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第84話 ギルド嬢は見た

 冒険者ギルドからの連絡がトキワ亭に届いた。

 風の旅団の副団長アイロスさんからのお誘いである。俺が時間を変更したのだが、それに合わせ日時の変更がなされていた。

 俺は冒険者ギルドに赴いて、その日時で大丈夫な旨を伝える。

 その時に、受付のお姉さんからこのような場合の振る舞い方をレクチャーされた。依頼後の食事会は依頼者側が食事代を出すのが一般的であるとか、相手よりも先に到着しておくべきであるとか、もし次の指名依頼も格安で頼みたいのであればカードを再び貰わなければいけないなど、俺が子供だと思って1から10まで説明を受ける。

 誘いを受けたうえにそれほど行きたくないというのにこちらが食事代を出すというのもおかしな話ではある。しかし、風の旅団は優良なクランなので、ちゃんとしないと勿体ないとか凄い勢いで捲し立てるので、俺は何も言い返さずにただ頷いていた。


 そして食事会当日、俺は冒険者ギルドの三階にある食堂に約束の5分前くらいに訪れた。

 入口の反対の壁際のテーブルにはアイロスさんともう1人見知らぬ女性が座っている。褐色の肌で黒い髪の毛は編み込みをしている凛々しい女性である。

 どうやら、先に着いておかねばならないという教えをいきなり破ってしまったみたいだ。


「すいません。遅れてしまったようで」

 俺は素直に頭を下げる。

「いや、私達も今来たところだたから気にしないでいいですよ」

 副団長のアイロスさんは俺みたいな子供に相変わらず丁寧に接してくれる。

「ありがとうございます。ちなみに、そちらの女性は?」

「今回君に頼まれた依頼を一緒にこなしたクランのメンバーの一人でジゼールです」

 紹介されたジゼールさんは無言で俺にお辞儀してくれたのだが、ちょっと眉の間に皺がよっている。もしかして睨まれているのだろうか。以前に服屋でクランのメンバーのコンラートさんにも因縁つけられていたが、副団長以外は基本的にいろんな人にヘイトを向けているのだろうか。アイロスさんも苦労しているのだろう。


「依頼の件はありがとうございました。おかげで助かりました」

「そうですか。それは良かった。あんな野草で本当に良かったんですか?」

「ええ、あの野草で大丈夫でした。今日はお礼にこちらが御馳走します」


 ギルドのお姉さんに言われた通りにこちらが支払う旨を伝える。


「いえ、今日はこちらが呼びましたからね。それに依頼者とはいえ、子供に払わせるなんてことはしませんよ。こちらがお支払いするので、気にせず注文して頂いていいですよ」


 太っ腹な事である。俺はメニュー表を開く。何にしようか。冒険者ギルドに持ち込まれた魔物の肉を使った料理が並んでいるようである。


「小腹が空いている程度なら、このドードーの姿焼きがおすすめだぞ」


 黙っていたジゼールさんが俺に料理を勧めてくる。


「ドードーの姿焼きですか?」

「そうだ。森の中で取れる魔物で、冒険者がよく野営で食べているんだ」


 ジゼールさんが勧めてきたドードーの姿焼きをメニュー表で見ると、このメニューの中で最安値の食べ物である。つまり、森に行けば簡単に捕まえられる魔物ということだろう。

 せっかく奢ってもらえるのであれば、高いものを注文しよう。昼飯は食べてきたが、奢ってもらえるのであれば別腹である。こんな時のための鍛え抜かれた胃袋である。俺はメニュー表の値段の高いところを見ていく。そこには値段が時価となっているものや銀貨が何枚も必要なメニューがある。

 店員が注文を聞きに来たのでアイロスさんとジゼールさんは注文を頼む。俺もそれに追随する。

 

「このワイバーンのステーキというのをお願いします」

勿論、時価である。

「かしこまりました」


 店員は去って行く。

 

「僕~、分かってるのかな〜? 時価っていうのは、すっごく高いってことを意味するのよ~。あなたが支払った依頼料をこえちゃってるわ~」


  ジゼールさんの顔は笑っているが、その目は全然笑っていない。


「こら、よさないか。ジゼール!」


 アイロスさんが窘める。


「だってこの坊や、全然金銭感覚がなってないダメ貴族よ。あなたにFランク依頼を【黒】のカードを使って頼むし、いくらおごりだからってワイバーンのステーキは頼まないわ。副団長も、副団長じゃない。明らかに赤字になっているじゃあない」

「これも営業活動の一環だよ。君にもこういった活動をしていってもらわないといけないからね。損して得を取れという格言が商人にあるように、我々冒険者もそういったことを考えないといけないんだ」

「副団長はこの坊やに何を期待しているのかは分からないけど損して損する未来しか考えられないわ。ワイバーンのステーキなんて銀貨10枚はするじゃあない。私達がもらった依頼料は銀貨3枚よ」


 お~、そんなにするのか。

 たしかに俺が支払った依頼料を大幅にこえてしまっている。アイロスさんは俺に何を期待しているだろうか。俺にも分からない。反対の立場なら俺もジゼールさんのように憤慨するかもしれない。しかし、注文を取り消すつもりはない。

 それにしてもワイバーンを一頭持って来ることができれば金貨くらいは手に入るということだろうか。冒険者は世知辛いと思っていたが、なかなか夢のある職業なのかもしれない。


「ジゼールも頼みたいなら頼んでもいいよ。今日は私が奢るからね」

「………すいませーん。私にもワイバーンのステーキを一つ追加してください」


 ジゼールさんは何か言うのを諦めて店員さんに注文を追加する。


「それで今日は何でまた食事に誘ってくれたんですか?」

 

「そうだよ。副団長!この坊やに奢る意味が分からないんだけど」

「まぁ、さっきも言ったように、単純にお得意様になってもらった方がいいからって理由だけどね」

「この坊やが?」

「コンラートから聞いてないのかい? この坊やはハップル服飾店で金貨を何枚も使って買い物をするほどの子供だからね。是非とも顔をつないでおきたい。それに王立学園の生徒らしいからね。友達も皆お金持ちの人が多いだろう」

「王立学園? この坊やが? 本当に通っているか怪しいもんだがなぁ。僕~、本当に通っているの?」


 ドキっ!! ジゼールさんなかなか鋭いですね。そこを突っこんでくるとは。王立学園にはまだ通っていないです。この前アイロスさんに嘘ついてしまいました。まぁ、いずれ通うのは間違いないし訂正する必要はないだろう。今訂正すれば怪しさが限界突破してしまう。


「ええ、まあ」

「ふーん」


 ジゼールさんは明らかに疑っている。


「グリフィス君はお金を持っているというのは間違いないだろう。収納式の魔道具も持っているようだしね」

「収納式の魔道具ですって? オークションでも滅多に出ないと言われる、あの?」


 収納式の魔道具? それは、なんじゃらほい。持っていると断定されているが、俺はそんな魔道具は持っていない。


「そうなんだ。ハップル服飾店で使っていたんだよ」

「ハップル服飾店?」


 たしか、闇魔法を使ったのをばれないように鞄に入れた後、風魔法で鞄を膨らませていたはずだが。というか収納式の魔道具なるものがあるのか。俺は闇魔法でそれを再現しているので、アイロスさんはそれを収納式の魔道具と思っているということか。それにしても何故俺が収納を魔法で行っているのがばれてしまったのか。


「そう。最初はグリフィス君があの重い服を持って素早く動いていたことに驚いていたんだが、よくよく考えれば、収納式の魔道具を使っていたのではと思い至ったんだ。それで、今回の依頼でクリュの野草を鉢付きで30個納品したんだけど、ギルドの受付嬢が言うには、全て鞄に収めていたと聞いて確信したわけさ」


 個人情報が駄々洩れじゃないか。ギルドの受付嬢は何をやっているんだ。


「本当に持っているの?」


 ジゼールさんが聞いてきたので、「持ってます」と答えた。ギルドの受付嬢の証言があるなら嘘をついても仕方がない。


「やっぱりですか。お金があってもなかなか手に入れることができないものですからね。本当に羨ましい。もし売却を考えているのでしたら、是非売ってほしいですね。購入した金額の倍くらいなら出しますよ」


 俺の持っている鞄はただの鞄である。これを売ると詐欺で捕まってしまう。だからいくら積まれても売ることはできない。しかし、どのくらいで売ることができるのかは知っておきたい。


「これは親から貰ったものなので、購入金額とか知らないんですけど、大体どのくらいなんですか?」


「知らずに持っているのか? オークションなんかでは、容量が少なくても白金貨20枚くらいで取引がされる品物だぞ」


 ジゼールさんが教えてくれる。容量によって変わるのか。俺のこれは無制限に入れることができるから、白金貨何枚の価値があるのだろうか。恐ろしい金額がはじき出されそうである。白金貨1枚は1000万円くらいの価値があるので俺の鞄は何億という価値があるということか。


 待てよ。最低でも2億もするような鞄を倍で買い取ることができるってことはアイロスさんはどれだけのお金を持っているのだろうか。少なくとも4億以上は持っているということか。ジゼールさんは言動からしてあんまり持ってなさそうだな。10万円のワイバーンのステーキでいろいろ言っているようだし。副団長とその下ではそれほどの財力の差があるということか。


「ちなみにグリフィス君の鞄の容量はどれくらい入るんだい?」


 無限ですと言いたいところだが、それは何だか不味い気がする。


「容量は気にしたことがないので、どれくらい入るかは分からないですね」

「ほう、かなりの量が収納できるようだね。本当に素晴らしい。手放す気はあるかい?」

「すいません。親からもらったものですので。勝手に売る訳には………」

「やはり、そうですか………」


 そんな魔道具があれば俺には必要ないので、白金貨10枚以上で売れるなら売ってしまいたいところである。しかし、実際には俺は持っていないので売ることができない。そんなことを考えていると、ワイバーンのステーキを持った店員がやってくる。


 そして、ワイバーンのステーキを俺とジゼールさんの前に提供される。

 俺は早速ナイフをステーキに入れる。すると、すっと力を入れずに切ることができる。切り取った肉を口の中に入れた。

 

 舌の温度で肉の油がじゅわっと溶ける。これは噛まずに溶けるというあれですね。味付けは単純に塩コショウだけなので、肉の旨味が口の中いっぱいに広がる。俺は次々に肉を口の中に入れていく。


「僕~、今までに食べたことがないほど美味しいでしょう? ワイバーンのステーキなんて滅多に食べられるものじゃないのよ~」

 

 ジゼールさんの目は相変わらず笑っていない。まぁ、でも、10万円のステーキは確かにいつでも食べることができるというものではない。


「そうですね。牛や豚とは違う濃厚な肉の旨味が感じられますね。でも、家でもっと美味しい肉を食べたことはありますね」


 これは牛よりもグレードが上であることがはっきりと分かる。しかし、これよりも美味しい肉を食べた記憶がある。そう、お兄様が用意してくれた肉である。お兄様は俺のためにいろいろと美味しいお肉を持って帰ってくれる。その中にはこのワイバーンのステーキより美味しいお肉がいろいろとあった。何の肉は知らないけど、あんな美味しいお肉を手に入れる伝手を持っているとは流石お兄様です。


「?! ワイバーンの肉より美味しいって、坊やの味覚はおかしいんじゃあないのかい。副団長、この子に本当に奢って良かったの。まるで、この料理の価値が分かっていないよ。味覚が麻痺している貴族のボンボンだね。私の言ったとおりドードーの姿焼きで十分だったんじゃあないかい」


 ジゼールさんがあらぶっておられる。


「グリフィス君は家でどんな肉を食べているんだい?」


 アイロスさんが俺に尋ねる。


「いや、何の肉かは分かりませんが、このワイバーンのステーキより美味しいお肉はいろいろと食べたことがありますね」


「僕~、それはありえないのよ~。このワイバーンはAランクの魔物のお肉なの。だから、これ以上のランクのお肉がいろいろあるはずがないのよ。だから、あなたの味覚がおかしいのよ」


「う~ん。確かにこれより美味しかったんですけど。そもそも、Aランクの魔物の肉が一番美味しい肉なんですか?」


「基本的に魔物のランクが上がるとそれに比例して味も良くなると言われているね。魔力が肉を変質化させると言われているから、高い魔力を持つ魔物の肉ほど美味になるらしいよ」


 そんな法則があるのか。流石はファンタジー世界。


「となると、僕の食べていた肉はSランクの魔物という可能性があるということですか」


「それはありえないわ。Sランクの魔物の肉は基本流通しないわ。オークション等で出されることがあるけど、出された時はこのワイバーンのステーキと同じ量でさえ金貨数枚が飛び交うほどなの。そもそもオークションで買えればラッキーで、お金を払えば手に入るという類のものじゃあないの。例え貴族といえど簡単に手に入れることができるものじゃあないわ。おおかた、坊やが食べたのはEランクくらいの肉じゃあないかしら。食べなれた肉が美味しく感じるってことはよくあることよ。だからドードーの姿焼きでもお子様の舌には十分だったのよ」


 確かに食べなれた肉が美味しいということはありえるが、お兄様が持って来てくれる肉はそんな次元の味ではないように感じるんだけどなぁ。


「それほど勧めるのでしたらドードーの姿焼きも追加で注文してもいいですか?」

 俺はアイロスさんに尋ねる。

「いいですよ」

 苦笑いしながらアイロスさんが追加で注文してくれた。

「まだ、食べるの? ワイバーンのステーキを食べた後に?」


 ジゼールさんは驚いているが、俺の胃袋は宇宙である。その気になれば、口の中に闇魔法を設置して全て食事を収納することもできる。アイロスさんはお金持ちのようなので、あと2,3品頼んでも大丈夫そうだ。


「それでさっきの話なんですけど、その鞄を購入ではなく、貸してもらうことはできないですか? もちろんレンタル料は支払いますよ」

「レンタルですか? それも……ちょっと」

「何故なの。うちは風の旅団なのよ。信頼があるクランなのよ。貸すくらいはいいじゃあないの。何もタダで貸してほしいと言っているわけじゃあないんだから」


 というか、俺の手を離れてしまえばこの鞄は無限に収納できる鞄ではなくて、ただの鞄である。貸せるなら貸してあげたいが、無理なものは無理なのである。


「すいません。手元から離すことはちょっとできません」

「僕~、さっきも言ったように、風の旅団が坊やのものを盗むようなことはしないのよ」

「ジゼール、やめないか! こちらが無理なお願いをしているんだ」

「だって、副団長!!」

「そうだな。もし都合が合えばでいいんだが、君が荷運び人としてついて来てもらうことは可能なのかい? そうだな、一日で銀貨最低30枚は出すよ」


 一日で30万はボロ儲けだな。まだ漫画も事業として安定していないし、収入源は確保しておいた方がいいだろう。


「それなら大丈夫だと思いますけど………危険な場所は無理ですし、日帰りで行くことができる距離でしか同行することができませんよ」

「ほう、それはいいね。では、それでこちらから依頼を出すという形にしておこう。もう冒険者登録はしているのかい?」

「まだしていないですね」

「是非登録するといい。こちらから指名するよ」

「はぁ。たださっきも言ったようにいつでも受けることができるわけではないですので」

「ああ、そこは大丈夫です。では、これからよろしくお願いします」


 俺が荷物運びという職業を手に入れた時、テーブルにはドードーの姿焼きが載った皿が俺の前に置かれた。


 そのフォルムは蛙そのものだった。






  

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