第85話 文明開化の夜明けぜよ
冒険者の登録は偽名でも大丈夫なザルなものだったので、グリフィスとして登録することができた。Fランクのできる依頼はそれほど多くないようなので、ひとまず登録だけしてあの日は帰宅した。アイロスさんがそのうち指名依頼を出すそうだが、気が向いたら冒険者ギルドに確認に行くことにしよう。金策に切羽詰まっているというわけではないからな。まずは漫画を流行させることが、今一番大事なことである。
というわけで今日はラズエルデ先生が家庭教師をしにやってくるので、エルフの人たちにも漫画という文化を是非広めてもらえるようにしたいところである。
「ラズエルデ先生、紙の研究の成功おめでとうございます。こんなに早く大量生産にこぎつけてくれるなんてありがとうございます」
お兄様とラズエルデ先生は紙の安定的な製法の確立にとどまらず、大量生産の工場の建設まで行ってしまったのだ。
「ヨハンが優秀すぎるのじゃ。私はそれほど大したことはしておらんのじゃ」
「またまた、土魔法で工場を1日で作り出したって聞いてますよ」
「ふ、ふん。ヨハンでもできた事じゃ」
「いえいえ、お兄様もいろいろと忙しい身です。先生の魔法にはずいぶん助けられているはずですよ。長い間一緒にいれて良かったじゃないですか」
「ずっとというわけではなかったが、長い間一緒に作業することができたのじゃ。それには感謝しておるのじゃ。お主の家庭教師を引き受けて良かったと思ったのじゃ」
「そう言ってもらえて良かったですよ。どうですか? お兄様と、進展はありましたか?」
「し、し、進展ってなんじゃ? 私達は紙の研究を共にしただけじゃ。それ以上でもそれ以下でもない」
うーむ、お兄様のベッドにむしゃぶりつく変態エルフのくせに恋愛には奥手という感じだな。
「研究の成功を祝って食事にでも誘えば良かったじゃないですか?」
「私から誘うのか? それはちょっと難度が高いのじゃ」
「しかし、お兄様は多忙ですし、かなりモテているようですので、そのくらいがつがつしていかないと付き合うことなんてできそうにないですよ」
「つ、つ、付き合うなんて、私なんて………ヨハンは王族じゃし………」
「そんなことを考えていては100%お兄様は他の誰かにとられてしまいますよ。そうなってしまってから、あの時こうしていれば良かったと後悔するくらいならばあたって砕けろですよ。何もせずに後悔するくらいなら、挑戦して失敗して後悔した方がいいですよ」
「……うう………お主、本当に7歳児か? なぜ、そんなにも恋愛に詳しいのじゃ? いまいち信用できないのじゃ」
たしかに、前世の記憶があるとはいえ、この見た目は7歳児。説得力にかける。しかし、この会話の流れは好都合である。
「実はですね。先生に頼んで不動産を借りたじゃないですか。そこで、こんなものを作っているんですよ。そして、ここに恋愛とは何かということが書かれているんですよ」
俺はここ最近で売られた3冊の『ステップ』を先生に渡す。
「何じゃ、これは? こんなものを作るために、あの宿屋を買い取ったのか?」
「そうなんですよ。このために安価な紙も必要だったんですよ。まぁ、ひとまず、これを読んでみてください」
先生はページをめくる。
「何じゃ? 絵付きの本なのじゃ」
「そうですね。今までにないスタイルの本になります」
先生が読み終わるのを静かに見守る。
「うん? 話が変わったのじゃ?」
「そうですね。1冊に4つの話があって、2週間に一度続きが発売されるようになっています。今後軌道に乗れば話も増やしていくつもりです」
「ほう………ふむ、ふむ………ふぇ~………えっちぃのじゃ………」
1冊読み終わったら、俺は続きの本を先生に差し出す。
「これが続きになります」
「なるほどなのじゃ………1冊目を購入したら、続きが気になって永続的に購入させることを目論んでおるのじゃな。阿漕な商売を思いついたものじゃ」
「いえ、この本自体は銅貨1枚で購入できるので、既存の本に比べれば遥かに安く購入できます」
「何? 銅貨1枚じゃと………なるほど、私たちが開発した紙を使ってぎりぎりまで値段を下げているのじゃな。でもそれだとかなり売れなければ赤字になるんじゃないのか?」
「いえ、これ以外に単行本というものも発売しようとしています。同じ話を10話分まとめたものを銅貨3枚で販売予定です」
「なるほど、考えられておるのう。最初の方を見逃しても、その単行本とやらを買えば追いつけるというわけか………それにしても、これのどこに恋愛のイロハが書かれておるのじゃ?」
「このフローリアさんの書いた作品は先生にぴったりの話になります。貧乏な女の子とお金持ちの男の子との恋愛を描いた話になるんですよ」
「………」
先生は無言で、2冊目を読み終わり、3冊目を俺からひったくり、フローリアさんの作品から読み始める。そうして、3冊目も全部読み終わると、激しい剣幕で俺に尋ねた。
「続きはどこで買えるのじゃ?」
「続きはまだ発売されていないので、来週に書店で買う事ができます」
「うう、すごい続きが気になるのじゃ。お主はなんてものを産み出してしまったのじゃ」
なんて良い反応をしてくれるのだろうか。ゆくゆくは俺も知らない漫画を描いてもらうようになって、自分も同じような反応をしたいものである。
「そこで相談なんですが、この本をもっともっと世の中に広めたいのです。先生の伝手で、エルフの国にも広めてもらえないですか? 勿論売り上げに応じて先生にも給金を支払いますので」
「なるほどのぅ。これを一度手に取ってしまえば、この禁書の魔性の魅力には抗えんというわけか。お主も悪じゃのぅ………」
「販路拡大に協力していただければ、少し先に読むことができますよ」
「なん……じゃと……わかったのじゃ。広めるのに協力するのじゃ。これは新しい文化なのじゃ。どんどんと取り入れなければエルフの国は取り残されていってしまうのじゃ!!」
先生は再度1冊目をとり、もう一度読み始めるのだった。
何か忘れているような気もするが、先生が漫画にはまってくれて俺は嬉しい。
こうして授業をすることなく、家庭教師の時間は終了するのだった。




