第91話 隗より始めよ
今日は皆が大好きな給料日。
俺は【トキワ亭】の面々に給料を手渡していく。基本給として渡している銀貨30枚である。
「今回もこんなに貰えるのね。有難いわ」
フローリアさんは毎回のようにこんなことを言う。いつ貰えなくなるか心配しているようである。
「本当にそうですよね。ダリオ工房に行っていたらこの半分も貰えていたかどうか……」
アリトマさんが応える。
「いや、新米はこの半分よりもっと少ないって聞くぞ」
オスカーさんも応える。
「本当に、ここで雇ってもらえて良かったですよ。食事は美味しいですし、賃料もかかりませんからね。最近お金が貯まってきているので、剣や鎌なんかの武器を買ってるんですよ」
オーボエさんは武器を集めていることをカミングアウトする。
「ちょっと、そんなものにお金を使っているの? まだ今後もどうなるかなんて分からないのよ。ちゃんと蓄えておかないと、どうなっても知らないわよ」
「そんなものとは心外だな。フローリアさんには武器の良さは分からないだろうな。あの職人が精魂込めて打ち込んだ、得も言われぬ輝き。それに俺は作品にも活かしているわけですから」
「でも使いもしない武器を買うなんて無駄じゃないかしら」
「はぁ~、これだから。観賞用ですよ。観賞用。見て楽しむんです。見てください、このナイフ。素晴らしい一品でしょう」
フローリアさんは少し引き気味である。
「フローリアさん、知ってますか? 作品に使いさえすれば節税対策としても使えますよ」
オスカーさんがオーボエさんの肩を持つ。
「……そうなの?」
「そうですよ。作品の中で描いたり、参考資料として使えば経費になるんですよ。ため込んで使わないなんて、国の思うつぼですよ」
フローリアさんはオスカーさんに言われて熟考する。
その国の手先たる王子が目の前にいますよ。
「ごほん。そうですね。フローリアさんは、この新しい事業にまだ不安を感じてらっしゃるようですが。まだまだこの事業は伸びていくと確信しています。そして、それを感じてもらうために、今回はさらに給料を支払います」
「えっ?!」
フローリアさんは驚きの声をあげる。
「それぞれの作品をまとめたものを単行本として売りに出したところ初版は完売しました。ですので、それに応じたものになります。そうですね。一人当たり、金貨1枚と銀貨40枚ほどになります」
「金貨?!」
金貨には全員が驚きの表情である。日本円に換算すると140万円相当のお金である。
「そんなにもらって大丈夫なの?」
フローリアさんは【トキワ亭】の経営状態心配しているようである。
「大丈夫です。こちらにも利益が残っていますから。基本的に小売価格の20%が皆さんの取り分になります。そして原作者である僕には10%が入るようになっています。残りはニコルさんの給料や建物の維持費、皆さんの福利厚生など諸々の費用に充てています。それでも、【トキワ亭】の利益が残っているくらいには皆さんの作品は売れています」
「銅貨1枚で販売しているのよね?」
「そうですね。単行本は少し違いますが、おおむねそのくらいの金額になります」
「それで、そんなに?」
フローリアさんはまだ半信半疑のようである。
「そうです。皆さんの描いている作品は画期的なものなんですよ。ひとまず、これは皆さんにお渡しします」
俺はお金を皆に配っていく。嬉しそうにしているもの、困惑しているもの、これで何を買おうか迷っているもの、皆何かを考えて無言でいる。
「そして、ここからが本題なんですが、もし余裕があれば、今描いている作品と並行して第二弾を描きませんかという話です」
「第二弾……だと?」
一瞬あたりは静寂に包まれるが、オーボエさんがその静寂を破った。
「そうです。皆さんは今2週間のうち3,4日程で描き上げているようなので、時間的余裕があると思います。その空いた時間でもう1作品書いて欲しいんです」
「といってもどんな話を?」
アリトマさんが次に質問する。
「描いてほしい話はいくらでもあります。ただ、僕が作った話で作品を作った場合は今回のように単行本化に際して、原作料として僕が10%いただくことになります。もしその10%も自分のものにしたいという事であれば自分でストーリーから作ってもらいたいです。ただ、その場合でも僕が読んでOKが出ないと【ステップ】に載せることはできません。ある程度のクオリティは担保してもらわないといけません」
「あなたのストーリなら確実に掲載されるの?」
「そうですね」
「すごい自信ね。そんなに面白いストーリを作ることができるの?」
フローリアさんは俺が新しいストーリーを生み出すことにも半信半疑の様子である。しかし、俺のストーリーは基本的に俺が考えたものではなく前世で人気のあった作品を伝えているだけである。ある程度売れることが確約したものばかりだ。ただ、俺としてはこの【トキワ亭】を作った目的でもある、俺の読んだことのない作品を読みながらだらけた生活を送るというのが最終目的である。お金は2の次、3の次だ。なので皆さんには是非とも自分たちでストーリーを考えてもらいたい。
「もう頭の中にはいろいろなストーリーがあるんですよ。ただ僕自身としては、僕では考えられないような話を読んでみたい。この事業を始めたのも、それが目的の一つですから」
というかお金にはそれほど困っていないので、それが目的の100%といってもいい。フローリアさんは黙り込む。
「描かないとクビになったりするんでしょうか?」
アリトマさんが恐る恐る発言する。
「いえ、先ほども言いましたが余裕があればでいいです。もちろんもう一つの作品を描いてもらえれば基本給は倍になりますし、単行本は売れれば売れただけそれに応じた額の給料をお支払いします」
「倍?!」
皆が目を見開いて驚く。
「それだと流石に赤字になるのでは?」
オスカーさんが尋ねる。
「今の発行部数の伸び方からすれば十分元は取れると考えていますが、最悪【ステップ】の方で利益は出なくても大丈夫です。単行本だけでも、かなりの利益が見込める計算ですから。単行本は売れ続ける限り増刷をしていく予定です」
「そのたびにそれに応じてお金が入ると?」
オーボエさんも尋ねる。
「そうですね。読者の方がつけば、巻を重ねる毎に金貨1枚とは言わずに、もっと多くの金額をお渡しできるようになると思います」
皆がゴクリとつばを飲む音が聞こえる。
「……分かりました。もう1つ描きたいと思います。いや、是非描かせてほしい」
オスカーさんが声を上げると、他の三人も追随する。
「原作はどうしますか? 僕がしましょうか? それとも自分たちで? 知り合いに頼むとかでもいいですよ。その場合は30%の中で自分で原作者を雇うというようにしてもらっていいです。でも、取り分は揉めないように15%づつがいいとは思いますけど………」
「そうですね。それなら、私は一度自分で考えてみます。期限はありますか?」
オスカーさんの質問に答える。
「期限はないですよ。自分で考えてもらう場合は、僕のOKが出るまで連載はできませんので。何度も挑戦してください」
「それでは、一度やってみて、無理なら原作を頼むかもしれません」
「じゃあ、私も描いてみようかしら」
「わ、わたしも………」
「じゃあ俺も考えてみるか……」
フローリアさん、アリトマさん、オーボエさんの3人も自分で考えるようである。俺の読んだことのないような作品を是非完成させてほしい。俺が満足気にしていると、黙って聞いていたニコルさんが声をあげる。
「あ、あの、私も描いてみることはできますか?」
「ニコルさんが?」
「はい。皆さんの作品を読んでいて、私も描いてみたいと思いまして。空いている時間があったので、私もこういうのを描いてみたんですけど」
そう言って、自分の描いた漫画を見せてくれる。内容は犬と女の子の友情を描いたような10ページで完結する作品である。興味を持った4人もその絵を見る。
「ふふふ、ニコルさん、少し人物のパーツの比率がおかしいですよ。絵の基本を学んだ方がいいでしょう」
オスカーさんがニコルさんの絵を見て批評する。
「やっぱり、おかしいですか………」
ニコルさんは落胆する。
「いや、これはこれでいいですよ。何をしているかは絵でわかりますからね。ちなみにこれを、どのくらいの時間で描きましたか?」
「仕事の合間でしたので、10日くらいです。でも、徹夜すれば、もうちょっと早く完成させられると思います」
「いや、そんな無理したら体を壊してしまいますよ」
「いえ、全然大丈夫です。むしろ、そのくらいやる覚悟でここに来たっていうか………」
もしかすると、今の奴隷という身分を早く自分で買い戻して自由になるのを目指しているのかもしれない。たしかに、あれだけの金額が稼げるのを間近で見たら、自分もしてみたいと思うかもしれない。
「分かりました。ちなみにストーリーはどうしますか?自分で考えますか?」
「……お願いしていいですか?」
「いいですよ。そうですね。ここの仕事もありますし、月1連載でいけるように、1話完結型のストーリーにしましょう」
「1話完結型?」
「そうです。登場人物はずっと同じではありますが、毎回1話でオチまで持っていきます」
「そんなことが? 話を作るのが難しくなるのでは?」
普通は難しくなるのだが、俺の場合は知っているのですごく簡単である。ただ、覚えているのは単行本にすれば4巻分くらいだろうか。
「そうですね。ただ、月1だとすれば4年分くらいのストックがあるので、その間にニコルさんもストーリーのコツが分かれば、自分で考えてください。基本的にニコルさんは月1なんで基本給は皆の半額になります。ただ単行本に際しては、20%の利益を差し上げます。もちろん、ニコルさんが考えた回の報酬はニコルさんが原作料も基本給もその分を増額します」
「そ、そんなに?」
「でも、売れなきゃ入らないんだろ? この絵で売れるのか? オスカーの言うとおり、それほど上手いとは言えないが………」
オーボエさんが会話に入ってくる。
「実は絵も重要な場合はありますが、売れるためにはストーリーもそれ以上に重要になります。なので、皆さんが原作者を雇う場合は気をつけてくださいね」
「それで、肝心のストーリーはどのようなものなの? 参考までに私達も聞きたいんだけど」
フローリアさんが俺に尋ねる。
「そうですね………それでは、こんなのはどうでしょうか。せっかくニコルさんが描いてくれた犬と女の子がいるので、このキャラクターを少し変えて使った話にします。この犬はこの世界であと数百年かけても作れないほど精巧な犬型ゴーレムということにしましょう。直立二足歩行できて、喋ることができます。このくらいデフォルメしてください」
俺はさらさらと犬型ゴーレムを紙に描く。
「犬と言うわりには耳がないですし、このポケットは?」
ニコルさんが質問する。
「そうですね。このポケットは無限に収納できる収納かばんのようなポケットですね。この中から見た事のないような夢の魔道具を取り出して、この女の子の日常で起きる悩みを解決しようとしてくれます。しかし、最終的には失敗してしまうというオチで話は終わります。根底には魔道具に頼らなくてもできるようにならなければならないという想いと、こんな魔道具が将来できたらいいなという想いを込めてストーリを作っていきます。例えば、振りかけたらどんなものでも倍になる液体の話であれば、最初はそれで自分の好きなものが増えて喜ぶが、最終的には自分では手に負えないくらいにそれが増えてしまうという話であったり、自分の体を蟻のレベルまで小さくすることができる魔導具の話であったりですね。今では製造はしていないが、あるいは、ひょっとすれば遠い未来で作ることができるかもしれないという魔道具をこのゴーレムは出してくれます。そして、このゴーレムは実は未来から来ていて、耳は………【シンバタケ】に侵食されてしまってなくなってしまっているのです。だから、キノコが大嫌い。女の子もドジなので、魔道具を変な使い方をしてしまって、毎度お騒がせな事件を起こすというような話です」
「………すごい。すごい面白そうです。描きます!! 私、それ描きます。是非描かせてください!!」
ニコルさんは凄いやる気を出している。
「………あなた、本当に今その話を思いついたの?」
フローリアさんが驚いた顔をして俺に尋ねる。
「……いえ、細かいところは今決めましたけど、概ね前から考えていた内容ですから」
「そ、そのくらいのクオリティの話でないと、連載はできないということですか?」
アリトマさんはゴクリと唾を飲んで尋ねる。
「できればといいたいところですが、僕では考えつかない光る何かがあれば全然それで大丈夫です」
4人の作家はお互いを見合わせる。
「おいおい、景気のいい話だな?! 俺にも描かせてくれよ」
別の席で昼食の余りを購入して食べていた【天運】のガードナー改め【ニート】のような生活を送っているガードナーさんが俺達の方へと近づいてくる。
「絵がかけるんですか?」
「聞かせてもらったぜ!! ストーリーが良ければ、絵が下手でもいけるんだろ?」
「まぁ、限度はありますが。試しに何か描いてもらえますか? そうですね。ドラゴンなんてどうです? 描けますか?」
有名な2つ名を持つほどの冒険者らしいからな、ドラゴンくらいは見たことあるだろう。いや、【スライムスレイヤー】とかショボい2つ名もあることを考えれば、あまり凄くないのかもしれない。
「ガハハハっ!! いいぜ!! ドラゴンなら何度か見たことがある。これに描けばいいのか?…………どうだ?」
ガードナーさんが描いた絵を受け取る。
「…………ウニ?」
「ガハハハッ!! ドラゴンだ」
いやいやどこがだよ。胴体みたいなところからとげが15本も出ていやがる。全くもって忠実に描く気が全くない。何故この絵で大丈夫だと思っているのか、その自信はどこからくるのか。
「これでは駄目ですね………」
俺はガードナさんの申し出を却下した。




