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第64話 顔料

「お昼ご飯を買って来たので、一度昼休憩にしましょう」

 

 俺は鞄から取り出したふりをしながら、テーブルに置いて行く。パンに、串焼き肉に、サラダに、食堂が近くにあったので、シチューも入れ物に入れてもらってきた。それもどんどんと並べていく。あとはこの前のBBQで食べきれずに収納魔法に収めておいたものを皿に出していく。


「えっ、どれだけ買って来たのよ……」

「すごい豪勢です」

「さすがです。グリフィスさん」


 オスカーさんが俺をさんづけで呼び出したのが気になるが、無視するしかない。


「遠慮なく食べてください。足りなければ言ってください。この辺のお肉はまだありますから」

「!? まだあるの? 結構したんじゃ? 本当に大丈夫なの?」

「お金なら気にしないでください。では冷めないうちにいただきましょう」


 みんなも朝から集中していたせいか、黙々と食べていく。


「ところで皆さんは、どうしてダリオ工房の試験を?」


「そうですね。私はこちらでシスレ礼拝堂の天井壁画のような歴史に残る大作に関わりたくて受けにきたんですよ。いずれは名の残るのような作品を生み出せたらなと思っていまして」


 オスカーさんが最初に答えてくれた。たしかイノセントさんも同じような事を言ってたような気がする。ダリオ工房の代名詞にでもなっているのだろう。面接のような答え方が気になるが、仕方ない。また何か勘違いしているのだろう。


「僕はこの工房にいるロロさんの彫像に惹かれまして。昔から石を見ていると、その中に宿る形というものが見える気がするんだ。だから、それを本来の形にすることが楽しくてね。それを生業にできる職業に就けたらいいなってさ」

 

 絵だけでなく彫像志望の人には無理に勧誘しない方がいいかもしれないな。絵が上手いので是非落選したら雇いたいが、漫画は彼の夢とは合致しない気がする。


「………私は絵を描くのが好きなの。だから、絵を描いて生きていくために、この工房を受けに来たのよ。いずれは名を上げて宮廷画家を目指しているわ。それこそ、眉目秀麗と噂されるヨハネス様を描いて、後世に残したりできたら最高ね」

「女性がなるのは難しいと思いますけどねぇ。ましてや庶民の出て、第一王子に会うなんて夢のまた夢でしょう」

「だから、マーガレットさんがいるって言ったじゃないのよ」

「マーガレット女氏でも王族に会うのは難しいと思いますよ」


 オスカーさんが横やりを入れる。フローリアさんが落選すれば、雇えそうな気がするな。お兄様の絵を描くくらいなら、なんとかなりそうである。画力もあるし、絵が好きなら、漫画を描くことも条件次第ではやってくれそうな気がする。

 ここは先を見越して、俺の存在をアピールしておくか。


「話してくれて、ありがとうございます。僕なんか、興味本位で受けてしまったので、皆さんの志望理由が聞けて良かったですよ。お礼に、家で作ってきたデザートを召し上がってください」


 俺は鞄の中からプリンを4つほど取り出す。


「これは?」

「何ですか? これ」

「見たことがないわ」


「これはプリンというデザートです。こうやってスプーンですくって食べてください」


 俺が一口食べたのを見て、同じように口に入れた。


「甘い。美味しい。何?これ??」

「プルんとした食感と、絶妙な舌触り。そして、この濃厚な甘さ。一体何なんですか? これは?」

「本当だわ。美味しい。この上の黒い部分は、もしかして砂糖を焦がして苦みのアクセントをつけているの? これはかなり贅沢なデザートだわ。これをどこで……って家で作ったって言ってたわよね。有名なお店の子供なの?」

「いえ、家は料理店ではありません。単に趣味で作ったものです。皆さんに気に入ってもらえてよかったです。糖分は脳を活性化させますから、これを食べてリフレッシュしたら、午後からも頑張りましょう」

「料理店ではないのに、こんなに砂糖を使えるの? もしかして、貴族?いや、それならこんなところに試験を受けに来るはずがないわ。一体?」

「まあいいじゃないですか。グリフィスさんの詮索をするのはやめておきましょう。いずれ分かることでしょうから。そんなことよりも午後からの作業をどうしますか? グリフィスさんの絵とミルラン君の絵と、あとは背景を描いてから、色塗りをしないといけません。どうやら、絵具も顔料と乾性油を混ぜ合わせるところからしないといけないいたいですし、効率よくこなしていかないといけません」


 オスカーさんが詮索をやめたのは俺が試験官だと思っているからだろう。まぁ、俺の正体が明かされることはないがな。これで、フローリアさんも俺という存在に興味津々であろう。

 それにしても絵具を作ることからしないといけないのか。どうやるのだろうか。皆は当たり前のことのように受け入れているが、俺は驚きを隠せない。絵具なんてチューブから出しておしまいだと思っていたが、違うのか。


「絵具はどうやって作るのですか?」


 俺はミルラン君に聞いた。


「絵具を作ったことがないんですか? あそこにある、鉱石を砕いて乾性油と混ぜ合わせることによって、作り出すタイプのようですね。今回は限られた時間なんで、色も厳選して作って行かないと時間が足りなくなるかもしれませんね」


「うむ、正解だ。今回は色の選別も試験内容に含まれるのだろう。まずはグリフィスさんとミルラン君が絵を描いている間に、私達で基本色を作っておくことにしよう」


 オスカーさんが、ミルラン君に正解を告げる。

 たぶん、オスカーさんは俺がわざと知らないふりをして、ミルラン君を試したと思っているのだろう。しかし、絵具作りも試験に含まれるのか。

 それなら俺はもう絵を描かないで、絵具作りに専念した方がいいんじゃないだろうか。そうすれば、邪魔にならないしな。


 「それでは、僕が絵具作りをやりますんで、代わりにオスカーさんが僕の部分を描いてもらえますか」

 「………わかりました。ご期待に応えましょう」

 「それでいいの? 受からなくなるわよ?」

 「適材適所というやつです」

 「ここはグリフィスさんの言うとおりにいきましょう。何か深い考えがあるのでしょう」


 オスカーさん、僕に深い考えなどないですよ。落ちてもいいと思っているだけです。

 彼はミルラン君と絵を描き始める。

 俺はテーブルの上の空いた皿を鞄の中に収めるふりをしながら、収納魔法で収めていく。


 そしてフローリアさんと、基本色の鉱石と、それを潰すための道具を取りに行き、テーブルへと戻ってくる。

 俺はフローリアさんがやっているの見る。

 乳鉢に入れた鉱石を乳棒でごりごりと削っていく。


 「必要な量を作るのは結構大変な労力なのよね」

 

 たしかに大変そうであるがここはファンタジー世界である。魔法を使えば簡単なのではないだろうか。


 「これって魔法でやった方が早いんじゃあ?」


 「ぷっ。魔法が使えればね。そんな才能があれば、工房で働かなくても一人でやっていけるわよ」

 「じゃあ、魔法でやっても問題ないということですか」

 「できればね」

 

 俺は乳鉢の中だけで風魔法で作った刃を高速で回転させる。


高速刃(ミキサー)


 ごりごりという音と共に、あっという間に顔料が完成する。


 「えっ?? え?? あなた、魔法が使えるの? その歳で? えっ? どうして、試験に? えっ? えっ?」


 フローリアは混乱に陥ってしまった。


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