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第80話 決起

 「早速料理をしてくれるんですか?」

 「はい。原稿が完成するまで文字入れをすることができませんし、掃除も廊下と食堂だけなので、すぐ終わってしまいますので。これでお給料をもらうのは何だか気がひけるというか………」

 

 トキワ亭に行くとニコルさんが料理もしたいと言ってくれた。


 「これから忙しくなってくるかもしれませんからね。あまり気にしなくてもいいんですが、料理をしてもらえるのはありがたいですね。福利厚生の一環として、ここにいる人は若干一名を除いて食の面でサポートしていきたいですからね」

 「一名とは?」

 「あー、奥の部屋に居候しているガードナーさんですね。奴隷館で一緒にいた人です。あの人は、このトキワ工房の関係者ではありませんから」

 「そうなんですか」

 「うん。だから基本的にあの人に何か言われても無視してくれて構わないので」

 「はぁ」

 「それで、どんなものを作ればいいか分からないってことですよね?」

 「はい。家庭的なものは作れるのですが、はたして皆さんの口に合うかどうか。以前にいたところでは料理はしていませんでしたので」

 「いいんじゃないですか、家庭的な料理で」

 「それが、その、あまり裕福でなかったので、調味料などもここにあるほど使ってませんでしたし。皆さんのお口に合わないかもしれません」

 

 この世界の料理人はどうやってレシピを教わるんだろうか。レシピ本を探せばあるのだろうか。屋敷にいる料理人のアンジェに今度聞いておこう。


 「まぁ、ここで出す定番料理を何品か教えておくよ。それを日替わりで順番に出してくれればいいから」

 「グリフィス様が教えてくださるのですか?」

 「まぁ、そうだね。こう見えて、料理には詳しいからね」

 「なるほど………」

 すぐに納得しているが、まさか俺の体型を見て納得したわけじゃないよね。王族の隠しきれぬ知的なオーラが納得させているんだよね。


 「グラタンに生姜焼きにハンバーグに………その辺を順番に出していってもらえれば大丈夫でしょう。10種類くらいを順番に回してもらえれば」


 カレーとか出したいところだが、まだ完成に至っていない。


 「生姜焼き? ハンバーグ? それは何でしょうか? 前に働いていた場所では食べたこともありませんでしたけども………」


 みんなが大好きな定番メニューである。


 「ガードナーさんに御馳走しなければなりませんし、今日はハンバーグにしましょうか。今日はチーズもあることですし、チーズインハンバーグを教えましょう」


 「チーズインハンバーグ、ですか?」


 「そう。ハンバーグの中にチーズが入っているんだ」


 「はぁ。ハンバーグというのは?」


 「まぁ、作ってみましょう。台所の準備をしておいてください。僕は、2階にいる皆に夕飯をこの食堂で食べるかどうか聞いてきます」

 

 俺が2階で漫画を描いている4人と暇人なガードナーさんに夕飯を食堂で食べるかを聞くと、全員食べるとの返事が返ってくる。


 「どうやら皆食べるみたいですね」

 「そ、そうですか。では頑張ります」

 「まぁ、そんなに難しくはないから大丈夫ですよ。まずはこのペンネブルの肉とジャイアントポークの肉をミンチにします」


 俺はペンネブルの肉とジャイアントポークの肉を魔法で浮かべて、風魔法でずたずたに切り刻み、ミンチにする。

 

 「えっ? あ、あの、そんなことできないんですけども………というか折角の美味しそうな肉をそんなに細かく切り刻むなんて勿体ないんじゃあないですか?」


 初手から不可能だった。


 「あ~、まぁ、この作業はおいおいなんとかしましょう。ひとまずハンバーグを作る時は自分がミンチにして渡すことにします。それほどの手間もかかりませんし。ハンバーグには肉をミンチにするという工程は必要不可欠なんですよ。こうすることにより、そのまま焼く時とはまた違った味わいがでるのです」


 ニコルさんは納得してくれたようである。それにしても、風魔法は最高だな。面倒な工程があっという間に終えることができる。


 「次に玉ねぎをみじん切りにします」

 「それならできそうです。私にやらせてください」


 ニコルさんに任せると、問題なく包丁で玉ねぎをみじん切りにする。


 「上手いですね。では、それと、さっきの肉に卵とパン粉を混ぜ合わせます」

 「パンコ?」

 「パンの固くなったものを小さく砕いたものですね。ハンバーグ以外にもいろいろと使えて便利です」

 「……なるほど?」


 「あとはこれを楕円形に丸めます。これだけで焼いてもいいのですが、今回はこの中にチーズを入れていきます。そして、焦げ目がつくまで焼くだけです。簡単でしょう」


 「……最初の工程以外は、そうですね」

 「まぁ、そこはミンチが作れる器具を作ってもらう方向で行くしかないですね」

 「はぁ」

 「あとはタレをつくらないといけません。たまネギとバターを熱して、ワインにレモン汁、そしてペンネ村のソースを加えて出来上がりです」

 

  俺の言った通りにニコルさんにたれを作ってもらう。


 「すごい食欲をそそるいい匂いがしてきました。あつっ」


  ニコルさんはプライパンのソースを凄い速さで指につけて口へと運び味見をしていた。その速さは俺でなきゃ見逃していた凄まじい速さであった。手の先がぶれたと思ったら、その動作はすでに終わっていたのだ。


 「おいおい、なんだ、この暴力的な匂いは………夕飯まで待ちきれないぞ」


 台所の入り口にはガードナーさんが立っていた。


 「もう少しでできますので、食堂で待っててください」

 「お、いいのか。流石、坊主、話が分かるな。あと、この気持ちは俺だけじゃないみたいだぜ」

 

 食堂の方を見ると、4人も階下へと降りて来ていた。


 「夕飯には少し早いですけど、ハンバーグを焼いて盛り付けていきましょう」

 

 バターで焼いた野菜を付け合わせて、盛り付ける。一緒に出す【黒猫亭】で購入したパンを温めなおして完成である。デザートにもう一品あれば十分であろう。皆がもう集まっているので、俺のストックしているデザートをだすことにしよう。俺が作ったサツマイモはリンネが嫌がるので、先生の作ったサツマイモで作ったスイートポテトをデザートとしよう。俺は鞄からスイートポテトを取り出す


 「あの、これは?」

 「スイートポテトっていうお菓子ですね。本来はこれも作りたいところだったんですけど、時間がなさそうなので、教えるのは次回ですね」

 「スイートポテト?」

 「そう、サツマイモを使ったお菓子です。特別なサツマイモを使っているからすごく美味しいですよ」

 「特別なサツマイモですか?」

 「うん。名のあるエルフが作ったサツマイモらしいよ」

 「ま、ま、まさか、ま、幻の?!! ゴ、ゴクリ………」

 

 どうやら他国にまでラズエルデ先生のサツマイモは有名らしい。ラズエルデ先生、恐るべし。


 「ニコルさんは食堂で一緒に食べるのと、こちらで一人で食べるのとどうしますか?」

 「え? ええ? 私もこれを一緒に食べていいんですか? 余りものではなくて」

 「ん? いいですけど」

 

 ニコルさんに料理をしたら食べてもいいって言ったような気もするが。食べさせない鬼畜野郎と思われていたなら心外である。


 「では一つ足りてません」

 「ああ、僕は帰ってから食べるので、大丈夫ですよ」

 「そうなんですか? もうお帰りになるんですか?」

 「皆が早く食べると言っているので、もうちょっと時間はありますが、ここでは食べないつもりですね」

 「食べていった方がいいですよ。こんな美味しそうな匂いがしているんですよ。食べないなんて、損しますよ。私なら、ここでも食べて家でも食べます」

 「……まぁ、言われてみれば……」

 「じゃあ、もう一皿盛り付けしますね」

 

 帰ってからでもアンジェの作った美味しい料理が待っているので、別に今食べなくても全然大丈夫ではあるのだが………ニコルさんは俺が了承する前に盛り付けを開始していた。時間もまだ大丈夫であるので、皆と親睦を深めるのも悪くないだろう。

 今日はニコルさんの紹介もしておこう。

 ニコルさんは、皆の食事を配膳して席に着く。

 ガードナーさんだけ別のテーブルに座っている。


 「皆さん、こちらはニコルさんと言います。先日からこのトキワ亭の雑用をしていたと思いますので、見かけられたことはあると思います。他に皆さんの文字入れを担当してもらっています。そして、今日から皆さんの食事を作ってもらえることになりました。皆さんがこの食堂で食事する場合、無料でサービスさせていただきます」

 「無料ですって!!」

 

 フローリアさんが驚きの声を上げる。


 「そうですね。皆さんの福利厚生の一環です」


 「福利厚生……?」

 アリトマさんが繰り返す。


 「そうです。給与面以外で皆さんの生活を支えていく施策になります」


 「それは素晴らしい。安く売るって聞いた時はどうなるかと思いましたが。順調に販売できているというわけですか?」


 オスカーさんが尋ねた。

 

 「まだ、予想の売り上げ部数には届いていませんが、おそらく大丈夫でしょう。皆さんの作品のクオリティは間違いのないものでしたから。これからもクオリティを落とさずやっていってもらえれば、自ずと結果がついてくると僕は確信しています。この福利厚生も、皆さんが余計なことを考えなくて良い環境を提供するためなのです。もし、素晴らしいと思っていただけるなら良い作品で応えてください。慣れてくれば、オリジナルでもうひと作品描いてもらえれば最高です」


「ちょっと待てよ、食費を浮かせれば、給料をまるまる使えるってことか? とんでもない好待遇じゃあないのか?本当に大丈夫なのか? 早くも倒産するとかやめてくれよ」

 オーボエ君が心配する。

 「ひとまずは大丈夫だと思いますよ。すぐに倒産することはないでしょう。こう見えてお金には余裕がありますから。皆さんがもうひと作品をオリジナルで描いていただければ、その分の報酬もちゃんとお支払いしますので」 オーボエ君は「マジか?!」と呟いている。他の皆も顔を見合わせている。


 「まぁ、冷めないうちに召し上がってください」

 

 「これが無料で食べられるなんて、坊主!! 太っ腹だな!!」


 隣のテーブルで食事しているガードナーさんが俺に話しかける。


 「ガードナーさんは関係ないですので、利用できません。残念ながら、本日限りになります」

 「ちっ!!」

 「今日は僕がニコルさんに作り方を教えたハンバーグという料理になります。それと食後のスイーツとしてスイートポテトを用意しました。ご堪能ください」


 「スイーツ?! 以前食べたプリンは美味しかったわ。あれも食べることができるの?」

 「プリン?」

 フローリアさんが俺に尋ねると、ニコルさんが首をかしげて俺の方を見る

 「そうですね。ニコルさんに作り方を教えておきますので、食べることができるようにしておきましょう」


 「やったわ。なんて素晴らしい職場なの。絵で食べていけるし。なんとしても軌道にのせるために頑張らなくちゃならないわね。て、この肉、凄くジューシーで噛めば噛むほど肉汁が溢れ出てくるじゃない。それに何か中に入っているわ」

「それはチーズですね。肉と一緒に食べると、味がマイルドになって美味しいですよ」


 ニコルさんを含めて無言でハンバーグの味をかみしめる。

 その沈黙をガードナーさんの声が破る。

 「おいおいおいおい、なんて料理を出すんだよ。俺の舌を唸らすだと!!おい、坊主!! これはいくらで食べれるんだ? 金を出すから、今後も食わせてくれ!!」

 

 う~ん面倒くさいな。


 「銀貨1枚ならいいですよ」

 

 ニートには払えまい。


 「銀貨1枚だと………ぼりやがって………」ガードナーさんはハンバーグを食べきらずに、スイーツであるスイートポテトも食べる。 「な、なんだ、この美味さは………し、信じられん……こ、これは、ま、まさか、そう言えばあの時………あの時いたのはエルフ……ということは……坊主!! 銀貨1枚払えば、このスイートポテトもついてくるのか?」


 「まぁ銀貨1枚でしたら、別にいいですけど」


 ニートには無理だろう。


 「分かった払おう。このメニューは銀貨1枚だな。それで提供してもらおう」


 なぬっ?! ニートのくせに銀貨1枚も出すのかよ。他の皆は「銀貨1枚……」とか呟いてひいているぞ。俺はガードナーさんのことは気にしないように言って、食べてもらう。それにしも一食に1万円も払えるのか? まぁ、ガードナーさんが食べたら臨時収入と思うことにするか。


 「これは本当に美味しいです。私も本当に無料でいいんですか?」

 「ニコルさんにはこれからいろいろな料理を覚えてもらって皆に振舞ってもらいたいですからね」

 「分かりました。一生懸命頑張りたいと思います」


 ハンバーグの美味しさに舌鼓を打ち、スイートポテトの甘さに他の皆も頬が落ちて、口々に絶賛の声をあげた。


 「グリフィス君の期待に応えれるように頑張るしかないようですね」

 「はい。どんどんと描いて、オリジナル作品も考えなければならないです」

 「そうね。まずは目標部数に届くように頑張らなくちゃね」

 「すぐに潰れてもらっちゃ困るからな。やるとするか」


 オスカーさん、アリトマさん、フローリアさん、オーボエ君の4人の作家は、食事を終えると立ち上がり、気持ち新たに2階の自分の作業場へと戻っていく。


 食事でやる気になってもらえるなんて、安いもんである。


 「おい!! おかわりはねぇのか? 俺にはまだもの足りないんだが」

 「いえ、それで御終いですね。追加には料金が発生します」


 世の中そんなに甘くないのだ。ついて来てもらって有難かったが、ここで甘いことを言えば、おかわりを何度もされそうである。ここは早いうちに断っておいた方がいいだろう。


 「ちっ!! 仕方ない………ほらよ」

 ポケットから何かを取り出して、俺の方に投げる。

 「えっ?!」

 銀貨だ。

 「銀貨1枚でこれと同じメニューが食べられるんだろう?」

 まさか、そんなに簡単に銀貨を渡してくるとは。このニートはどこからそんなお金が発生しているのだろうか。冒険者って儲かるのか?


 「………ニコルさん。残っている食材で、同じものを作ってあげて」

 「かしこまりました」


 【天運】のガードナー、ただのニートではないのかもしれない。

 

 

 

 

 

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