第9話 信頼
俺は光の妖精とやらが見えることをお兄様に相談してみる事にした。頭脳明晰で博識だと名高いお兄様なら光の妖精リンネとやらの事も知っているかもしれない。
「お兄様。ちょっと相談が……」
「何だい。ジーク」
11歳にしてこの色気は何なのだろうか。同性の俺から見ても惹かれる何かがこのお兄様にはあるな。
「実は最近、光の妖精リンネとやらが現れまして……」
俺は現状を切り出そうとした。
「えっ?! 何だって? 光の妖精リンネ? それは凄い!! 成こ……いや、どういう事か、詳しく聞かせてくれないかい」
いつものお兄様と違い少しテンションが上がったように感じたが、すぐにいつもの穏やかなお兄様に戻られる。
「実は……」
俺は、光魔法が使える事と、それには光の妖精リンネが手を貸してくれているが、他の人には見えないということを伝えた。
「素晴……いや、ちょっと光魔法を使ってくれるかい?」
俺は【ライト】と頭の中で念じて手の中に光の玉を作る。
「今、詠唱をしてなかったように思うんだけど、それも光の妖精のおかげかい?」
「分からないです。頭の中で魔法をイメージして念じれば使えます」
「凄いね。きっと光の妖精が力を貸してくれているんだよ。普通は特定の個人に取り憑いたりはしないから、これは魔法界の常識を塗り替える事だよ」
お兄様に褒められるとは、これは凄いことのようだな。流石は転生チートというやつですか。
「じゃあ、あまり気にする事はないんですか?」
「そうだね……いや、一つ問題があるかもね」
顎に手をやり何かを考えているご様子。俺は不安になる。
「何かあるんですか? 寿命が縮むとか?」
もしくは不細工になるとか……
「聞いた限りではその光の妖精は危険がなさそうだね。それよりもジークが光の妖精を宿している事を他の人に知られるのは不味いかもしれないね」
「どうしてですか?」
「さっきも言ったように今までにその身に妖精を宿すなんて偉業を成し得た人はいないんだ。だから、この事が知られてしまうと研究機関に送られて人体実験をさせられてしまうかもしれない。最悪死んでしまう事も……」
何それ怖すぎるんだけど……
「でも自分は王族だって聞いてますよ。そんな事にはならないんじゃ」
王族の権力を使う時ですよ。
「確かに王族だからひどい扱いは受けないかもしれないけど、最悪は想定しておかなければならない。それに、父、つまりこの国の王様の子供は僕達二人だけというわけではないんだ。今は8人の妻を娶っているからね。それぞれに子供がいる上に、これからも増えていくと思うから王様にとって子供1人の価値がどれほどあるのかは分からない。魔法技術の発展による利益が子供1人よりも価値が高いと判断する可能性もゼロとは言い切れないからね」
「そ、そんなに妻がいるんですか?」
うらやま……なんてけしからんのだ。お母様みたいに美人な妻がいるというのに他に7人もいるだと。この世界の価値観はハーレムを容認しているという事か。
「そうだね。僕達の国は領地をどんどんと拡大していっているからね。その支配した領地との結びつきのための政略結婚とかで増えているみたいだよ。それがこれからも続くと考えると、まだまだ増えるんじゃないのかな」
「そうですか……」
となると、国を発展させるために子供一人を犠牲にするという事も十分に考えられるという事か……そういう決断を下せるように今まで会った事がないのかもしれない。俺が不安そうな顔をすると、それをお兄様が察してくれた。
「けど大丈夫だよ。僕は誰にもこの事を言うつもりはないからね。ジークもこの事は他の誰にも言っちゃいけないよ。黙って今まで通り普通に暮らせばいいんだよ」
お兄様!! 流石です。信用できるのはお兄様だけですね。
「ありがとうございます。お兄様!!」
「気にしなくていいよ。2人だけの秘密だね。ふふふ。あっ、でも何かあったら、僕だけには教えてよ。ジークの身に何かがあったら大変だからね」
「分かりました!! お兄様!!」
お兄様に任せておけば大丈夫だな。うむ、お兄様に相談して良かった。何かあれば力になってくれる事だろう。
その後、光の妖精が出た時の事などをさらに詳しくお兄様に話すことになった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
お兄様は実地訓練とやらに行ってしまって、またもや2、3日帰ってこない。
俺がお兄様に相談してから、前にもまして俺の事を気にしてくれるようになった。俺の体を心配してか、前にも増していろいろと食べ物を持って帰ってくれる。全部俺のためという事で、その食材は全て俺が食べている。俺の体を心配してくれるのは有難いが、ぽっちゃり体型から抜け出すことができぬ。ぐぬぬ。
俺はソファーに寝ころび、明日から運動するかと考えていると、窓の外に庭先の門のところで一人の少女がうろうろしているのが見えた。身長からして自分と同じ年くらいだろうか。俺には同年代の知り合いがいないのでその少女に興味が湧いた。
自ら応対するために、ソファーから立ち上がり玄関を飛び出した。そして、庭を囲っている柵の向こうでうろうろしている少女に声をかけた。
「何か用?」
「あっ、あの、ここにヨハネス様はいらっしゃいますでしょうか?」
びくっと驚いた少女は両手を胸のあたりに構えたままお兄様の事を尋ねてきた。お兄様のファンか何かですかね。あの容姿なのだからきっとおモテになっているに違いない。こんな小さな少女までメロメロなんですね。
「今、ヨハン兄様は出かけてていないよ。2、3日後には戻ってくると思うけど」
「2、3日……」
すぐに戻らないことを聞くと明らかにテンションが下がってしまった。今にも泣き出しそうな雰囲気すらある。
「ど、どうしたの? 何かヨハン兄様に伝える事があるなら伝えておくよ」
少女が泣き出しそうなのを見て俺は少々動揺してしまった。
「い、いえ……2、3日後では……」
どうやら2、3日後では駄目なようである。ふと気付いたのは、最初から両手の位置が胸のあたりで固定されているので気になった。そこでよく見るとその両手の中には小鳥が横たわっているように見えた。
「その鳥、怪我してるの?」
「は、はい。それでヨハネス様の魔法なら治せるかもしれないと思ってここまで来たのですが……」
そういえばお兄様は【聖なる癒し】なる魔法を使っていたな。あれは高位の光魔法らしく使い手自体貴重な存在のようである。流石はお兄様だな。お兄様がその魔法を使えるのは有名なのかもしれないな。
しかし、待てよ。光の妖精であるリンネの力を借りる事ができる俺ならば【聖なる癒し】を使うことができるかもしれない。基本家でゴロゴロとしかしていない俺はそんな回復魔法を使う機会等なかったので、可能かどうか等試したことがない。
「ちょっとその鳥見せてもらってもいい?」
「は、はい」
俺は鳥に両手を翳して、昔お兄様が俺にしてくれた【聖なる癒し】を思い出しながら再現を試みる。
「はわわ~」
少女は目をぱちくりさせながら手の中の鳥を見つめる。
「ピー、ピー」
手の中でぐったりしていた小鳥が元気よく囀りだす。どうやら成功したようだな。
「グーちゃん!! 良かったです。ありがとうございます!!」
涙で濡れるつぶらな瞳で俺の方を見つめて感謝を述べる。
「良かったね」
「はい!! さっきヨハン兄様って……もしかしてヨハネス様の弟ですか?」
「そうだよ。ジークフリート=ハイゼンベルクって名前だよ。ジークって呼んでくれていいよ」
歳の近い初めての友達ができるかもしれん。少し赤みがかった髪の毛は肩ほどにかかり、どこかリスのような小動物をイメージさせるその少女は将来可愛らしく成長する事を感じさせる。
「はわわ~。初めまして。私はソフィア=ハイゼンベルクっていいます。ジークお兄様って呼んでもいいですか? 私の事はソフィーって呼んでください」
「えっ?! あっ、うん」
さっきまで泣いていた顔はパッと明るい笑顔を取り戻し、一礼するとその場から走り去って行った。
「あっ、ちょっと」
俺は呼び止めようとしたが、俺の声は聞こえてないようでソフィーは立ち止まらなかった。俺はその後ろ姿を見ていると、その姿は少し離れたところにある隣の屋敷の中へと入って行った。
どうやら隣の屋敷に住んでいるようである。お兄様が言っていた8人の妻の内の1人がそこに住んでいるという事か……お母様に聞くのは何か憚られるので、メイドかお兄様にでも詳しく聞かねばなるまい。
こうして俺には友達ではなく、妹ができたのである。