第83話 闇の副作用
依頼を出して五日後、俺はクリュと呼ばれているパクチーもどきを鉢植えつきで30本ほど受け取った。連絡のついた副団長のアイロスさんはクランの一人を連れて依頼を完遂させてくれたそうである。二人で行くと二人分の料金になるかと思ったらそんなことはなかった。依頼の難易度的に一人でも大丈夫だとギルドが判断した場合は何人で行こうとも一人分の料金でいいらしい。依頼者側からすれば良心的だが、冒険者にとっては収入に響く話である。
受け取った時にアイロスさんからの伝言も受け取った。後日ギルドの三階で食事の場をセッティングしているから来て欲しいとの旨を受付の女性から伝えられてしまった。【黒】のカードを使った相手とは任務終了時にこういった場が設けられることが慣例となっているらしい。面倒くさいので断りたかったが受付の女性が、そんなことはしないで欲しいと懇願されたので、時間を少し昼をまわった時間でいいならと伝えた。昼ご飯は基本的に屋敷で食べないといけないからね。
まあ、そんな面倒くさいイベントはひとまず後回しにすればいい。
俺は受け取ったパクチーもどきを鞄の中に収納して、屋敷へと戻った。
厨房ではアンジェが夕食の準備をしている。
「厨房を少し使わせてもらうよ」
「また新メニューですか?」
「いや、食べ物ではなくて飲み物だけどね」
「飲み物ですか? ジークフリート様の探求心は見習わないといけませんね。何か手伝えることがあれば、おっしゃってください」
「それじゃあ、まずはちみつを少し焦げ目がつくまで熱してください。そして、そこにカラメルソースをいれて混ぜてください。そうすれば基本のシロップが完成します」
「カラメルソースはプリンの時の黒い部分ですね」
「そうだね。それを大量に作ってほしいんだ」
「わかりました」
俺はマンドラゴラ(闇)と水から黒い炭酸水を作る。
別の容器にパクチーもどきのクリュを細かく刻み、屋敷にあったライムに似た柑橘系の果物を絞り入れる。
そして、炭酸水とパクチーライムもどきとシロップをよく混ぜる。
ひとまず1リットルほど作ってみる。
「何か凄い色をしていますね。本当に飲んで大丈夫なんですか?」
見た目は真っ黒で気泡が中から湧き出ている。コーラという知識がなければ、錬金術で失敗して出来上がった、何か得体のしれないものに思えてしまうのかもしれない。
俺はコップに入れて、一口飲んでみる。
!! こ、これは、まぎれもなくコーラだ。こんな少ない材料でコーラの味が本当に再現できるとは。半信半疑だったので、1リットルしか作らなかったが、これは量産に踏み切るしかない。
俺はなつかしさのあまり、コップの残りを一気に飲み干した。
この喉を通る時の刺激と口の中に広がる甘味、ああ、これこそ俺のスローライフに不可欠な飲み物である。
「美味しいんですか?」
「飲んでみるといい」
「?!! こ、これは、口の中で何かがはじけている気が……でも、甘くて、美味しいです」
「あら~、新しいスイーツの気配がするわ~」
「なんだか、ジークフリート様の新作レシピの気配がします」
光の妖精リンネが顕現すると同時にメイドのマーレが厨房に現れた。俺の新作レシピの気配を察知するとは2人とも異能者か。
「食べ物ではなくて飲み物なんだけどね。飲んでみるといいよ」
マーレにコップに注いだコーラを渡す。リンネには俺のコップに再び入れたコーラをすすめる。
「なんだか怪しい飲み物ですね。アンジェさん本当に美味しかったんですか?」
「はい、不思議な爽快感と甘さがあります」
「あ、甘いです~。何かしょっぱいものが食べたくなる甘さです」
そこに気付くとは流石は食いしん坊メイドのマーレである。
「ジークフリート様何か他にもあるって顔をしています」
「そこに気付くとは流石だ、マーレ」
「ジークフリート様のことなら全てお見通しです。顔を見ただけで何を言いたいか分かるようになってきました」
食べ物のこと以外はそれほど俺の意をくみ取ってくれてはいない気がするが、まあ、いいだろう。
俺は風魔法でジャガイモを薄切りにしていく。
「このくらいにじゃがいもを薄切りにして油で揚げてください」
「す、すごいです」
「風魔法でそんなことまでできるようになったんですか? 私も負けてられません」
アンジェは素早くジャガイモを包丁で薄切りにしていく。そして、それを油であげてすくっていく。
「あとはこれに塩を振りかけて完成です」
ポテトチップの塩味である。
俺は一枚食べて、パリパリという歯応えを楽しむ。そして、塩味でいっぱいになった口の中をコーラで洗い流す。
「これは、甘味と塩味が交互に私の味覚を攻めてきます。何度もリセットされるので、いくらでも食べることができるんですけど」
マーレは凄い勢いでポテトチップを食べて、コーラを飲み干していく。その勢いはリンネが食べて減っていっていくのを気付かせぬほどの速さである。
『このポテトチップスというのはスイーツとは言えないけど、この飲み物と組み合わせればスイーツと言えないこともないわね』
『リンネさん。まだまだですね』
『えっ!! どういうこと?』
『分からないですか? どうやらマーレは気づき始めているようですよ』
「もしかして、このポテトチップスにはまだ先があるんじゃあないんですか?」
「マーレよ。そこまで気づけるようになってしまったというのか」
「やはり!! これって塩以外の味付けもできるのではありませんか?」
「その通りだ。そこに気付くとはただ食べるだけのうんこ製造機ではなかったようだな」
「う、うんこ?! ジークフリート様!! なんて失礼なことを言うんですか。私はれっきとした王族に使える、できるメイドですよ」
今日も朝ごはんの給仕でナイフを床に落としてしまうという失敗をしていた気がするが、言わないでおこう。
「なるほど、この薄切りにしたジャガイモの食感の上にいろいろな味を付け加えるというわけですか。まだ残りがありますし、他の味付けも試してみましょう。ブラックペッパーとかもいけますかね?」
アンジェも納得して、味の提案をする。
「それもいいけど、今日はひとまずスイーツよりの味付けにしようか」リンネがスイーツを希望しているからね。「フライパンにバターを溶かしてそこに砂糖を混ぜる。それをポテトチップスになじませるんだ」
「それは聞くからに美味しそうです~」
「砂糖を使いすぎている気もしますが………」
「気にしたら負けだよ。スイーツを作るのに砂糖が多くなるのは仕方のないことだから」
アンジェの作ってくれたポテトチップスの幸せバター味を皆で食べる。
パリッという小気味好い音を立ててポテトチップスの味を味わう。少し予想とは違うがこれはこれですごく美味しい。
「はうあ~、幸せです~」
「なるほど、ジャガイモとバターという組み合わせはありましたが、こうして砂糖と組み合わせるとデザートにもなりえますね」
『甘いわ!! それに、この口内に残った甘ったるさをコーラの甘さで洗い流せば、甘さと甘さの波状攻撃が私を襲って来るわ~。甘さが2倍、いや3倍、4倍にまで感じられるわ。私の身体よこの甘さに耐えきるのよ!!』
妖精リンネも嬉しそうにぱくついている。
アンジェは少しづつ味わって食べている。
マーレはごくごくとコーラを一気飲みしている。
「げふぅっーーー!!」
うら若き乙女が決して出してはいけない音がマーレの口から洩れる。流石はうんこ製造機である。みんなの視線がマーレに集まる。
「ううう。ジークフリート様の馬鹿―!!」
マーレは赤面して走り去ってしまう。決して俺のせいではない。慣れていないのに、コーラを一気飲みすればそうなってしまうのだ。
少し期待して、一気飲みを注意しなかったとか、そんなことは一切ないのである。




