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第90話 まさに……悪魔的発想……!

 初依頼のキノコは散々な目にあったグリフィスことジークフリートです。

 あのあと、症状が落ち着いたあとグレートボアの肉で口直しをして、秘密の抜け道を使って王都へと帰還しました。俺とエドガエル君は門限があったので、魔石の換金などはバット君に任せることにしました。そして、シンバタケについては何かに使えそうな気がしたので全て俺が頂く事に。バット君はグレートボアの魔石の報酬がもらえるだけでも嬉しかったみたいで、それについては何も言ってこなかった。


 そして本日はミーツ商会のリエールさんが【トキワ亭】にやって来ていた。

 次号の【ステップ】を卸すためである。

 俺とリエールさんは1階の食堂スペースのテーブルで向かい合って座っている。


「では新号を拝見してもいいですか?」

「はい。どうぞ」

 

 俺はリエールさんに次に卸す号を渡す。リエールさんは、静かに読み始める。俺は読み終わるのを静かに待つ。


「ふー、今回も非常に面白かったですね。もう次を読みたくなっています」

リエールさんは本を閉じて、感想を述べた。

「そうですか。そういってもらえるとありがたいですね」

「誰よりも早く読めるのはちょっとした役得だけど、結局は次の号まで待つ日にちは変わらないのがもどかしいですね」

 週刊誌などは早く手に入れても、結局次も早く手に入れたとしても待つ日にちは正規に入手した時と変わらないものである。


「こればっかりは、待ってもらうより仕方ないですね」

「そうですか………それで、増刷の方は大丈夫でしょうか?」

「はい、それはもう。こちらになります」

 そうなのである。なんと【ステップ】が好評らしく。今までの倍の2千部をミーツ商会で毎回卸すことになったのである。各都市に100部づつ10都市に捌いていってたのだが、売れ行きが好調なので、ここにきて倍の200部づつ販売するようになったらしい。

「それで、前の号なども販売してほしいのですが、どうでしょうか?」

「そうですね。それも可能ではあるんですが、こちらはどうでしょうか」

 俺は今回までをまとめて単行本化したそれぞれの本をリエールさんに渡す。そして、1作品につき2種類の単行本を用意してみた。1つは表紙は普通の紙のタイプ。もう一つは高級感のある皮で作られたものである。こちらは特注で作ってもらったものである。

「これは?」

「最初に伝えていた、それぞれの話をまとめた単行本というものになります。いつもの雑誌サイズよりは小さいですが、同じ作品の話がまとまっています。そして、こちらは豪華版となっております。こちらは限定でしか作っていないものになっていて、ある程度価格は自由に決めてもらって構いません」

「ちょっと中を拝見します。………これはいいですね。今までの話が全て載っています。今まで購入できなかった人もこれで話に追いつくことができる。………でも、これを販売すれば、【ステップ】の方の売り上げが落ちるのではないでしょうか?」

「本当にそう思いますか? 次に単行本が出るのは今から半年後ですよ。待てますか?」

「……確かに。待てませんね」

「それに【ステップ】の方は新たに販路を拡大するための秘策がありますので、楽しみにしておいてください」

「それはどんな?」

「まだ確定していないので、秘密です。次回の納品の時には教えることができると思います」

「そうですか。この悪魔的な商法を考えられた方ですからね。どんな秘策を用意しているのか楽しみにしています。それで、この単行本はどのくらいで販売を予定していますか?」

「こちらの簡易版の単行本の方は【ステップ】の1.5倍の銅貨1枚と銭貨5枚くらいを小売価格に考えています。そして、そちらの取り分は20%を考えています」

「雑誌の時より、こちらの取り分を多くしていただけるのですか?」

「そうですね。利益の目途もたってきましたので、最初に販路を拡大して頂いた方達には報いたいと思ってます」

 といっても、価格を上げているので、こちらの1冊当たりの取り分は【ステップ】一冊の取り分より多くなっているのだ。

「それは結構なことです。それで、こちらの方はどのように?」

 リエールさんは豪華版の単行本を手に取り、俺に尋ねた。

「そちらは貴族や富裕層をターゲットとしているので、少々高く値段を設定しようと思っております。そもそも生産も限定的にしかできませんので」

 今のところ皮の表紙は外注しているので、その分も価格に上乗せしなければならない。いずれは内製化できればと考えている。


「なるほど。数を限定させれば希少価値が産まれて購入意欲を煽るというわけですね。ある程度の価格なら、貴族や富裕層でなくても購入しようとするかも。流石は搾り取れるところからは搾り取る、まさに悪魔的商才です。私も見習わなければ」

 いやいや、そこまで搾り取ろうと思ってないですよ。

「それでこちらの卸値は表紙の加工費もあるので卸値は銀貨1枚を考えています。そしてこちらの小売価格はそちらで決めていただいて構いません」

「えっ? 指定なしですか?」

「はい。銀貨10枚で売っていただいてもいいですし。オークションに出していただいてもいいですし。差額はそちらの取り分としていただいて構いません」

「そ、それは………あまりにも……」

 あまりにも美味しい話にリエールさんは戸惑っている。しかし、本来は30%くらいの取り分がなければやっていけないはずなのに、【ステップ】の可能性を信じて販売してくれていたのだ。このくらいのボーナス的要素はあって当たり前であろう。

「そうは言っても、まだこの豪華版が売れるかどうかはわかりませんからね。廉価版の方でいいってなった場合、この豪華版は在庫として抱えてしまうことになります」

「ちなみに、この豪華版の数はどのくらいあるのですか?」

「今のところ、それぞれ100冊づつ用意しています」

 リエールさんは顎に手をやって考え込んでいる。

「………そちらは、全部購入した場合、それ以上は増刷しないのですか?」

「いえ、好評であれば、【ステップ】とは違ってどんどんと増刷はしていくつもりです」

「そうですか」

「でも、すべてにはナンバリングはつけるつもりでいます。こちらの100冊は初版本ということになるので、それなりに価値がでるかと思います」

「………分かりました。フローリアさんの作品とオーボエさんの作品の豪華版を100冊づつと、他を30冊づつお願いします。そして、廉価版の方は全て2000冊づつお願いします」

 リエールさんは恋愛漫画と死神の話の漫画は豪華版でも売れると踏んだようである。ソフィーにも聞いたところ、恋愛漫画は貴族界隈で流行しつつあると聞いている。死神の話はリエールさんのお父さんが気に入ってたので、その関係かな。オスカーさんの作品は人を選ぶからな。アリトマさんの作品はまだ序盤なので人気に火がついていないが、潜在能力は一番秘めていると思っている。なにせ前世でも偉大な作品であるからな。


「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ。いい取引ができましたわ。秘策とやら、楽しみにしています」

「はい。期待しておいてください」

「それで、話しは変わりますが、体調の方は大丈夫でしょうか?」

「? いつも聞きますね。僕は大丈夫ですよ」

 リエールさんは、いつも俺の体調を気にかけてくれる。毎回天気の話を聞くのと同じように相手の体調を聞くのが当たり前になっているのだろう。

 俺ほど健康的な子供はいない。いや、すこし痩せなければならないか……


 俺はリーリエさんと会った後、王都の書店【ライブラ】にも訪れた。

「これは、これはグリフィスお坊ちゃんではないですかぁ」

 俺が【ライブラ】に訪れると、手ぐすね引いて店長のブッカさんが俺に応対する。最初の頃とは違って応対が全然違うのは、【ステップ】が王都の貴族の間で流行しつつあるからである。主にソフィーが広めてくれたようなものなので感謝しかない。

「次回の【ステップ】と単行本を持って来たよ」

「単行本ですか?」

 俺はリーリエさんに説明したように同じ説明をする。

「なるほど。ではフローリアさんの豪華版を100冊お願いします」

「すみません。それはもう売り切れてしまっていまして。オスカーさんとアリトマさんの豪華版しか残っていません」

「なん…だと……どういうことだ?」

 ブッカさんの額には青筋が浮かんでいる。必死に怒りを抑えているのだろう。

「いえ、お得意様であるミーツ商会がフローリアさんの作品を買い取っていただいたので」

「………くそっ!!」ブッカさんは呼び鈴を鳴らす。すると一人の男性が走りこんできた。「ミーツ商会でこの豪華版を買って来い。1冊銀貨3枚までで交渉してくるんだ。それで買えるだけ買って来い。………そして最低でも3冊は買ってくるんだ。分かったか?」

「はい!!」

「分かったなら急いで行って来い」

 男性は走って店から出て行った。

「グリフィス君、次巻からはウチにも豪華版の初版本を卸してくると有難いんだが……」

「交渉権はお得意様かどうかなので、次回もミーツ商会が最初に取引しますから。これでも、こちらには2番目に足を運んだんですよ」

「そこを何とか。初版の発行部数を増やすとか。何冊かウチに確保するとか。私とグリフィス君の仲じゃあないですか………分かった。ミーツ商会は【ステップ】を何冊卸しているんだ?」

「2000冊です」

「2000?!」

 王都だけで販売しているのと、いろいろな都市の支店で販売しているミーツ商会では部数に差が出るのは仕方がない。2000という数字を聞いてブッカさんは驚きの声をあげている。この【ライブラ】では取り扱いが増えたといっても500冊ほどである。

「はい」

「……分かった。次からは1000冊購入する。だから30冊だけでもいいから豪華版を確保できないだろうか?」

「分かりました。次巻からは反応を見て初版本を増やすつもりでしたので、こちら用に増刷することにします」

「おお、そうか。ありがとう。グリフィス君」

「それで、こちらの豪華版はどうしますか?」

「オスカー氏とアリトマ氏の作品か………」

「こちらも価値が高くなると思いますよ」

「ふーむ……そうだな。ではオスカー氏の方は10冊、アリトマ氏のは20冊購入しよう」

 少し考えたあと、豪華版を購入してくれることになったが、どこかしぶしぶという様子である。本当にそれでいいのか?アリトマ氏の作品は爆発的に人気が出始める可能性を秘めているぞ。後悔することになっても知らないぞ。しかし、俺はあえて何も言わない。この後も書店を回る予定である。豪華版がなくなってしまうのは避けたいところである。

 

 俺はこの後も王都の書店を回り、豪華版と用意した廉価版の両方をすべて売りつくした。

 豪華版は400冊で銀貨400枚、400万円相当になった。そして、廉価版は各5000冊で合計2万冊で銅貨24000枚、2400万円だ。さらに次号の【ステップ】も合計5千冊売れているので銅貨4500枚で450万円である。


 豪華版を用意したのは正解だったかもしれない。これにより、部数の交渉を有利に進めることができた。販売店の利益のために用意した豪華版だったが思わぬほど食いつきがよく、こちらの切り札となった。それにしても単行本の利益がえぐい。次巻の豪華版はさらに増える予定だし、【ステップ】もまだまだ部数も伸び続けるだろう。

 

 俺はさらなる秘策を打ち出すべく、別の日に【トキワ亭】へと訪れることにした。





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