第89話 この世界には鑑定魔法というものがあるらしいぞ
対峙したグレートボアはじりじりとこちらへと近づいてくる。後ろをちらりと見るとバット君とロビンちゃんは音を立てないように気をつけながら素早く移動している。
さて、どうやってキノコを狩るか。
風魔法の【暴風刃】を使ってしまえば、キノコまで細切れになってしまう。光魔法は爆散してしまうので論外だろう。となると、【風の刃】でキノコを刈り取ってから、グレートボアを倒してしまうのがいいだろう。
『【シンバタケ】を刈り取ってから、倒すけど、大丈夫?』
『分かった!!僕は右の方を刈り取るよ』
俺の意図を汲み取ってエドガエル君は頷いている。
エドガエル君は一泊移住で熊を倒すときに、脳内麻薬を自在に操って、訳の分からない剣技を使っていたので、多分なんとかなるだろう。たとえ怪我をしてしまっても、死にさえしなければ光魔法で治すこともできる。
俺は、左に回り込もうとすると、エドガエル君はそれに呼応するように右に回り込む。
グレートボアが向きをこちらに変える前に背中に生えたシンバダケの根本目掛けて【風の刃】を放つ。命中したシンバタケは地面へと落ちる。
どうやら簡単にキノコを狩ることはできるようである。俺はさらに左に回りながら次々とキノコを刈り取っていく。グレートボアの足元には背中にあったキノコがどんどんと落ちている。
反対側ではもう一匹のグレートボアとエドガエル君が対峙していた。エドガエル君は深く前傾姿勢をとって、剣を鞘に納めた状態でためを作っている。
『飛演【一閃】』
というエルフ語で発せられた声をその場に置き去りにして、一瞬にして俺の傍まで弾丸のようなスピードと軌道で跳躍した。声が届いた時にはエドガエル君は俺の隣にいる。どういうこと?音速超えてますやん。
そして、エドガエル君が剣を鞘に納め、硬質な音を鳴らすと、エドガエル君と対峙していたグレートボアの背中から全てのキノコが足元に落ちていく。
どれだけ脳内麻薬を使いこなせばこんな動きができるというのか。エドガエル君の剣技に畏怖すら覚える。いつのまにこれほどの業を身につけたというのか。一緒に剣術稽古はさぼっているというのに。これが才能の差というやつか。
『すごいね』
『ジークこそ』
俺に褒められて少し照れたような顔をするエドガエル君、そのはにかむ笑顔はエルフ特有の美形であるため、男の子であっても愛くるしいものである。そんな彼も俺の魔法の腕を褒めてくれる。応えなければならない。この期待に。
俺は視線をエドガエル君からグレートボアへと戻すと、2匹ともこちらへと間合いを詰めてきている。
キノコを狩ることに成功したので、あとはあのキノコが汚れないところで倒すだけである。丁度良く、2匹の位置がキノコが散らかっているところから離れている。あとは血が飛び散らないように倒すだけである。
俺は人差し指をグレートボアへと向ける。
そしてレーザーをイメージして、圧縮した光魔法を放つ。
「光増幅放射魔法」
戦闘能力が53万を超えた気がしたが気のせいだろう。
俺の放った光魔法は難なくグレートボアの眉間を打ち抜いて、バタリと横に倒れこんだ。
「ブモォォォォォォ」
それを見たもう一匹は雄叫びをあげている。魔力による奔流によりグレートボアの毛が揺らめき逆立っている。
「伝説のスーパーグレートボアってか?」
俺はもう一匹にも光増幅放射魔法を放つ。するとあっけなくもう一匹も同じ方向に倒れこむ。さっきの魔力の奔流はなんだったのか。
「す、すげー、一瞬じゃねぇか!! 隠れる暇もなかったぜ!!」
「す、すごい!!」
林の方へと向かっていた兄妹は俺が倒したのを見てかけよってくる。2人はただ林の方へ行って、隠れずにここに帰ってくるというシャトルランのような状況である。まぁ、兄妹の方へグレートボアが向かっていたら危なかったからな。隠れるように指示したのは間違いではないはずである。
「それにしても、何で最初から最後の魔法で倒さなかったんだ?あんな魔法も隠し持っているとはもう言葉もねぇよ」
「血が飛び散ってキノコにかからないようにするためだよ」
「………見た感じ血は飛び散ってないぞ」
俺たちは倒れたグレートボアの近くで2匹が死んでいるのを確かめている。確かに眉間にできた穴からは血が一切流れていない。少し焦げた肉の匂いがしている。貫通した後ろの穴も同様に血が流れていないので、最初からこの技で仕留めてから、キノコ狩りをしても大丈夫そうだったな。
「さっきの魔法は実戦で使うのが初めてだったからね。まさか、こんな結果になるとは」
実践でというより、人生で初めての魔法だけどね。俺の場合イメージさえあれば、光の妖精リンネの力でいくらでも魔法を使えるからね。イメージしたのは宇宙の帝王の技です。
「なるほど。奥の手ってやつか。ゴクリ」
バット君はなにやら勝手に納得している。
「それで、このグレートボアはどうするんだ?」
「そうだな………これって食べれるのか?」
「俺は食ったことねぇけど、肉屋とかで売ってるのを見たことはあるぞ」
ということは、食べても大丈夫な肉ということか。俺が考えていると。
「俺が解体しようか?」
「できるの?」
「何度か手伝いでやったことがあるぜ。ただ道具がないからな」
すがるような目で俺の方を見つめるバット君。
「…わかった。ナイフを貸すよ」
俺の収納闇魔法の中にあるナイフを、鞄から出すふりをしながらナイフをバット君に手渡す。
「わ、わたしもできます」
ロビンちゃんも名乗りをあげたので、ロビンちゃんにもナイフを渡す。
2人は受け取ったナイフを躊躇なくグレートボアに突き立てる。そして胸に近い部分からスライムより2まわりくらい大きな魔石を取り出した。
「おお、すげぇ。めちゃくちゃ大きいぞ」
「お兄ちゃん、こっちの魔石もすごいよ」
2人は笑顔だが、その顔とシャツには血がべっとりとついており、さながら猟奇的な殺人鬼の様相をしている。そして川の水で魔石の血を洗い落とし、シャツで魔石を拭いた後、グレートボアの解体を再開しだした。
全身血だらけになってはいるが、手際のよさから、何度かしているのは本当のようである。どこかのパーティーについて行って解体を手伝っていたのだろう。終わってから【浄化】をかけてあげるとしよう。
俺は解体を2人に任せて地面に散らばっているキノコを拾いに行く。
『これを焼いて食べるのに火が必要だから枝とか枯葉とか火のつきそうなものを集めてくれない』
『わかった!!』
エドガエル君に火種の調達を頼み、俺は焼くための調理台の作成にとりかかる。バーベキュー用の鉄板や網は収納闇魔法には入っていないので、今回は石で焼くことにする。
今後のためにそういったものも入れておかなくてはならないな。
俺は土魔法を使い、白いかまどを作り上げる。
帰ってきたエドガエル君はそのかまどを見て驚きの声をあげる。
『すごい。一瞬でこんなものまで作れるなんて。どうやったの?』
『土魔法で作ったんだ』
『土魔法で? すごい、こんな白い土を操るなんて聞いたこともないよ』
エドガエル君は嬉しそうに俺のことを誉める。恥ずかしくなってくるので俺は流れを打ち切る。
『集めてきた火種はここに入れて』
枝や枯葉をかまどに放り込むと俺の光魔法で火をつける。
しばらくすると、石が熱くなっているのが分かるくらいになってきた。
俺は集めたシンバダケを縦に2等分して石の上に置いた。そうすると、ジュワっという音と共に煙を上げて熱され始める。
すごいいい香りが漂っている。
俺はどんどんとシンバダケを石の上に置いていく。
香りに誘われたのか兄妹たちもかまどの近くに寄って来ていた。
「もう解体終わったの?」
「ああ、終わったぞ」
「終わりました」
「はやっ!!」
「今日食べる分と手で持って帰れる分だけだからな」
「持って帰るの?」
「そりゃそうだろ。本当は全部持って帰りたいくらいだけど、俺達の力じゃな」
収納闇魔法で全部持って帰れたが、バット君は知らないからな。収納鞄ですら、あんまり持ってることはばれない方がいいって言ってたし言わないほうがいいだろう。
「そりゃそうか」
「でも一番美味しいと言われているところだけを切り取ったからな」
俺とエドガエル君は解体されたグレートボアの肉を受け取る。
「それとこれはグレートボアの魔石だ。初依頼だってのにやるじゃん」
バット君は2つのグレートボアの魔石を俺に渡す。
「俺達は何もやってないからな。それはお前たちの分だ。こっちの肉はどうせ持って帰れないし、解体料ってことでいいだろう?」
「それは別にいいけど、その魔石の扱いはバット君に任せるよ。今回はパーティーとして行動してたわけだしね。もし換金出来たら4等分してくれていいよ。なんなら全部もらってくれてもいいよ」
「いいのか? 本当に?」
グレートボアはあれだけ弱かったのだ。そう大した額にはならないだろう。それにスラムができるというのは国の政策の失敗であり、それは王族の、つまり俺の責任であるともいえる。それほどの足しにはならないだろうが、2人が少しでもいい暮らしができるようになってほしいものである。
「ああ。実はそれほどお金には困っているわけではないんだ」
「そう……なのか。まぁ、これだけ魔法の腕があるなら当然か………わかった。じゃあ、4等分でお願いする。俺の事はバットって呼び捨てにしてくれ。グリフィス!! エドガー!!」
それは偽名だが、俺達2人は頷く。
「それじゃあ、焼けてきたみたいだし、シンバダケを食べよう!!」
「本当に食べるのかよ?」
バット君はどこか食べるのを躊躇している。
シンバダケの買い取り額が銅貨3~5枚ということは3千円~5千円くらいということになる。それなら、この量なら10万円くらいで売れるということか。しかしだ、このキノコの買取価格がそれという事は、店舗で買おうと思えば1万以上はするのではないだろうか。それならここは売らずに自分たちで食べてしまう方がいいだろう。漫画事業も順調に伸びていってはいるので、資金がすぐにショートするということはなさそうである。
「ひとまず食べてみてからだね。美味しくなければ売ればいいし。このキノコが高い理由ってやつを確かめないとだね」
「正気かよ!?」
これが王族の特権というやつだ。値段など気にしない。
俺はひとまず素材の美味しさをたしかめるために、そのままでシンバダケを頂く。
美味い!!
噛むと中から汁が出て来る。これがまたなんとも言えない味わいである。例えるなら料亭のお吸い物を凝縮して飲んでいるかのような味だ。そして、鼻から抜けるこの香り。噛むたびに味覚と嗅覚を刺激する二重奏。これはキノコで奏でるバイオリンとヴィオラのための二重奏や!!
次は塩を振りかけて頂く。
これはこれでいい!!
旨味成分がさらに引き立てられる。噛めば噛むほどに食欲がわいてくる。
これは正にキノコで奏でるセレナードや!!
こうなったら次はあの一泊移住の時の焼肉のタレや。
駄目だ。これは旨い。
フルーツの旨味。押し寄せる旨味の波状攻撃!!
これは、これは、キノコ界のオーケストラや!!!
「すごい美味しいよ!! 食べないなら、全部僕が食べちゃうよ」
俺が勧めたので、エドガエル君も1本分をそのままと、塩で食べる。すごい幸せそうな顔をしている。
「そんなに美味いのか? ゴクリ。ええい、どうなっても知るか」
「お兄ちゃん!! ま、まぁ、死ぬことはないっていうし………じゃあ、私も!!」
ん? そんなに決心して食べるものなの?
「死ぬってなに?」
俺はロビンちゃんに尋ねる。
「【シンバダケ】は生えている個体によっては特殊効果が付く場合があるから、鑑定に出してから食べた方がいいんです」
「特殊効果?」
何それ?! 初耳ですけど!!
「力が一定時間強くなったり、夜目が効くようになったり、聞、聞いた話では精力がつくって話も………」
ロビンちゃんは少し恥ずかしそうにしている。
「でも死ぬとか病気になったって事例はないらしいからな。グリフィスがこんなに食べてもぴんぴんしてるんだから大丈夫だろう。それにしても、これはすごいウメェよ。美味すぎるよ」
バット君、君、俺を毒見役として使いましたか? 俺、王族ですよ。
「いやいや、そんな効果が付くなんて聞いてないぞ………はははっ、いやっ、ははは、もし倒れてたら、わはははははは」
なんだこれは笑いがこみあげて来る。上手くしゃべることができない。
「どうしたんだ、グリフィス。そんなに面白かったのか? ………ぶはっ、あははははは、倒れるって、そんなの、あははは、ありえない、ははは、なんだこれ、あははははは」
みるとエドガエル君は顔を真っ赤にして笑いをこらえている。
「み、みんな、ど、どうしたの。ぐすん。こんなに、美味しいキノコ食べたことないのに……くすん。涙が、とまらない……」
ロビンちゃんはいきなり泣き出した。カオスである。一体どういうことだ。
「どうしたんだ? あはははは、ロビン!!あははは、なんで、ぶはっ、泣いているんわははははははは」
「お兄ちゃん。何だか涙が出ちゃう。くすん」
「そ、そうか!!あははは、この【シンバダケ】は2種類あるんだ!!あはははは!! 2匹のグレートボアハハハハがいたからはははは。【シンバダケ(笑)】が生えてたやつと【シンバダケ(泣)】が生えてたはははは2匹がいたんだはっはっは!あはははは」
2人の兄妹の視線が俺へと集まる。
ということは………俺は何本食べた。あわわわ。いや落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。
素材本来の味で2本、塩で2本、そしてタレで3本。確率的に全部【シンバダケ(笑)】ってことはない……いやあるかもしれない。ここまで来たらそうあってほしい。
「あははは、そんなはははは馬鹿なははははことってしくしく」
来てしまった。泣くという感情を制御できない。こういう時こそ魔法である。俺は光魔法を唱える。
「【浄化】ぐすん、うう、ずびびびび」
「【聖なる癒し】しくしく」
何という事でしょう。この泣いている状態をバッドステータスと認識していないだと………まったく治る気配がない。
俺はこのあと笑いと泣きを交互に1回づつ繰り返すのであった。
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