

 「じゃあ埋めてあるのは帝国の貨幣ってこと?」

 「そうじゃ。金貨10枚分、いやそれよりは多くはあったように記憶しておる」

 ジン爺は酒瓶を傾けて残り半分をゆっくりと飲みほしていく。

 もしそれが本当なら金貨1枚100万円だから200倍にはなることを考えれば悪い話ではないということか。あくまでその話が本当ならばということである。

 「信じるか、信じないかはお主たち次第じゃ。バットから貰った銀貨はとうに酒代に消えちまったから、返せと言われても、もうどうしようもないがな」

 最後の一滴も無駄にしまいと、酒瓶を高く掲げて上下に振りながら、落ちてくる酒を懸命に舌で捕まえようとする。

 どうやら、バット君の銀貨は高い勉強代だと思って諦めるしかないようである。

 俺達がお互いの顔を見合わせていると、酒の切れたジン爺の手が再び震えだしている。

 「なんじゃ? お主たちは? 儂の持ってる宝の地図を狙ってるのか? しかたないのぅ? 銀貨5枚でどうじゃ? 信じてないのか? 儂の宝は実在するんじゃ!! う~、ひっく これを見てみぃ」

 そうしてまたもやメダルを内ポケットから取り出そうとする。

 俺たちはジン爺を放置して、そこから立ち去った。

               ☆

 「まぁ、一概に嘘ってわけでもなさそうだな。あれだけ酒に酔っていても同じことを言うってことは逆に本当ってこともあるかもしれない」

 俺はバット君に慰めの言葉をかけた。こういう苦い経験を経て、皆大人の階段を昇っていくのだ。

 「………ジン爺、確実に他の奴にも宝の地図を売ってるんじゃ」

 「まぁ、誰も信じて無さそうだから、大丈夫じゃないか」

 多分、バット君くらいだろう。欲に目がくらんだ子供くらいしかひっかかることはないだろう。

 「でも、万が一ってことも……なぁ、なんとかならないか? そうだ今度一緒に取りに行こうぜ。お前達と一緒ならいける気がする。分け前はやるからよ」

 「俺達は門限があるからなぁ。泊りがけでは無理だからな。その村って多分馬車を使っても1週間はかかるところだろう。この近辺では聞いたことがないからな」

 「そこをなんとか。お前の魔法ならなんとかなるんじゃあないのか。お前の辞書に不可能の文字を見たことがないぜ」

 そんな猫型ロボットのように何でもできるわけじゃあないのだ。

 「そうだ!! 空を飛んで行くってのは? グリフィスなら出来るんじゃあないのか?」

 「空を? ………」

 俺は空を見上げて、飛ぶことを考えた。確かに風魔法を使えば可能かもしれない。しかし、空中で失敗すれば地面に激突して血だらけのミンチ状態になってしまう。ましてや、俺だけじゃなくて3人を飛ばせるのはさらに危険度があがる。空にも魔物はいるだろうし。俺の制御にミスがあったら3人はとんでもないことになってしまう。

 俺は少し考えて思いついたことを呟いた。

 「せめてパラシュートがあればなぁ」

 「パラ? なんだそれ? それがあったら空を飛べるのか?」

 「いや、それがあっても飛ぶことはできないな。安全装置っていうか」

 やはりこの世界にはパラシュートというものは存在していないようである。現世ではレオナルドダビンチが最初に考案し、ライト兄弟が空を飛んだあとに実用化に至ったものだと聞いたことがある。

 ただ、この世界は不思議な素材がいっぱいある。重い服もあったくらいだから、軽くて丈夫な素材もあるのではないだろうか。あとは空気を通さない素材か。

 餅は餅屋

 蛇の道は蛇

 ここで考えていても時間の無駄である。

 行ってみるか、また、あの【ハップル服飾店】へ。

 俺たちは、ハップル服飾店の方へと歩みを進めることにした。

 

 

 

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