第73話 良い誤算と悪い誤算
ご飯を食べながら、それぞれに書いて欲しい話の概要を説明していく。フローリアさんには恋愛系の漫画をひとまず描いてもらうことにする。架空の学校を舞台に、お金持ちでイケメンな4人と平民の女性による恋愛話である。学校の行事などは異世界風にアレンジしていけばいいだろう。出だしと、大まかな流れを説明する。
オスカーさんには微エロ担当を担ってもらうことにする。ちょっとエッチなドタバタコメディを描いてもらう。試験の時に煽情的な絵を描いていたので、そういった方面の漫画が合っている気がしたからである。
最後に、赤髪の青年ことオーボエ君には、ノートに名前が書かれると死んでしまう話を描いてもらうことにする。本当はスポーツ漫画とかを描いて欲しいところであるが、この異世界にはスポーツという文化も魔法を使ったものが主流なので、俺が知っている漫画の知識だと、大幅なアレンジが必要になってしまう。最初はアレンジがあまり必要なく受け入れられるものがいいだろう。
それぞれ本当に売れるかは未だに半信半疑のようではあるが、先に報酬を手渡しているので、仕事はちゃんとこなしてくれそうな感じはしている。
全員の食事が終わり、俺の説明も終わったので、早速【トキワ亭】へと皆を案内した。
「ここが皆さんの仕事場になります。必要な道具などは、それぞれの部屋に用意してありますので、そこで作業をしてください。もし追加で用意してほしいものがあれば、おっしゃっていただければ、すぐに用意させていただきます。寝泊りすることも可能なので、言って頂ければベッドも置くことが可能です」
俺は皆を2階にある部屋に案内しながら説明をしていく。
今ならダニー不動産に言えば、倉庫にあるベッドなんかを格安で譲ってもらえる。
「奥のあそこの部屋は埋まっていますので、他であればどこでも、ご自由に部屋を選んでください。基本的に今後はその部屋があなたの仕事場になります。1階のキッチンや食堂は自由に使っていただいて構いません。一階の食堂スペースで打ち合わせや等を行っていく予定です」
説明を聞くたびに4人の口からは驚きの声が上がっている。
「ここに住んでもいいのか?」オーボエ君が聞いたので「大丈夫ですよ。住むにしては、部屋が少し小さいかもしれませんが」
「いや、全然俺には十分な広さだ。今住んでいるところより広いくらいだ。ベッドも頼めば置いてくれるのか?」
「いいですよ。他の方はどうしますか?」
フローリアさんは迷ったあと、ベッドを置くということで、全員がベッドを希望することになった。こんなことなら、ベッドを持ち出すんじゃなかったな。
フローリアさんは安定して稼げることが分かったら、給料で他のところを探すらしいが、今は金欠らしくて、ここに住み込みで働いてお金を貯めるそうである。
「家にある荷物も持って来てもいいんですか?」
次にアリトマさんが尋ねる。
「いいですよ。選んだ一部屋はもうあなたのものなので、この工房に所属している間は、ご自由に使ってもらって構いません。稼げるようになれば、他のところに移ってもよいですし、家を買うのも良いですし」
「家を買う………そんなことになれば、すごいですね。それでは明日にでも、家にある荷物を全部こちらに持って来て、引っ越すことにします」
「この紙は?」
オスカーさんは机の上に置いてある白い紙を手に取る。
「最近王立学園で開発された安価な紙になります。必要であれば、どんどんと補充していきますので、気にせず使ってください。ひとまず最初は頻繁に僕も口を出すと思いますけども、慣れてくれば、ラフ画の段階で一度だけ修正するくらいで済むようになってくると思います」
「紙が自由に使えるとは………なんて贅沢なことか………」
「本当ね。これを作ったっていう第一王子ってとんでもないわね」
「すごいイケメンっていう噂もあるしな。俺には劣るとは思うが」
「馬鹿ねぇ。あなたなんかが敵うわけないじゃない。相手は雲上人なのよ。オーラがちがうわよ」
「はっ。そういう噂はだいたい尾ひれがついて回るもんなんだよ。だいたいオーラってなんだよ。どうせ、道ですれ違っても絶対気付かないだろう」
「相手は王族なのよ。気づくに決まっているじゃない。私の半径10mに入っただけで、たとえ背後にいたとしても存在に気付くと断言できるわ」
オーボエ君とフローリアさんが言い争いを始めている。そして、フローリアさん、あなたの目の前に王族がいますが、あなたのそのレーダーは壊れていますよ………全く俺のオーラを見逃してしまっていますよ。誰か俺のオーラを見て「私でなきゃ見逃しちゃうね」って台詞を呟いてほしいぜ。
俺は二人の争いを制止して、再び話を戻す。
「さっきは2週間毎と言いましたが、最初の20ページは1カ月後にしましょう。そして、最初の1週間でキャラクターデザインと、20ページのラフ画を完成させてください。こんな感じで」
俺は用意していたキャラクターだけが描かれた紙と、棒人間と台詞だけが入ったコマ割りになっている紙を皆に見せる。
「ゆくゆくは僕は1週間毎に来るつもりですけど、最初のうちは毎日少し様子を見に来ますので、分からないことがあれば、どんどんと聞いてください」
皆に集中線やこま割の仕方など漫画のテクニック的なことを話した後、それぞれの部屋に入って作業しに行くのを見て、俺はトキワ亭をあとにした。
その足でダニー不動産に赴き、ベッドを4つ運んでもらう手続きをして帰宅した。
次の日、俺はトキワ亭に再び訪れた。
食堂に4人集めて進捗状況を尋ねる。
「ベッドが早速届きました。ありがとうございます。あと、これなんですけど、どうでしょうか?」
最初に、アリトマさんから原稿を受け取る。
「もう、こんなに描いたんですか?」
1日しか経っていないというのに20ページの原稿が手渡された。そこに描かれたラフ画は、棒人間より数段上のクオリティで描かれたもので、原稿を持つ手が思わず震えてしまった。
「すごいですよ。これは。かなり僕の思うものになっていますよ」
細かい部分は違うだろうが、7つの球を集めるというところと、主人公とヒロイン的な女性との出会いが描かれている。キャラクターデザインの段階で俺が描いていたものをブラッシュアップしてもらったので、違和感が全くない。
「かなりということはまだ改善の余地がありますかね?」
「そうですね。背景なんかも、もっと現実的ではなくて、雲や山もこんな感じで描いて簡略化した方がいいですね。あとは最後のコマですね。次の話を読みたいと思わせるような引きのコマで終わらせることが重要になってきます」
「なるほど」
アリトマさんの次にフローリアさんとオスカーさんの原稿を読む。原稿はまだ2人とも4ページくらいで、コマ割り等は大丈夫だったが、キャラクターデザインの細部の無駄をそぎ落とすように言った。絵画のような絵ではなく、まったく新しいジャンルの絵を描いているという意識でやってもらわなければならない。アリトマさんの絵は漫画の絵に近いが、それを参考にしつつ、独自の絵を描いてもらわなければならない。俺は何種類かのタッチの違う漫画の絵を紙に描いて、アドバイスをする。
最後にオーボエ君の漫画である。
オーボエ君の漫画は2人とは逆に多少リアルな絵で細部まで描いているものがいいとアドバイスをする。
しかし、ここである重大な事に気付いてしまう。
オーボエ君の字と台詞回しが拙かったのだ。字がすごく読みにくいうえに、台詞回しがあまり良くない。台詞回しは俺がなんとかするとしても、字をどうにかしなければいけない。
今思えば3人の字も綺麗であったが、統一されていない。タイプライターすらないこの世界なのである。
これは何とかしないといけない。
俺は少し考えた後、解決する方法を思いつくのだった。




