第86話 初依頼
雪もとけて、野原はカラフルに色づき始めた。
エドガエル君に誘われたので、今日は近場の池に昆虫採集である。どうせなら、その近くでできる採集依頼も受けようと考え冒険者ギルドへ行ってから、向かうことにする。
『あれ、ジークは冒険者登録をしているの? 王族なのに?』
『まぁ、そうだね。社会勉強兼ねてね。エドガエル君もすれば?』
『……親に怒られないかな?』
『バレなければ大丈夫なんじゃないかな。僕はグリフィスって偽名で登録したからね』
『そうなんだ。じゃあ僕も登録しようかな』
『いいんじゃないかな。簡単な採集依頼でもお小遣い程度にはなるっぽいしね』
『じゃあ僕も登録するよ!!』
エドガエル君の登録をするために一緒に受付に行く。以前に俺が登録したお姉さんのところへと向かう。
「すいません。冒険者の登録をしたいんですけども」
「あら、グリフィス君じゃないですか。この前登録はしたじゃないの」
「この子の登録をしたいんですけども」
俺はエドガエル君を紹介する。
「綺麗な顔をした坊やねぇ………って、エルフじゃないの?」
「エルフだと登録できないんですか?」
「いや、できるわよ。でも、少ないからつい驚いちゃったわ。それで、言葉は大丈夫かしら? エルフの子供だと人間の言葉を覚えてない子が多いのよねぇ」
そう言えばエドガエル君は人間の言葉が未だに完璧には分かっていないようではある。
「僕が説明しておくので大丈夫です」
「グリフィス君が?」
「はい。僕の時と同じで銀貨3枚払って名前を記入すれば大丈夫ですか?」
「そうね。それで大丈夫よ。字はかけるの?」
『銀貨3枚が登録料として必要なんだけど、持ってる? 僕が出そうか? あと登録の名前は自分でかける?』
俺はエルフの言葉でエドガエル君に説明すると、エドガエル君はポケットから銀貨を3枚取り出した。
『これでいいかな? 字はまだ勉強中だから代わりに書いてくれないかな?』
『いいよ。なんて名前で登録する? 本名じゃまずいよね』
『う~ん………じゃあ、エドガーで』
ちょっとモジっただけであるが、エドガエル君がそれでいいならそれで登録することにしよう。
「代筆してもいいですか?」
「本当にエルフ語を話せるのねぇ。まぁ、字が分からなければこちらで言ってもらえば書くんだけど、言うこともできないなら仕方ないわねぇ」
俺はペンを受け取り、エドガーとしてエドガエル君を冒険者に登録をする。
「あっ、そう言えば、グリフィス君宛てに指名依頼が来てるんだったわ。これよ」
「えっ?!!」
見ると風の旅団のアイロスさんからの指名依頼であった。
「あなたが登録してから、ほどなくして風の旅団から指名が入ったの。だから、あなたのことはギルドでも噂になっていたのよ。あなたみたいな子供にあの風の旅団から指名が入るなんてねぇ。でもエルフ語が堪能だし、もしかしてあなたみたいな子が将来有望な冒険者になるのかしらねぇ。この依頼受けるってことでいいのよね」
早くも指名依頼が入っていたとは。しかし、荷物運びなんて俺がしなくても誰でもできるだろう。それほど緊急性があるとも思えない。そもそも俺は今のところそこまでお金には困っていない。ここはあのセリフを言う時がきたのではないだろうか。
「その依頼を受ければ……風の旅団の荷物運びをすれば……ほ…ほんとに…僕のランクは……あがるんですか?」
「それはどうかしらねぇ。でも確実に箔がついて、今後の依頼にも影響が出るのは間違いないわねぇ。何たって風の旅団は王都でも有名なクランなのよ」
「だが断る!!」
「えっ!!」
「このグリフィスが最も好きな事のひとつは働くように言ってくる奴に「NO」と断ってやることなんですよ……」
「いや、じゃあなんで冒険者に登録したって言うのよ?!!」
「それはまぁ気分です」
俺はエドガエル君の登録が終わったのでクエストが張られているところへと向かった。お姉さんが何か言っているが気にすることはない。
依頼にはいろいろなものがある。その中でも常時依頼というのはカウンターに行って依頼を受けなくても素材を持っていきさえば依頼達成となるものがある。
俺は今日向かうつもりの場所で採れる採集依頼を探すことにする。
俺の見ているクエストボードは依頼達成難度が簡単だからか、俺よりも小さい子供の男女も依頼を探しているようであった。
そして、俺が採集依頼を吟味しているとその子供の男の方が俺に話しかけてきた。
「おい、新入りか?」
「ちょっとお兄ちゃん。やめといたほうがいいよ。身なりからして、貴族かもしれないよ」
「うっ。貴族なのか、いや貴族なんですか?」
「いや………」
貴族というか王族ですね。
「おっ。なんだ。平民かよ。見ない顔だけど、はじめての依頼か?」
「まぁ、はじめての依頼といえばそうだね。何でそう思ったの?」
「そりゃ、そんな綺麗な服ではいかないだろ。汚れてもいい服で来ないと勿体ないぞ」
なるほど服か。よく見ると子供達の服は元の色が分からないほど灰色にくすんでおり、黒いシミがいたるところについている。
「でも、汚い服を着るのは生理的にちょっと……」
「か~、これだから素人は。これは汚いんじゃあないんだ。今まで辿ってきた冒険の証ってやつだ。見てみ、この血の跡はモンスターと死闘繰り広げた勲章ってやつなんだ。自分の服を見てみろよ。全く血の跡がついてないだろ。それじゃあ冒険者として舐められてしまうんだ。それが俺とお前との冒険者としての差ってやつなんだ」
「ちょっとお兄ちゃん!! 新しい服を買うお金がないだけでしょ」
「お前はちょっとだまってろ」
子供達は小声で言い争っているが丸聞こえである。
「そこで、この先輩冒険者である俺がお前たちと一緒に依頼を受けてやる。パーティーに大人がいないと城門の外に出て依頼を受けれないんだけど、俺には秘策があるからな。どうする?」
インビジブルの魔法で透明になって抜ければいいのだが、その秘策とやらには興味がある。
「どうやって城門の外にでるの?」
「知りたいか? それじゃあ俺達と一緒に依頼を受けるのか?」
「僕たちは、このコットン池近くに行くつもりなんだけど、それでもいいのならいいよ」
「コットン池か。それなら、【シンバダケ】だな」
「【シンバダケ】?」
「モンスターに寄生するキノコさ。あの辺はスライムとかがいるからな、それに寄生しているやつが狙い目だ。その二人が持ってる剣なら簡単に倒せるさ」
「ふーん、それでどうやって城門の外に出るの?」
「おっ。一緒に依頼をするってのでいいんだな。よし、それじゃあ、俺達について来い。俺はバット。こっちは妹のロビンだ。そっちは?」
「僕がグリフィスで、こっちがエドガーだ」
簡単な自己紹介を済ませて、俺達はバット君の後を追う。
王都の賑やかな場所を通り抜けて、少し寂れた場所へと移動していく。そこは王都でもスラムのような場所であった。不法移民たちが作り出したアングラな場所である。
「ここって危ない場所なんじゃ?」
俺はバットに話しかける。
「う~ん、場所によってはそうだけど、この時間は大丈夫さ。俺達の家もこの近くにあるからな」
つまりは2人はスラムの住人という事だろう。
しばらくすると、王都を取り囲む壁の近く到着する。
「着いたぞ。ここだ」
俺は辺りを見回す。
「どうするの?」
「ここだよ。ここ」
バットが指さした先には木の板が敷かれていた。それを上に立てると下には子供が一人通れる小さな穴があいていた。
「ここを通れば城門の外に出られるんだぜ」
俺は穴に首を突っこんで向こう側を見る。2mくらい先に光が見える。
「ここを通るの?」
「そうだぜ。ここを通れば大人をパーティーに入れなくても城門の外に出れるからな。取り分が増えるぜ。さぁ、行くぞ」
バット君が穴に入り、次にロビンちゃんが入る。次にエドガエル君が入り、最後は俺である。
誤算だったのは俺の我儘ボディである。子ども一人がやっと通れる穴に俺のボディは悲鳴をあげる。
く、くそ……こんなことなら【インビジブル】を使っていつも通り城門を通過すればよかった。なんてことだ。まるで脱獄犯ではないか。いや待て、下水道を通って外へ出なかっただけでも良かったと思うしかない。
俺は芋虫のようにうねうねと身をよじりながら穴を進んでいく。そこで俺は閃いた。こういう時こそ土魔法の出番である。存在する土を操るのは農作業でお手のものである。俺が通れる穴の大きさにするために魔法を使う。これで簡単に移動することができる。やってて良かった土魔法。ありがとう、ラズエルデ先生。土魔法のおかげで俺はこの暗黒の道を抜け出すことができましたよ。
俺は穴を抜け出すと、腕を伸ばして天を見上げた。
雨は降っていなかったが、太陽の光が俺を祝福してくれているかのようであった。
「ぎゃははははっ!! 何してんだよ!! 土まみれじゃないかよっ!! だから汚れてもいい服を着てきた方がいいんだよ」
バット君は俺を見て笑っている。
最初に魔法を使う事を思いつかなかった俺は全身土まみれになってしまっている。
「【浄化】」
俺は光魔法のクリーンを使って全身を洗浄する。
「えっ?!!」
「魔法?!!」
兄妹は俺が一瞬で綺麗になって呆気に取られている。
俺はエドガエル君とロビンちゃんにもクリーンの魔法を使う。
『ありがとう』
「えっ?? ええっ!!?」
ロビンちゃんは自分の体を見て、全身が綺麗になったのを何度も確認している。
少し汚れていた体もすっかり綺麗になり、灰色がかっていた服は驚きの白さを取り戻していた。当然のことだが、黒いシミも全てなくなっている。
「ふ~、それじゃあ行こうか」
「……ちょっ、待てよ。俺は? 俺にもその魔法で綺麗にしてくれよ!!」
一人だけ土まみれなバット君は声を上げる。
「いや、冒険者の勲章を奪ったりしたら恨まれるかなって思って」
「………えっ?! いやっ………うっ、うっ……」
「お兄ちゃん………」
「うっ、嘘です~。嘘だったんです~。全然こんなものは勲章じゃあないんです~。ちょっとマウントをとろうと思って、適当なことを言っただけなんです~。だから俺にもその魔法を使ってください~」
そういいながら俺に抱きついてくる。
「ちょっと、やめろ。汚いから、くっつくんじゃあない。わかった、わかったから」
「ほんとか? 嘘だったら、また抱きつくぞ」
何が悲しくて男に抱き着かれなきゃあならないんだ。
俺は再び自分にクリーンをかけたあと、バット君にもクリーンをかけてあげた。
「ひゃっほー。見ろよロビン。新品と変わらないぜ。これなら売ることもできるんじゃないか!!」
なんてたくましい子供なんだろうか。
こうして俺達の初依頼が始まったのである。




