第76話 販路
文字の問題が解決したが、台詞回しについては課題が残っている。だが、初めから完璧を求めすぎても仕方がない。ここは異世界なので、いずれリメイク作品を作ってクオリティを上げていくこともできるので、まずは創刊してしまうことが重要である。
三度目の修正を経て、俺としては満足のいくものができたので、台詞の清書をニコルにお願いし、表紙に全員のキャラクターを描いた表紙をつけて完成に至った。表紙には【ステップ】という雑誌の名前をつけることにした。完成したページから俺の魔法でどんどんとコピーをしていき、現本は俺の収納魔法で大切に保管しておくことにする。
価格は今までの羊皮紙の本からは考えられない低価格で販売することを決めた。税金や書店の取り分などを考えて、銅貨1枚で売ることにする。だいたい千円くらいの値段である。食事1回分くらいの値段である。これでも十分に利益はでる計算であるが、薄利多売をしなくてはならない。
これで黒字にするためには、月に2回発行する予定なので、最低でも1回に5千部は売れなくてはならない。王都の人工は20万人くらいなので、行商人にも買ってもらって他の都市でも買ってもらわなければならない。
しかし、俺には確信があった。この本を売り出せば爆売れしていく未来が………
そんなことを考えている時期が俺にもありました。
だが現実はそんなに甘くはなかった。
これが社会の厳しさというものか。
書店に持っていくのだが、すべて断られてしまった。
「そりゃ何だい。絵本かい? う~ん、うちでは扱ってないからねぇ」
「銅貨1枚で販売して欲しいだって? うちの取り分は10%? それじゃあ銭貨1枚の儲けしか出ないじゃないか。在庫を抱えるわけにはいかないからな。残念ながらうちでは無理だわ」
「本ってのは、こういう羊皮紙で作られたものを言うんだ。そんな安もんの紙だか何だかわからんもんはここでは扱えないな」
「こっちは遊びじゃねぇんだよ。ここは子供の来るところじゃないんだ。帰んな!!」
「トキワ亭だって、何だそりゃ。聞いたこともないぞ。帰った、帰った」
なんてこった。置いてもらえれば、なんとかなると思っていたのに、置いてもらうことすらできないとは。くそ~。魔法チートがあるというのに、どうにもならない。こんなに断られていたら、やる気すらなくなってくるぞ。【トキワ亭】で直に販売するとしても、それだと売れる数に限りがある。全ての書店で置いてもらい、他の都市でも販売できねばならないのだ。
営業を雇わねばならないのか。いや、何でもかんでも人を雇っていくのはやめておこう。今はまだ売り上げを上げていない状況なので、これ以上の出費はある程度の売り上げをあげてからだ。一度売れ始めれば、営業なんてしなくてもいいはずである。
ここは頭を使って、書店に置いてもらう方法を考えるしかない。
俺は後日、ソフィーの家に訪れた。
「ジークお兄様!! 今日も一緒に演奏をしますか?」
ソフィーとは週に1度のペースでサタン様を満足させるという目的で一緒に演奏をしている。ソフィーは、そんなことは知らないので純粋に俺とのセッションを楽しんでいる様子である。
「いや、今日はソフィーに頼みたいことがあって来たんだ」
「ジークお兄様の頼み、ですか?」
「そうだ。まずはこれを読んでみてくれないか」
「これは何ですか? ステップ? 画集か何かですか?」
「これは新しく作った漫画というものなんだけど、まずはソフィーが読んで、どう思うかきかせてほしいんだ」
「これをお兄様が作られたんですか? すごいです」
「描いたのは俺ではないんだけど、これの制作の指揮をとっているんだ。あっ、でもこれは内緒なので、俺が関わっていることは誰にも言わないでほしいんだ」
「こんなことをされていたんですか? 流石ですお兄様。わかりました。誰にもお兄様が関わっていることは他言しません。お兄様との秘密ですね。それじゃあ、早速読ませてもらいます」
ソフィーが読み終わるのを、用意してもらった紅茶を飲みながらゆっくりと待つ。
最後のページを閉じると、俺の方に顔をあげた。
「すごい面白いです。特に私はこのフローリアさんという方が描いた『フラワーよりも男子』という作品が気に入りました。続きはどうやったら読めるんですか?」
やはり女子には恋愛話が一番受けがいいみたいである。
「続きは2週間に一度書店で売り出されるはずなので、そこで買えるようになるよ。それは最初の号なんだけど、気に入ってくれたならあげるよ」
「いいんですか? ありがとうございます、ジークお兄様!! 書店ではいくらで買うことができるんですか?」
「銅貨1枚で書店で買えるよ」
「そんなに安いんですか?! 私のお小遣いでも買うことができます。いえ、絶対に買います。この平民の女の子がどうなっていくのかすごい気になります」
「それでその本を広く広めるために、ソフィーにやってほしいことがあるんだ」
「これを広めるため……ですか? 是非、協力させてください。友達に勧めるくらいなら私にもできますよ」
「いや、それもやってほしいけど、ソフィーには是非やってほしいことがあるんだ」
「わかりました。私にできることなら………」
俺は再び一度断られた王都でも一番大きい書店へと足を運んだ。
「すいません」
「また来たのか。坊主、何度来ても結果は変わらないぞ」
「いいんですか? 今日がこの本をここに置く最後のチャンスになりますよ。他の書店では置いてもらっているのに、ここでは買えないとなると王都一の品ぞろえというブランドイメージに傷がつくことになりますよ」
「はっはっは、その本が他で置かれているだって?そんなすぐにばれる嘘をついても駄目ですよ。子供の浅知恵ですね。この王都一の書店【ライブラ】に置いてもらおうとする心意気は買いますがね」
店主であり、カウンターに座っているブッカさんは【ステップ】を俺につきかえした。
「店長!! 店の前に王族の馬車が止まりました!! あの馬車はソフィア様が乗っておられる馬車です」
「そうか。皆、粗相のないように出迎える準備をしろ!! 坊主、今から王族が来るから、下がっているんだ!! 粗相をしたらどうなるか分からんぞ」
ここはソフィーの行きつけの書店であることはリサーチ済みである。店内は慌ただしくソフィーを迎える準備を始める。
扉が開かれると、ソフィーが店内に入ってくる。
「これは、これはソフィア様! 今日は御付きの方はご一緒ではないのですか?」
「きょ、今日は一人で買い物をしようと、お、思いまして、馬車で待機させております」
「それは素晴らしい。その御歳で、1人で買い物をなさるとは、流石は王家の血筋でらっしゃいます。して、本日はどのような本をご所望でしょうか」
「ちょっと、ゆ、友人から聞いた本が欲しくて。あ、あるかどうか分からないんですけど」
「他の書店にあって、この書店にないというような本はございませんよ。ソフィア様の探している本はきっと見つかります」
「そ、そうですか。そ、それじゃあ………あっ!! あ、あれです。あの方が手にもってらっしゃる【ステップ】という本です」
「えっ?!」
店主ブッカさんはソフィーからは見えていないが、驚愕の表情で俺の方に振り返る。
「さ、さ、流石は、お、王都一の書店ですね。か、か、簡単に欲しい本が見つかりましたわ。す、凄く安いって聞いているので、じゅ、10冊ほどまとめ買いさせてほしいんですけど、だ、だ、大丈夫でしょうか」
ソフィーの口調が噛みまくっており、全然大丈夫ではないのだが、ブッカさんは全く気付いている様子がない。王族であるソフィーと怪しい俺がつながっているとは思ってもいまい。
しかしてその実態は俺も王族なのだがね。
俺が王族であることは、今後の活動的にばれるわけにはいかないのだ。
「坊主、今何冊持っている?」
ブッカさんは俺に近づいて、ソフィーに聞こえない小さな声で耳元に囁く。
「100冊ほど」
俺は小さな声で返す。
「全部買い取ってやるから、カウンターの裏に置いて、自然な感じで帰ってくれ」
俺はそっと手渡された銀貨9枚を確認すると、小さな声でお礼を言って、100冊を置いて店を後にする。勿論、馬車にいるソフィーの関係者にはばれないように、帽子を目深に被って出ていくのだった。
ソフィーの大根役者っぷりには、はらはらさせられたが店に置いてもらうという目的は達成できた。
まずは何をしてでも店に置いてもらうことが重要なのだ。そして、王都一の書店に置いてもらったということはポイントが高い。
この実績をもってすれば、他の書店に置いてもらうのは前よりは簡単になるはずである。
俺は再び別の本屋へと、本を置いてもらうために足を運ぶのだった。




