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第70話 星詠み

 どうしてこんな事態になってしまったのか。


 単純に俺の認識の甘さが原因だったといえるだろう。


 宿屋が売却されて、オーナーが変わったために宿屋を出て行ってほしい旨を伝えたところ、何故か、それを拒否。困ったダナ爺さんは、ダニーさんに相談して、手続きをしに訪れた俺にそれを伝えた。

 俺は言った。


 「大丈夫です。なんとかなるでしょう」

 

 周りの部屋の荷物が持ち運びだされていけば、そのうち違う宿屋にでも移っていくだろうと思っていた。しかし、それは大甘な考えであった。ダナ夫妻が引っ越して行った後も、その冒険者は出て行くことはなかったのだ。

 条件に合う物件の少なさから、是が非でもこの物件を押さえねばという思いがあったために、起きてしまった悲劇といえる。


 俺はラズエルデ先生を引き連れて、奥の部屋へと向かった。


「すみません」

 

 俺は部屋の扉をノックした。


「ここは下がっているのじゃ」


 おお、ラズエルデ先生が俺を後ろへと下がらせた。その手にはダニーさんにも渡していた袋が握られている。エルフ印のサツマイモで全てを解決させるつもりのようである。


「おお、来たか」


 扉の向こうから男性の声が聞こえた後、扉が開く。中から大きな体躯をした上半身裸の男が現れた。


「………チェンジで」


 大男はラズエルデ先生を上から下まで、特に胸あたりを見た後、チェンジという言葉を残して、扉を閉めた。


「な、な、な………なんて奴じゃ。この私を娼婦と間違いおった。しかもあろうことか、この私を見てチェ、チェンジじゃと!! 許せん!! ジーク、見ているがいい!! お主の行っている詠唱破棄は魔法発動までは速いが、そこには大いなる欠点があるのじゃ。この【キングオブイモ】と恐れられた最恐の土使いラズエルデの完全詠唱による究極魔法を!! ≪天空穿て エウロに君臨す 泥の王 挂なる者有り 縊なる者無し 開闢から続く その双眸で凝視する 久遠の時を滅却し 刹那の時を膨張せよ 英傑は集い 曇天は爆ぜ 蒼穹を運べ ………」


 ただならぬ気配を醸し出し、長文詠唱は止まる気配を見せない。


「せ、先生!! 先生!! 一体、どんな魔法を使おうとしているんですか!!」


「こ奴の真下の地面から土の槍を生成し、天高く、串刺しの刑に処してやるのじゃ!! 一度発動させれば、この槍は自動で相手を追尾して仕留める!! 失敗することはないから安心するのじゃ!! せっかく、あと少しで詠唱が完成していたというのに。仕方ない、もう一度やり直しじゃ!! よく見ておけ!! ≪天空穿て エウロに君臨す 泥の王 挂なる者有り 縊なる者無し 開闢から続く その双眸で凝視する 久遠の時を滅却し 刹那の時を膨張せよ 英傑は集い 曇天は爆ぜ 蒼穹を運ぶ ………」


「いやいや、ちょっと待ってください!! そんな魔法を使ったら、この建物がぶっ壊れてしまいますよ。下手したら、周りの建物も危ないじゃないですか。どれだけのお金が消えるか考えてください」


「むぅ………しかし、この私を侮辱したんじゃぞ!!エルフの至宝!!【キングオブイモ】であるこの私を!!」


「まぁまぁ、落ち着いてください。ここは僕が交渉しますから」俺は再び扉をノックする。「すみません。開けてください」


「もう替えが来たのか?」扉が開かれる「ああ?! 俺に男のショタブタとやる趣味はねぇぞ!! チェンジだ!!」

 大きな音を立てて扉が閉まる。


 「ああっ!!誰が丸焼きチャーシューだって!! この三下のどちんぴらがーっ!! 冗談は顔だけにしておけよーっ!!」


 「何をしようとしているのじゃ!! 魔法を発動させるのをやめるのじゃ!! ひとまず落ち着くのじゃ!! お主にはヨハンと同じ血が流れておる。将来はイケメンになること間違いなしじゃ!!」

 

 ラズエルデ先生が俺をとめる。


「すいません。取り乱しました」

 

「そうじゃ。一回落ち着くのじゃ。王族がそんな汚い言葉を使っては駄目じゃぞ」


 俺は頷いて、再びドアをノックする。


「開けてください!! 僕たちは娼婦じゃないですよ。ここの新しいオーナーです」


 三度扉が開かれる。


「ああ!! お前らがここの新しいオーナーだって?!」


「そうです。ダナ爺さんからここを購入したグリフィスといいます。ここはもう宿屋でないので、他の宿屋へと移っていただきたいのですが」


「………それはできねぇ相談だな。俺はここが気に入っている。いきなりオーナーが変わって、はい、そうですかと出て行くわけにはいかない」


「何でなんですか? この王都には他にも宿があるでしょう。食事の提供も、もうできないですし、他に移った方が合理的でしょう。そもそも、ここはもう宿屋ではなくなったのですよ。あなたのしていることは犯罪行為ですよ」


「ガキに言ってもわからねぇだろうが、俺の直感が告げてんだよ。ここから離れるなってな」


 直感? そんな理由でここに居座っているのか? 冒険者って聞いたけど、冒険者はこんな奴ばっかりなのだろうか。理不尽が過ぎるぞ。


「ひょっとしてお主、そんな(なり)をしていて【星詠み】のスキルでも持っておるのか?」


「ほぅ、流石は腐ってもエルフと言う訳か、【星詠み】のスキルを知っているか………」


 大男はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「【星詠み】?」

 

 俺はラズエルデ先生に尋ねる。


「うむ。滅多に持つものはいないんじゃが。そういう【ギフテッド】があるのは聞いたことがある。その昔に東方の巫女がその【ギフテッド】を持って未来に起こる厄災を振り払い、集団を統治していたと聞いたことがある」

 

 ピョートルさんの言っていた【ギフテッド】持ちがこんなところに。いや、でも能力持ちは非常に珍しいって言ってたような気がする。【星詠み】を持っているというのは、こいつの嘘かもしれない。

 先生は騙せても、王族である俺を騙そうったって、そうはいかないぜ。


「何も無料でここに居座ろうとしているわけじゃねぇんだ。前よりも宿泊料を高くしてもらっても構わないぜ。勿論料理の提供もする必要はない」


 そこまでして、ここに泊まる理由があるのだろうか。謎すぎる。


「………前まではいくら払っていたんですか?」


「前までは一日銅貨8枚だったが、一日銀貨1枚なら払ってもいいぞ。それに、ここにいる間は用心棒としても役に立つぜ」


 1日8千円を1万円にするのか。滅茶苦茶払うってわけでもないのか。それでも、1カ月で30万か………まだ漫画の事業が軌道に乗っているわけではないし、漫画家の給料の件もある。それに5千万もの大金が無くなってしまっているので、資金が心もとないと言えば心もとない。1部屋くらいなら、様子見で貸しておいてもいいかもしれない。俺の心は揺れた。それはもう、電気マッサージ器くらい揺れに揺れている。


「………ここに泊まるのにはいくつか条件があります。それでもいいなら………」


「おお、分かってくれたか。どんな条件でも大丈夫だぜ」


「一つ目、ここは新しい事業の作業場所になります。なので、娼婦を呼びつけるというのは今後ここでは控えてください。ここで泊まることが目的であって、ここでそういう行為をすることが目的ではないと思いますので、そういう事は他の場所でしてください」


「分かったぜぇ。しかし、その事業とやらも始まっていない様子だし、今日だけは大目に見てくれよなっ」

 

 強面の顔が子供のような笑顔になる。


「………まぁ、いいでしょう。今日で最後です。2つ目、ここで働く人達の邪魔になるような行為はしないでください。邪魔だと判断すれば力づくで出ていってもらいます」


「任せろ!! そもそも俺は日中はここにはいないことの方が多いからな。邪魔になるようなことはしないぜ」


「3つ目は、1月単位で宿泊料を先払いしてください。自分はここに頻繁に来れるかわかりませんからね。月の途中で追い出されるような行為をした場合は、そのお金は没収の上で出て行ってもらうことになります」


「いいぜぇ。そんなことにはならないだろうからな。ちょっと待っていろよ………」男は部屋の中に入って、戻ってくると、小袋の中から銀貨30枚を取り出して、俺に渡す。この量のお金をポンと渡せるということはかなり冒険者として稼いでいるのだろう。「ひとまず、これで1カ月分だ。これで文句ないだろう」


「………条件はひとまずは以上ですけど、1月毎に条件が追加される場合があると思ってください」


「要するに邪魔にならなければいいんだろ? 任せておけ」


「いいのか?」


 ラズエルデ先生が俺に尋ねる。


「ひとまず置いておきましょう。すぐに部屋が埋まることがないことを考えれば、あちらの提案は悪いものではない気がします」


「お主がいいなら、私は構わないのじゃ!! ここはお主のものじゃからな」


「そういえば名前を聞いていませんでしたね。伺っても?」


「俺か? 俺の名前はバークシャー・ガードナーだ。巷では【天運】のガードナーなんて呼ばれちゃいるがな」


 ガードナーは大口を開けて笑う。

 それにしても家名を持っているとは、どこかの貴族ということか。宿で暮らしていることから、他の国の貴族ということだろう。

 

 俺たちは扉を閉めて階下に降りて、建物から出ようとする。


 その時、建物の玄関が開かれる。


 そこから巨乳の美女が現れた。


 「あら、あなたがガードナーさん?」


 「いえ、ガードナーさんは2階の奥の部屋にいます」


 「そう。ありがとうね。坊や」


 俺の横を通り過ぎる時、甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。


 なんてことだ、あの野郎は、この美女と今から一戦交えようというのか。俺の殺意は、再び点火した。


 横でラズエルデ先生は両手で小さな胸を抱え、俯いて自分の胸を呆然と眺めているのだった。



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