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第77話 ミーツ商会

 他の書店はソフィーの力は借りなかったが、【ライブラ】に置いてありますよ。時流に乗り遅れますよ。という営業トークにより10冊程度を置いてくれるところがちらほら出てきた。しかし、目標の販売数には遠く及ばない。初回で売れなければ雑誌の性質上2回目の方が多く売れるということは稀である。何が何でも今月中に5千部は売ってしまいたい。


 次は別の都市へと運ぶ行商人とも交渉することにする。


 持ち込むのは王都でも一、二を争うミーツ商会だ。王都に本社を持っていて、いろいろな地域に支部があるらしい。商品を安い地域で買い、高い地域で売るという総合商社のような商会である。


 本社の前に行くと、運よく馬車に荷物を詰めている人に指示を出している人がいる。あの人が責任者だろうか。その横には女性が立っており、そこには数人が列をなしている。俺は列の最後尾に近づいて、最後尾にいるひとに尋ねてる。


 「すいません。この列は何でしょうか?」

 「うん、ああ、ここはミーツ商会に自分の取り扱っている商品を地方に持っていってもらえないか頼むところだよ。あの嬢ちゃんのお眼鏡に叶えば、お偉いさんに取り次いでもらえて、自分とこの商品を大量に買ってもらえるってんで、こうして出発前は何人かが売り込みに来るんだ。前回俺の知り合いが服を持ち込んだんだが、全部買い取ってもらったとかでなぁ。俺もそれにあやかろうと思って並んでるってわけだ」

 「へ~、おじさんは何を売りこみに?」

 「うちは王都でパン屋を営んでいるんだが、王都のパンを地方にも売れないかと思ってな。味には自信があるからな」

 

 前の人が少なくなっていき、おじさんの番が来た。


 「王都で人気のパンを是非全国で販売してほしくてやってきました。是非食べてみてください」

 

 おじさんは15歳くらいの女性にパンを差し出す。


 「あなたは【黒猫亭】のパン屋ですね」

 「はい。知ってくださってましたか」

 「はい。よく食べさせてもらっています。ふっくらしたパンを焼く技術は素晴らしいものがあると思います」

 「おお、分かってくれますか。その食感を出すのに苦労しているんです。是非、いろいろな場所に持って行って頂きたい」

 「残念ながら、それはできません。たしかにあなたのパンは素晴らしいですけれど、日にちが経ってしまえば、その食感は失われてしまうでしょう。その食感が失われても、現地のパンに勝てる何かがあるのであれば別でしょうけど。それが何かありますか? 我々は1週間から2週間かけて各地を周るので、それにあった商品でなくてはなりません」

 「あ!! いや! はい………ありません」


 悪・即・斬である。売れない商品は瞬時に切り捨てられてしまうようである。おじさんはすごすごと手に持ったパンを抱えて帰っていく。知り合いの話を聞いて、軽い気持ちでやって来てしまったのだろう。その項垂れた姿には哀愁が漂っている。


 「では次の方」


 俺が呼ばれたので、女性の前に立つ。すると女性は悲鳴を上げた。


 「子供、ですか………ひぃやぁぁぁっ!!!!」


 俺の姿を見て悲鳴を上げるとはなんて失礼な女性だろうか。全くもってけしからん。


 「どうした」

 

 積み荷を運ぶ人たちに指示を出していた人が女性の方へと走り寄る。


 「お父様……いえ、何でもありません。少し動揺してしまいました」


 「………そうか。大丈夫なのか?」


 「はい。もう大丈夫です」


 女性の父親は元の場所へと帰って、再び指示を出し始めた。


 「すいません。いきなり悲鳴をあげてしまいました。あの……つかぬことを聞きますが、体調等は大丈夫でしょうか?」


 「?? 体調ですか? 全然大丈夫ですよ。特に調子がわるいとかはありません」


 俺の身体が不健康すぎると言いたいのだろうか。


 「何か変な魔道具などを身に着けておりませんか?」


 「魔道具、ですか? いえ、何も身に着けてはいませんけど………」


 「そ、そうですか。なにやら禍々しい気配を感じてしまいましたので……」


 そう言って女性は俺の左手の方へと視線を落としている。俺はその視線によって気付いてしまった。インビジブルで見えなくしているが、漆黒の指輪を5つ指にはめていることに。もしかして、この指輪は魔道具の類だということか。【ゼルシャ】が封印されているために、分かる人が見ればその気配を感じ取れるということか。


 「左手がどうかしましたか」


 俺は手のひらをパーにして相手に見せる。


 「い、いえ、どうやら私の勘違いのようでしたわ。それで、今回はどのような商品を持って来られたのでしょうか?」


 どうやら、これ以上は追及して来ないようで助かった。いろいろ聞かれると面倒くさい。

 俺は鞄から【ステップ】を一冊取り出した。


 「こちらになります」

 「それは………本、ですか?」

 「そうですね。新しいジャンルの本になります。【ライブラ】でも置いてもらっているのですが、他の場所でも売りたいと思いまして」

 「新しいジャンルですか? あなたが書いたのですか?」

 「いえ、僕が編集していますけど、書いているのは別の人になりますね。是非、読んでみてください」


 俺は女性に本を手渡す。

 

 素早くページをめくっていき、全てに目を通し終わったあと、再び1ページ目から読み始める。2回読み終わった後に顔を上げて俺に尋ねる。


 「確かにこれは面白いですね。文字だけでなく絵があるのが読みやすいです。ただ、内容が少ない気がしますね。この続きはあるのでしょうか?」


 「続きは2週間ごとに出して行く予定です。もう3回目まで着手していってるところですね」


 「なるほど、小分けにして販売していくというわけですか。なかなか魅力的な商品に思います。お父様と相談させてもらいます」


 どうやら第一関門は突破したようである。

 女性が呼ぶと父親がまたもややって来た。


 「リエールのお眼鏡にかなったのかい?」

 「いえ、私では判別できませんでした。しかし、これは面白そうだと思いました」

 「ほう、リエールでも分からなかったのかい。それはそれで興味があるね。一体何が持ち込まれたんだい?」

 「こちらの本です」

 「本?」

 

 俺は説明を付け足す。


 「そうです。今までにない新しい商品になります。つい最近では【ライブラ】でも取り扱いが決まった商品になるんですけど」

 「ほう。あの【ライブラ】でねぇ。君が書いた本なのかい?」

 「いえ、書いたのは僕ではないのですが、制作には僕が携わっています」

 

 さっき女性にした説明をもう一度する。


 「うん? これは、王立学園で最近開発された紙じゃないか。これを使えるってことは君は学生かい?」

 「いえ、それを自由にできる伝手があるだけで、学生ではないです」

 「そうなのかい? たしか第一王子とエルフが開発に関わっているって聞いたけど………まあ、それはおいておいて、これはどういうところが新しい商品なんだい」


 かなり情報通のようである。俺が王族だってばれたりしないだろうな。


 「これは漫画という新しいジャンルの本になってます。絵と台詞で構成されていて、絵本のように子供の層をターゲットにしたものではなく、広く大人から子供まで楽しめる作品になっています」


 娘さんにした説明よりも詳しく説明をする。


 「中を読んでみても?」

 「はい是非」

 

 娘さんと同じように2回、目を通した後、俺の方に向き直る。


 「面白いね。特にこのオーボエという人が書いた、死神の話が面白い。この続きもあるのかい?」

 「続きは2週間ごとに出して行く予定です」

 「お父様。私はこのフローリアさんの作品の方が売れると思いましたわ」

 「うん、女性にはそちらの方が売れると思うけど、成人男性をターゲットにした場合、こちらのほうが売れそうだと思うよ。それで、これはいくらで販売する予定なんだい?」

 「銅貨一枚で販売してほしいです。取り分はそちらが10%になります」

 「そんなに安く販売するのかい? それだと1冊売っても、こちらの利益は銭貨一枚になってしまう。それだとこちらに旨味がないね」

 「しかし大量に販売すれば、それなりに利益があがると見込んでいます。そして、10回ごとにそれぞれの作品を単体で販売する予定なので、その本は表紙が豪華なものと普通のものを作って、価格を差別化しようと考えています。豪華な方はある程度自由に価格をつけてもらっても構いません」

 「……ふーむ。たしかに、この死神の話だけの本があれば売れるような気がするね。それを売るために、こちらの本を安く販売するというのは悪い戦略ではない。なかなか考えていますね。分かりました、ひとまず千冊ほど購入しましょう。追加の方は売れ行きを見てということで」


 「千!!」


 「その安さで売るということはそれくらい用意しているんでしょう?」


 「はい。即決でしたので驚いてしまって。ひとまず鞄には10冊ほどしかないんですけど、トキワ亭に戻ればあと4千冊くらいはありますので」

 

 鞄の中から4千冊取り出せるのだが、明らかに大きさ的におかしいのでやめておく。


 「即決できるのには秘密があるんだ。それにしても、トキワ亭ですか? 聞いたことがないですね」


 「もともと【時の歯車亭】という宿屋があった場所を買い取りまして、新しい工房にしたんですよ」


 「ほう。それでは門を出る前に取りに伺わせていただきます。それでよろしいですか? 私はクロムウェル、そしてこちらが私の娘のリエール、これからいい付き合いができることを期待しているよ」


 「はい。それでお願いします。ありがとうございます。僕の名前はグリフィスと言います」


 俺達は固い握手を交わした。

 リエールと握手をしようとすると左手を差し出されたので、俺は左手で握手をする。その手は持ち上げられて、まじまじと観察された。

 何か、リエールの目の奥がきらりと光ったように感じたのだった。

 


 


 

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