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第98話 火が灯る

 若い女性二人がオープンテラスに座って話し合っている。食事時を過ぎているのでテラスを利用している客はその女性二人だけである。


「最近あなたの顔を見ないけど、どうしていたの? ダリオ工房に落ちたって聞いて心配していたのよ」


「そうね。あれからいろいろあって、絵を描く仕事に就くことはできたの」


「そうなのね。ダリオ工房じゃないってことは、ラムダ工房の方かしら?」


「そこじゃあないわね」


「もしかしてうちに合格したとか? 私でも合格したのだから、フローリアなら余裕よね」


「いえあなたのいる工房は受験していないわ。それにあなたに合格できたとしても、私もが合格したかどうかは分からないわ。私はね。新しくできた工房に行くことにしたの。だから工房の名前を言っても分からないと思うわ」


「………そうなのね。あっ、でも新しい工房ってことは上の人がいなくて、仕事を早く任せてもらえるんじゃあないの? 私なんて、ずっと雑用ばかりだもの。羨ましいわ」


 同じ時期に違う工房を受験し合格を掴み取ったペギーが工房の愚痴を続けた。フローリアは「本当はうらやましくないくせに」とは思ったが口には出さなかった。

 名前の知らない工房で仕事を任されるより、名のある工房で下積みを経た方が後に大成する可能性が高くなるのが分かっているからである。伝手でいろいろな貴族から依頼を受けることだろう。もしかしたら憧れの王子から依頼がくるかもしれない。

 ペギーが合格した工房は王都ではダリオ工房の次に有名なヴィンセント工房である。私のような新興の、ましてや新しいジャンルの工房に羨望の感情が湧くとは思えない。

 私はそのような芽生えた感情を打ち消そうと首を振る。ペギーは純粋に私を羨んでいるかもしれないのだ。


 「どうしたの?」

 「なんでもないわ」


 会えば卑屈な気持ちになってしまうから、今まではペギーと会うのを避けていた。しかし、近々、私たちに絵について教えてくれた恩師の方が結婚するということで、何かお祝いを考えないかということで会うことになったのである。私たちに絵について教えてくれたのは貴族の方なので、結婚式に私たちのような庶民が参加できるわけではない。けれども、お祝いの品を渡すくらいはしようということで、どんなものがいいか案を出し合った。アクセサリーなんかを私達がお金を出し合って買っても、貴族の方がつけるようなものを買うことができない。服飾品や家具類も同様である。二人でいろいろと案を出し合った結果、私達にできるのは教えてもらった絵の作品を贈るのはどうかということになった。お互いに仕事があるし、頻繁に集まることもできないので、それぞれが絵を描いて一緒に贈ってみてはということだ。一人では貴族の家に渡しにいくことはできないが、二人でなら渡しに行くことができる。お互いに口には出さないが、多分同じことを考えていたのだろう。その案が出たあとはすぐにそれで行くことが決定した。


 「今の私たちの絵を見てもらいましょう」

 王都で一、二を争う工房に合格したペギーは自信に満ち溢れている。


 「そうね」

 決定してしまったら、本当に私の絵を贈って喜んでもらえるのか少し不安になってきてしまった。


〇〇〇


 「今は裸婦像が貴族の間で流行っていると聞きますからね。その方の裸体を描くってのはどうでしょうか?」どんな絵を描けば喜んでもらえるかを、同僚の皆に尋ねると、オスカーさんが最初に答えた。


 「いえ、被写体を見ることができませんし、女性の方に裸婦像というのも………」


 「そうですか? 貴族の間ではそれが普通らしいですよ。半ば有名画家に描いてもらえるというのはステータスにもなるらしいですよ。私なら想像でも裸を描くことができますが………」


 貴族ではそんな流行があるのか、それならば憧れの王子の裸を見ることもできるのではないかという淫らな妄想が湧いてきてしまったが、頭を振って正気に戻った。


 「私はまだ有名な画家ではありませんからそのような絵を描いても飾ってもらえるかどうかは怪しいですね。飾ってあっても邪魔にならないような、そんな絵を贈りたいんですが」


「それなら夫婦の絵を贈るってのでいいのでは。今の若い姿を残すというのは記念にもなるだろうし」

 意外と常識的なことを言う一番若いオーボエ君が提案をした。


「なるほど夫婦が共に裸になっている絵というわけですか」

「オスカーさん! そんなわけないでしょ。一旦裸の絵から離れてください。普通に服を着た絵ですよ。あまり流行を求めて攻めた絵を贈っても人によっては喜ばれないかもしれない。じゃないですか?フローリアさん?」


 「そうね。でも、そのような絵はお抱えの絵師が描いている可能性が高いのよね。どうせなら自分の部屋でも飾ってもらえるようなものを描きたいわ」


 「でしょう。ですから、二人の寝所で組んずほぐれつとまぐわっている絵でも描くといいと思いますよ。そういうものは何枚あってもいいですからね」


 「そんなわけないだろう。それこそ仲睦まじい構図の絵こそ何枚あってもいいものでしょう」

 オスカーさんとオーボエ君が言いあっているのを放っておいてアリトマさんに助言を求める。


 「それならグリフィス氏に聞くといいんじゃないかな?」少し悩んだ末に、そんな返事が返ってきた。

 「なんで?」という言葉は発しなかった。言い合いをしていた二人も「あー、まぁ」「それもそうですね」と大人しくなる。


 皆薄々と私たちの社長であるグリフィス氏はただの庶民の子供ではないことは気づいている。いつの間にか工房を買い取って、新しいジャンルの作品を世に出そうとしている。そして何より魔法の素養があるのは、明らかに庶民とは思えない。どこかの貴族なのだろうけど、グリフィスという名前はこの王都ではあまり聞いたことがない。この王都で暮らしているようなので、おそらく偽名であるだろう。しかし、そのことには誰も触れることはない。知られたくないから偽名を使っているのであろうし、とんだ藪蛇になってしまうかもしれない。自分の想像していた絵画の道とは違うが、待遇には何の不満もないのである。クビを宣告されて辞めさせられるなら、また絵画の道へと戻ろうとは思うが、自ら今の待遇を捨て去ろうと考えるものは一人もいない。


 新米では考えられない給金に、今まで食べたことがないような美味しいご飯が無料で食べられる生活は捨て去るにはあまりに惜しい。たぶん皆も同じ気持ちだと思う。


○○○


 その日の料理はまた新しい料理がであった。鶏肉をあげた料理ということだったが、その香辛料をふんだんに使ったスパイシーな味と、サクサクとした衣の食感がたまらなく美味しい。

 いつも食卓で大騒ぎをしている居候のような護衛のガードナーはその肉を一口食べたところ、クワッと目を見開き両手に1本づつもって、交互にかぶりついた。


 「おいおい、こんなにうめぇーもんを作り出すとは坊主は神か? それとも悪魔か? 世界をこの肉で支配しようっていうのか?」


 「いえいえ、まさかこの料理でそんな………あっ、でもこの料理は世界を獲るポテンシャルはあるのは間違いないですね。流石はガードナーさんです。そこに気付いてしまうとは。かのカーネル雷神はこれで世界を獲ったとか獲らなかったとか」


 「カーネル雷? なんだその神は? 聞いたことないぞ。そんな神様」


 「まぁマイナーな神ですからね。信じるか信じないかはあなた次第です。ただ、その料理のレシピには巨万の富を稼ぐだけの潜在能力があるということです」


 「むぅ、なるほど………その料理のの作り方、俺に教えちゃあくれねぇか? 今、俺に天啓が走ったんだが」


 「う~ん、どうでしょうかね。相当上手くやらないとすぐに模倣されてしまいますからね。この料理とはウチという風に一気にブランディングする必要がありますかね。ここを警備しつつとなると難しいんじゃあないですかね」


 「いや、そんなことはねぇぜ。ここの警備っていうが、全く荒事は起こらないしな。信用できる奴等を使えば一気にひろめることもできるはずだ」


 「ほうほう、信用できる人ですか。そういう人脈をお持ちでしたらありではありますね。ガードナーさん僕の味方になるのなら世界の半分をあなたにあげましょう。どうします?」


 「いきなり、どうしたんだ? まぁいい、その話乗ったぜ」


 「二つ返事ですか。あなたのその返事で世界が滅びたかもしれないというのに………」


 「世界が滅びるときたか。ガハハハっ!! そんなことになりはしねぇよ!! この『天運』のガードナーが選択を誤るなんてこたぁな!!」


「まぁ、いいでしょう。成功したら儲けものです。詳しく分配比率や事業計画を話しあいましょう。こういうことは最初にきっちりしておかないと後で揉めますからね」

 

 二人が話し合っているところにフローリアは割って入った。たまにしか来ないグリフィス君が何やらもっと忙しくなって、次にいつ来るか分からない気がしたのだ。


「実は絵の描き方を教えてもらった貴族の方に絵を贈りたいと考えているのですけど、どんな絵を贈ればいいか考えてまして、いい意見があれば参考にさせてもらおうかと」


「絵ですか? 誕生日とかですか?」


「結婚の記念にと思いまして」


「なるほど」腕を組んで少し考えこむ。「ちなみに貴族の名前は伺っても?」


「パタシエロ=ラグナーツ侯爵という方なんですけど」


「そうですか。以前伝えた貴族用のあなたの作品にサインでもして差し上げるというのがいいかと思いますね。ご存じないかもしれませんが、あなたの作品は貴族令嬢の間ではなかなか流行っていますので、貴族用の豪華版はなかなか手に入らない状況です」


 「流行ですか」


 オスカーさんが言っていた流行という言葉がここでも出てくることになって、まるで流行のバーゲンセールのようなものだと、フローリアはその言葉には半信半疑になる。


 「そうですよ。僕も少し貴族の令嬢には知り合いがいますが、かなりの人気があるそうです。まして作者のサイン入りともなればかなりのレアものになりますよ」


 「私のサインが……ですか」


 「きっと、喜ばれるんじゃないですか。フローリアさんが今どういった活動をしているかもその方に伝わるでしょうし」


 この工房からあまり出ていないので、世間が私たちの活動をどのように評価しているのかをあまり知らない。恩師に知ってもらうというのは、たしかにありかもしれないとフローリアは考えた。

 その案を採用する旨を伝えると、グリフィス君は豪華版を在庫から持って来て、フローリアに手渡した。


 「ふははははっ!! きっと上手くいくぞ。この【天運】のガードナーが太鼓判を押すのだから間違いはない!!」

 冒険者では有名らしいが、フローリアは冒険者に全く興味がないので、ただの自宅警備員が何か言っているなとしか思わなかった。


 ○○○


 フローリアとペギーは王都の貴族達が多く住む一角の道を端の方を通りながら目的の場所へと向かう。

 ラグナーツ侯爵の屋敷は周りを柵で囲まれていたが、入り口は開いていた。恐る恐る中に入り、屋敷のドアのノッカーを叩く。

 執事の方が対応し、恩師を呼んでもらった。しばらくすると、ドレスに着飾った恩師が玄関から出てきた。


 「フローリアさんに、ペギーさんではないですか。今日はどうしました?」

 「結婚おめでとうございます。私たちから、何か贈り物をしたいと思いまして」

 「あら、わざわざ有難うございます」

 「いえ、絵の技術は先生のおかげで身につきましたし」


 「おかげで二人とも工房で働くことができました。私からはこれになります」

 ペギーは手に抱えていたものの、紙のカバーを外し手渡した。


 「まぁ、こちらは私とあなた達二人の絵ですか」


 「はい。旦那さんとの絵にしようかと思いましたが、旦那さんの絵を描くのはできないし、他でも貰っているかと思いまして。私達の絵なら、誰からも被ることはないと考えました」


 「ほーぅ。よく描けてますね。この辺りのタッチは本当に素晴らしい出来です。こんな柔らかいタッチを出せるようになったんですね。本当にあなたが?」


 「……少しだけですが、ヴィンセント工房の先輩に手伝ってもらっちゃいました」

 ペギーは頭をかきながら、恥ずかしいそうに舌を出した。


 「道理で。しかし、ヴィンセント工房に受かるなんて凄いじゃあないですか。教えた私としても鼻が高いですよ。素敵な絵画をありがとうございます。フローリアもヴィンセント工房に?」


 「いえ、私はトキワ工房というところに」


 「トキワ工房? どこかで聞いたような……」


 「新しい工房なんです」


 深く追求される前に、フローリアはペギーと同じように紙のカバーを外して贈り物を手渡した。

 「こ、これは………もしかして……そういえば作者の名前がフローリアだったわ。もしかしてあなたがこの作品を描いていたの?」


 鬼気迫る様相でフローリアに問い詰める。こんな作品に携わって、宮廷絵画の道はどうしたんだという言葉が飛んでくるかもしれないと身構えた。


 「……はい」

 「な、なんてことなの………私の教え子がこれを………だなんて………あ、あなたにこんな才能があったなんて。このあと王子との恋はどうなっていくの? 結ばれるのよね? あっ、いけないわ、知ってしまったら、次が楽しみじゃあなくってしまうわね。でも、ほんのちょっとくらいなら……あっ、もしかして、作品の中に私を登場させるなんてこともできたりするのかしら? 通行人とか、学校に出てくる教師の役とか……」

 予想と反して凄い食いつき方をみせる。私が描いていることを、こうして工房の人以外に言うのは初めてだった。だからだろうか、返答もしどろもどろなものになってしまった。


 「いえ、原作の方は別の方が担当しているので、登場人物とかは私の一存では変えれないです」


 「……そうなのね。そうね。ちょっと舞い上がってしまったわ。この作品を描いたのがあなただって知って無茶なお願いをしてしまったようね」


 「すいません。原作から担当していればできたんですけど」


 「いえ、全然大丈夫ですわ。この豪華版を頂けただけで十分ですわ。一部の方達が買い集めているのか、全然手に入らなかったので」


  品薄にして価格を釣り上げるとか言っていたのを思い出す。もはや子供の発想ではない。見た目は子供だがそのやり口は数多の修羅場を潜り抜けた大人の商人のようである。

 そんな貴重な品に自分のサインを入れてしまったのは本当に良かったのか。


「最後のページにサインを入れてしまったんですけど、大丈夫だったでしょうか?」


「まぁ、サインを? 他のにはサインはしていないんですか?」


「はい。サインなしが良ければ、取り替えることもできます」


 工房に戻れば在庫はいくらでもあると言っていた。新しく雇ったエルフがその気になればコピーをいくらでも産み出せるらしい。


「いやいや、むしろこれがいいですわ。世界でただ一つ。素敵な贈り物でしたわ。ありがとうございます」


 凄い喜んでくれてフローリアも嬉しかった。ただ、登場人物で使ってほしいと言われるとは思っていなかった。今の作品はストーリーから登場人物までグリフィス君の言ったとおりに描いている。そういう契約だからである。しかし、自分で原作から考えれば、そのへんは自由に描くことができる。

 このとき、フローリアに創作の火が灯ったのだった。

 隣ではペギーが呆然として二人のやり取りを見つめていた。

 

 

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