第74話 奴隷館
とうとう、ここに手を出すときが来てしまったか。
いい考えというのは、奴隷を購入するということである。
この世界には奴隷制度というものが存在している。自宅に連れて行くことができないので手を出さないでいたが、トキワ亭という建物が手に入った今、ここに住んでもらえばいいじゃないだろうか。
字が綺麗ということだけに特化して、それ以外は何でもいいとすれば、それほど高くないのではないだろうような気がする。というか奴隷の相場が全然分からない。
奴隷を扱っている場所に行く必要があるが、場所が場所だけに俺一人で行くのは躊躇われる。誰か大人について来てもらった方がいいだろう。
奴隷を扱っているというダーティーなイメージのある場所なので、ラズエルデ先生はよろしくなさそうである。
となると………
「すいません。いますか?」
俺はトキワ亭の奥の部屋にいるガードナーさんを頼ることにした。娼館を利用しているくらいだから、奴隷なんかを扱っているところも知っているだろう。
「なんだ? 坊主」
扉が開くと、相変わらず上半身裸の大男が現れた。もう昼過ぎだというのに、頭には寝ぐせがまだついている。本当に冒険者活動をしているのか疑わしいところである。
「奴隷を購入しようと思っていまして、そういった店をご存じではないですか?」
「奴隷? 坊主が購入するのか? あれは貴族とかが購入するものだから、坊主はやめておいた方がいいぞ。まだ性に狂ってるってわけじゃねぇんだろ。一生を面倒みるくらいの心づもりでないなら手を出すべきじゃねえぞ」
「ガードナーさんが思ってるようなことを期待して購入するつもりではありませんよ。綺麗な字を書ける人材がいてくれないかと思いましてね」
「字? それなら、奴隷じゃなくて、そういう人材を募集すればいいんじゃないか? わざわざ大金を払って奴隷を購入する必要はないんじゃないのか?」
たしかに雇った方が安上がりか。ちょっと奴隷というものに興味があったのだが、迷うな。
「まあ、そうかもしれませんが、あわよくば料理なんかもできる人であれば、ここに住み込みで働いて貰おうと考えているんですよね。後はここの掃除とか。四六時中この屋敷を管理してもらうことを考えれば、もう奴隷を購入してしまった方がいいかなと。ただこのトキワ亭の管理と代筆業務の人員を募集するという方が安上がりであれば、そちらも考えたいところですね。実際奴隷って一人購入するのにどのくらいかかるんですか?」
「そうだな。子どもだと銀貨150枚~200枚くらいが相場だな。成人していれば銀貨300枚~600枚で、だいたい女性の方が高いな。特別な技能を持っていれば金貨が何枚も必要になってくる場合もあるな。オークションなんかで買われる奴隷なんて、金額は青天井だからな」
「オークションなんてものもあるんですね」
それにしても、一人の人生をこの世界の一般的な年収くらいで買えてしまうのは高いのか安いのか判断がつかない。ずっと働いてもらうことを考えれば奴隷の方が得のように感じてしまう。給料を半分にして支払ったとしても奴隷だと2年で元が取れる計算になる。
「それにしても」ガードナーさんが俺の思考を現実に引き戻す。「食堂で食事を頼めるように考えているのか?」
「まあ、それが第一の目的ではないですけどね」
「ふーむ、ここが便利になるっていうなら悪い話ではないな。わかった!!ちょっと待ってろよ。王都にある奴隷館に連れてってやろう。坊主のためにここは俺が一肌脱いでやろうじゃないか。どうせならナイスバディな奴隷を頼むぜ」
「そういう目的ではないですから。それにもし購入した場合、ガードナーさんは手を出すのは禁止ですよ。そんなことをしたら、出て行ってもらいますからね」
「恋に落ちてしまったら仕方がないだろうが」
ガードナーさんは、笑いながら身支度のために部屋に戻っていった。部屋から出てきた姿は胸当てにマントを羽織り、背中には大剣を背負っていた。
「物騒な恰好ですね」
「奴隷館なんて、怪しい野郎どもの巣窟だからな。舐められねぇようにしておくにこしたことはねぇ」
「そういうものですか」
「そういうもんだ。それじゃあついて来な」
俺はガードナーさんの案内で、王都の西区へと移動した。
「この辺りはスラムなんかがあるからな、スリには気をつけろよ。坊主」
王都にこんな場所があったとはな。王都の闇を垣間見た気がする。ガードナーさんの風貌は一見しただけでやばそうなので、人が近づいて来る気配すらない。俺は後ろにぴったりとくっついて移動しているため、トラブルに逢うことなく奴隷館へと到着した。
「邪魔するぜぇ」
ガードナーさんは奴隷館の扉をあけ放つと、頭の禿げた小太りなおっさんが俺達を出迎えた。
「ようこそ、シーガー奴隷館へ。きっとあなたに会う奴隷が見つかることでしょう。私はここの支配人をしております。シーガーと申します」
お客が来た時の決まり文句を発しながら恭しく礼をした。俺は早速希望の奴隷を伝える。
「字が綺麗で書くのが早い奴隷がいれば、購入したいのですが。できるだけ費用は抑えたいので、安ければ安いほどありがたいです」
「字………ですか。字以外にご希望はありますか」
「そうだな。ナイスバディな方がいいだろうな」
ガードナーさんが勝手に希望を出す。
「ちょっと待ってください。こちらが言っていることは気にしないでください。字以外は基本的に求めません。強いて言えば料理を作ることができるとなおいいです。ただ、それも副次的な要素ですので、第一は字ですね。それ以外は求めません」
「そうですか………それでは字さえ書ければ欠陥品であったとしてもよろしいと言うことですか?」
「欠陥品とは、何ですか?」
「戦争や事故で四肢のどこかが欠損していたりする奴隷のことになります」
「そういう奴隷は安くなるんですか?」
「そうですね。通常の半額くらいにはなりますね。ただ、そういう奴隷は売れ残ってしまうので、あまり仕入れてはおりませんが」
「字さえ綺麗であれば、他は気にしないです」
「そうですか。それでは字が綺麗なものを欠陥品を含めて何人か集めますので、誰がいいかその中からお選びください」
「テスト的なことを行ってもいいですか?」
「どのようなものでしょうか?」
「僕が口頭で話した内容をかき取っていってもらいたいのですが」
「なるほど。それくらいなら構いませんよ。では、こちらの部屋でお待ちください。条件に合うものをお連れしますので」
俺達は応接室のような部屋へと通された。大きな長方形の机の周りには、椅子が8つずつ並んでいる。俺達はその椅子に座る。待っていると、男性2名女性5名計7名の奴隷を連れてシーガーさんは入ってくる。
「こちらの7名が字に自信があるもの達になります。どうぞお試しになってください。お前たち椅子に座れ」
シーガーさんは強い口調で奴隷達に命令を下すと、7名の奴隷は椅子に着席した。俺は鞄から紙とペンを取り出して、それぞれの前に置いていく。
「これから、僕が言う通りに文字を綺麗にそこに書いていってください」
俺は適当な文章を口にする。
7人はペンにインクをつけて、ペンをさらさらと動かしていく。言い終わった後、文字の書かれた紙を見比べる。3人の書体が俺の目に留まる。他も上手い人はいるのだが、本にした場合を考えると3人の書体は一文字一文字が正方形の中に納まっており、字の大きさにぶれがないところが良かった。男性1人に女性2人である。
「こちらの3名の中から選びたいと思うんですが、値段はどの程度なんでしょうか?」
俺はシーガーさんに選んだ3名を伝えると、男性が銀貨450枚、女性の一人が銀貨700枚、そしてもう1人の女性が銀貨400枚とのことだった。
「おい、坊主。この中だと、この女性一択なんじゃないか?」
ガードナーさんが選んだのは銀貨700枚の女性である。完全に容姿で選んでいるな。
「ちなみに、こちらの女性が安いのは何故なんでしょうか?」
俺はガードナーさんが選ばなかった女性について尋ねる。
「そうですね。こちらは元はグルリコという国の宮廷に仕えていたんですが、どうやら王族を狙った毒の食事にあたったらしく喉をやられてましてね。声が出ないんだそうですよ。会話を筆談でしているので、字を書く速さはかなりのものだと思いますよ。お客様の要望にはうってつけにはなると思います」
「なるほど、それで購入した場合どのように扱えばいいんですか? 待遇面などはどのようにすれば?」
「それはお客様次第かと。ただあまりに酷い待遇をすれば脱走したり自害したりする奴隷もいますからね。足枷をご所望でしたら、別途料金を支払って頂ければ、ご購入いただけますけど」
どうやら主に忠誠を従わせるような魔法はないみたいである。代わりにあるのが、鉄球のついた足枷で、簡単に逃走できないようにしているみたいだ。
「いや、それはいいです。それじゃあ……」
「ちょっと待て!! 坊主!! 考え直せ! あちらの方がいいんじゃないのか? 本当にそれでいいのか?」
俺が購入を決心しようした時、 ガードナーさんが耳元で、もう1人の女性を勧めてくる。
ガードナーさんが勧める女性はグラマラスな体つきをしている。それに対して俺が購入しようとしている女性は全くもって胸の起伏がなかった。顔は美少女という感じだが、その体つきから美青年と言われても信じてしまいそうである。
「そうですね。この方を購入します」
俺は鞄の中から金貨を4枚無造作に取り出した。
「ありがとうございます。それでは諸々の手続きに移らせていただきます」
シーガーさんは笑顔で俺から金貨を受け取った。
ガードナーさんは「そんな馬鹿な」と信じられないものを見たかのような目で俺の方を見た。
そんなに気に入ったなら自分で購入すればいいのに。凄腕冒険者でも、奴隷を買うことは難しいのか? そもそも今思えば、昼まで寝てるこのガードナーさんはある意味ニートみたいな生活を送っているんじゃあないだろうか。本当にちゃんと稼いでいるのか。疑わしいものである。
この時俺は決意した。
ガードナーさんの宿泊費が滞った瞬間に部屋から追い出してやることを………




