第87話 ○○○○スレイヤー
王都から子供の足でも1時間ほどで到着したコットン池は一周3kmくらいの池で、基本魔石を利用した魔道具で王都の水をまかなっているが、緊急時はこの池の水にも使われることもある場所である。
池の沿岸にはちらほらと人がいるのが見える。釣りをしている人もいれば水浴びをしている人もいる。遠くには馬車を止めて休憩をとっている人たちもいるようである。
俺たちはその池の近くにある野原に集まっていた。
「それじゃあ今から【シンバダケ】を探すぞ!! 【シンバダケ】は魔物に寄生しているから、この辺りに生息しているスライムを狩っていくぞ」
バット君は鼻息荒く意気込んでいる。
「この辺ってスライムが出るの?」
「おっ? もしかして、王都から出たの初めてか? そうだぜ、この辺りはスライムが出るんだぜ。でも安心しろ、スライムなんて魔物の中でも最弱の部類だからな、動物の犬よりも弱っちぃぜ」
魔物と動物の違いは、体内に魔石があるかないかである。魔物は心臓の他に魔石をコアとしてもっており、その魔石のエネルギーを使って魔法などの超常の力を産み出すことができるのである。動物の犬よりも弱いということは魔石も小さいということであろう。この世界の仕組みもラズエルデ先生の授業で大分詳しくなってきたものである。
「いや、王都から出たことはあるけど、スライムは見たことないからね」
「ふ~ん、初スライムか。でもビビる必要はないからな。その腰にさしてある剣で一突きすれば、簡単に倒せるぜ」
バット君は俺の腰に差してある剣を見る。
「でも、どうやってスライムを探すの?」
この辺りには見渡す限り俺達の膝下くらいの丈のある草が生え渡っている。
「日中はこういった叢の中にスライムは隠れているから、地道に探していくしかないぜ。注意深く探せば1時間に3匹くらいは見つけることができるぜ」
「3匹か………結構少ないな。ちなみにスライムの魔石ってどのくらいで買い取って貰えるの?」
「魔石に傷がついてなければ、銭貨1枚くらいだぞ」
銭貨1枚……100円くらいってことか。時給で考えると300円か。普通に働いた方がいいような気がする。
「それで、【シンバダケ】はどのくらいになるの?」
「依頼書に書いていたのに見てなかったのか? 1本で銅貨3枚にもなるんだぜ。たまにスライム一匹に2本寄生しているってこともあるんだ。それを1匹見つけるだけで銅貨6枚だぜ。ってことで、手分けしてスライムを探すぞ。見つけたら、逃げられないように4人で囲んで倒すぞ」
1本で三千円か。前世の松茸並みの価格だな。バット君とロビンちゃんは勢いよくスライムを探しに行ってしまった。
『じゃあ俺達は昆虫採集をしながら、スライムがいれば狩って魔石を採集していく?』
『そうだね』
俺は収納魔法で虫取り網と虫籠を取り出して、エドガエル君の分を渡す。
バッタやらカマキリはすぐに見つかるがスライムにはなかなか遭遇しない。そんなことを思っていると、遠くに行ったバット君が大きな声を上げて皆を呼んでいる。
「出たぞー。スライムだ!! 皆で囲むぞ!!」
俺とエドガエル君はバット君の方へと走り出した。ロビンちゃんもバット君の方へと向かっているのが見える。
「くそっ!! こいつ!! 向かってきやがって」
到着するとバット君はスライムとの戦いを繰り広げていた。初めてみるスライムの形状は野球ボールくらいの丸みを帯びた薄緑色をした生き物だった。バット君にぶつかって跳ねている感じから、弾力は固いゴムくらいはあるようである。バット君は拳でスライムを殴ろうとしているが、なかなか素早いために何回も空を切っている。反対にスライムの体当たりはバット君の顔に何度か当たって、鼻血が出てしまっている。その血を手で拭って服で拭いたので、折角綺麗にした驚きの白さの服が、血で汚れてしまっている。
動物の犬より弱いとか言っていたが、なかなか苦戦しているようである。俺達が到着したのを確認するとバット君は俺達に指示を出した。
「よし!! 逃げられないように、皆で囲むぞ!! 2人はその腰の剣を使ってスライムを倒してくれ!!」
俺達は指示通り逃げられないように配置についた。
「くそっ!! こいつ!! なんで俺ばっかり狙ってくるんだ!!」
退路を塞いではいるが、一向に逃げて来る様子はなく、バット君と死闘を繰り広げている。相変わらずバット君の拳は空をきってばっかりである。本当にスライムを倒したことがあるのか怪しくなってきてしまう戦い方である。
スライムも少しばてたのか、バット君と距離をとった。そして、俺達4人の真ん中ほどに位置した時に、自分が囲まれていることに気付いたそぶりをみせる。目や鼻などの器官がないので、そんな気がしただけではあるが、いきなり方向をバット君のほうではなくエドガエル君の方へと変えて突進をした。
エドガエル君の横を抜けようとして跳躍したのか、それともエドガエル君にもバット君と同じように打撃を加えようとしたのか。その行動をとろうとした刹那、エドガエル君は腰に差している剣を抜いてスライムを往復で2度斬って、そのまま剣を鞘に納めた。その流れる剣捌きは俺でなきゃ見逃してしまう速さで行われていた。斬られたスライムですら、自分が斬られたことに気付いていないのではないかという速さである。叢にはただ魔石だけが転がっていた。
バット君は走って、魔石を拾い上げる。
「どうやら俺のパンチが当たっていたようだな。空中でいきなり死んで、魔石が落ちるなんて、やつも最後の力を振り絞っていたということか。なかなか手ごわいやつだったが、俺の敵ではなかったな。というか、何で剣を抜いてないんだよ。それになんだよ、それ?」
バット君は俺達が持っている虫取り網を指さす。
「これは、この網の部分で虫とかを捕まえるための道具だよ。あとバット君がやっつけたんじゃなくて、エドガーが剣で倒したんだよ」
自分が倒したと勘違いして、もっと強い魔物に挑んで殺されてもダメなんでここはちゃんと訂正しておかねばならない。
「嘘つけ!! 剣なんて抜いてなかっただろ!! なぁ、ロビン!!」
ロビンちゃんは困惑しつつも頷く。
「2人の目には見えなかったかもだけれど、エドガーはたしかに抜刀してスライムを二度斬ったんだよ」
「おいおい、本当かよ。じゃあもう一回やってみろよ」
俺はエドガエル君にもう一回さっきのをやってくれるように耳打ちで頼む。
俺が少し距離をとって離れると、エドガエル君は先ほどと同じように空中で2回空を切り剣を鞘に納める。
「おい、早くやってみろよ」
バット君には相変わらず全然見えてなかったようである。
「いや、もう終わったよ」
「は? 本当かよ?!見えたか? ロビン」
ロビンちゃんは首を振る。
「じゃあこうしよう」
俺は鞄に手をいれて、トウモロコシを取り出す。
「何で鞄にそんなものを入れているんだ?」
「まぁまぁ、そんなことよりも。これを空中に投げるから、エドガーに斬ってもらうよ。最初から切れていたと言われないようにちゃんと1本になって切れていないことを確かめて」
俺はバット君にトウモロコシを渡す。切れていないことを確認して俺に返す。
「じゃあ行くよ」
俺はエドガエル君に方にトウモロコシを山なり放った。地面に転がったトウモロコシは4つになって転がった。
転がったトウモロコシを拾い上げたバット君は唸り声をあげる。
「マ、まじか」
「えっ、ホントに?!」
2人とも驚きを隠せない。
「おいおいおいおい、無口な奴かと思っていたら、とんでもない剣の使い手だったのかよ。こ、こいつぁー忙しくなってきやがったぜ。この調子なら狙えるかもしれない。【スライムスレイヤー】の称号を。ごくり」
「な、なんだって? 【スライムスレイヤー】だって?」
スライムスレイヤーだと? なんだその雑魚狩りをしてそうな頂きたくない称号は。思わず俺は聞き返してしまった。
「そうだぜ。1時間に30匹以上スライムを狩る猛者にギルドは称号を与えているんだぜ。【スライムスレイヤー】ってな」
1時間に三千円なら、もっと違う魔物を狩った方が儲かる気がするのだが。それは嫌味でつけられているのではないだろうか。もっと強い魔物を狩れって暗に秘められているような気がする。
そんなことを気にすることのないバット君はやる気に満ち溢れている。そう、それは先ほど気になっていた虫取り網を気にならなくなるほどであった。
バット君は早速スライム探しを再開するのであった。




