第62話 殺害未遂
「見たことのない絵柄だわ」
「斬新なデザインだとは思うが、この絵はどうだろうか………」
「面白いです。先鋭的な絵で、インパクトは凄いと思います」
オスカーさん以外には意外とうけている。
「ここの部分は何ですか?」
ミルラン君の質問に答える。
「ここはまだ描けてない部分なんですけど、天使を4人書く予定だったので、そのイメージだけ描きました」
「天使のイメージが何故そんな抽象的な絵なんです?」
「僕の考える天使はそれぞれが火、水、風、地の性質を有しているというものなので、そのイメージだけを描きました」
「天使を4体? では、この7体は全て悪魔という事ですか? 何故そんなに多く?」
次はオスカーさんの質問に俺は答える。
「この悪魔達は七つの大罪というやつですね。人間の罪を大きく七つに分けたものを悪魔として表現してみました。左から、【傲慢】【強欲】【嫉妬】【憤怒】【色欲】【暴食】【怠惰】を表す悪魔です。そして、ここに描こうとしている4体の天使が、大天使ミカエル、大天使ラファエル、大天使ガブリエル、大天使ウリエルになります。それぞれ、【勇気】【治癒】【伝道】【希望】を表す天使になります」
「………それは、どこの国の宗教の話ですか?」
「そんな話聞いたことないわ」
「でも、その設定は面白いですね。各々が得意な絵を担当することができますし、他のグループとも絵の構想が被らないじゃないですか?」
「しかし、教会への冒涜にならないかしら?」
「それくらいは大丈夫ではないでしょうか。他国の天使と悪魔というテーマで描くのは面白い試みだと僕は思います」
ミルラン君が俺の案に興味を持っている様子である。俺は3人の会話を黙って聞いていた。
「たしかに、この発想は被らないわね。【色欲】や【嫉妬】なんかはあなたが担当すればいいんじゃないかしら」
フローリアさんがオスカーさんに提案する。
「………【色欲】【嫉妬】を悪魔として表現するわけですか。たしかにインスピレーションが湧き出てきますね。そういうあなたは、どうしますか? 【傲慢】【強欲】の悪魔を担当しますか?」
「……いいけど、それって他意はないわよね?」
「そうですね。特にありませんよ。あとの悪魔は……」
「絵柄が皆さんとは違いますし、僕は色を塗る作業ぐらいでいいですよ」
俺は受かる必要がないので、簡単な作業だけに関わるようにしようとする。
「せっかく君の案が通ったので、君の絵を描けばいいんじゃないかな。そうすれば僕が君の絵が周りと違和感のないように修正するよ。【暴食】を担当するかい?それとも【怠惰】にがいい?」
ミルラン君もその選定に他意はないよね。俺の体型を見てそれを提案したというんじゃあないだろうな。
「……【暴食】でお願いします」
「それじゃあ、僕が【憤怒】と【怠惰】を描きます。後は天使ですけど、一人一体ずつにしましょうか?」
「それでいいわ。特に希望がないなら、私は水の天使を描いてもいいかしら?」
「いいんじゃあないですか? それでは私は風の天使を描きましょう。二人ともいいですか?」
「いいですよ。それでは僕は……火の天使を描きます」
ミルラン君は俺の方を見たので、俺は何でもいいという意味を込めて頷くと火の天使を選択した。となると残ったのは………
「僕もいいですよ。僕は光の天使ということですね。絵柄が違うかもしれませんけど………」
「大丈夫だよ。もし絵柄が合ってなければ、僕が修正するよ」
ミルラン君は俺のことを手助けしてくれるなんて、なんて気が使えるんだ。
「………なるほど。そういうことですか。私も修正を手伝いましょう」
オスカーさんはにやりと笑って、手伝いを申し出る。多分俺の事をまだ試験官だと思っているのかもしれないが、手伝ってくれるのであれば、その間違いを訂正しないでおこう。
「………私も手伝うわ」
フローリアさんも手伝いを申し出てくれる。多分オスカーさんの言った「俺が潜り込んだ試験官」という疑惑を気にして手伝いを申し出てくれているのであろう。
まるっきりお荷物になってしまっているのが否めない。
「それじゃあ、ひとまず各々が下描きでもう一度、それぞれの悪魔と天使を描いて、それを実際に配置していきましょう。昼までには絵を完成させて、午後から色を塗っていけるようにしましょう」
オスカーさんの合図と共に再び、それぞれが下描きを開始した。
俺としては他の班を見て回りたいところであるが、この班でお荷物になってしまっている現状、絵が完成していないのに歩きまわるのはいかがなものだろうか。
俺は【暴食】の悪魔として、漫画のキャラを描くことにした。トランプのハートのマークをつけた、ヒデブとか言って死ぬ巨漢キャラだ。これならば、他の人の絵柄に比べて浮くことはないだろう。
あとは光の天使か………
そこで俺はピンときた。
光の妖精リンネを描くのはどうだろうか。幸いあいつは呼びやすい。見ながら描けば、そこそこ上手く書くことができる。
早速俺はリンネを呼び出した。
『なになに、新作のスイーツが完成したのかしら』
『いや、絵のモデルになってもらおうと思って、呼んだんだ』
念じれば早速リンネが現れた。相変わらずフットワークの軽い光の妖精である。
『絵? う~ん仕方ないわね。終わったら新作のスイーツを食べれるならやってあげてもいいわ』
『じゃあ、それでお願いします』
『どんなポーズがいいの? こうかしら? それともこう?』
リンネは空中で、ない胸を強調したポーズを取ろうとする。
『いや、普通に飛んでる姿を、横から描きたいんだけど』
『そんなのでいいの? まあいいわ。この辺りで飛んでればいいのね』
『ありがとう』
俺は早速リンネを描き始める。
『それにしても、なんで、ペンで絵を描いてるの? 魔法で描いた方が楽じゃない?』
『えっ?? 魔法で?』
『そうよ。アンタこの前光魔法の【書物の転写】の魔法を使ったでしょ。その応用で【空間の転写】の魔法というものがあるのよ。なかなかイメージが難しい魔法なんだけどね。こうやって親指と人差し指で丸を作って、それを通して見た空間を、もう一つの手から紙に焼き付けるのよ。書物の転写と同じような要領なんだけど、イメージがねぇ』
なんだそのカメラのような魔法は、そんな便利な魔法があったなんて、早く知りたかったぜ。俺は早速【空間の転写】魔法に挑戦することにする。
片手の指で丸を作り、リンネをその中に収める。そして、紙にもう片方の手を置いて、カメラの構造をイメージする。丸の中にレンズをイメージして、そこに映し出された画像を反転して紙に焼き付けるというものである。
俺は光の魔力を込めて魔法を発動する。
『あっ………一発で成功してるじゃない。結構イメージが難しいはずなのに………と思ったら、全然駄目ね』
俺の【空間の転写】魔法が発動して、紙にはリンネの飛んでる姿が描かれていた。しかし、リンネからすれば失敗しているらしい。何が駄目だったのだろうか。かなりいい感じでリンネが描けていると思うのだが。
『見てみなさい。ここを、空間が歪んでるじゃないの。全然上手く転写されてないわ。お腹がぽっこり出てるじゃないのよ。それに顔もちょっと膨れてしまっているわ。やり直しよ、やり直し』
………いや、現実を受け止めるのだ。リンネさん。君はもう昔の君ではないのだ。正真正銘、その紙に描かれているのが今の君の姿なんだ。
『リンネ様。あきらめてください。これは正真正銘あなたです。鏡を最後に見たのはいつですか?』
『えっ!! これが………わたし………えっ、えっ、そ、そんな馬鹿な………』
俺がそんなことを思っているとミルラン君が俺に声をかけてきた。
「どうだい。大丈夫かい? って、上手い!! 君、こんなに上手かったのかい? すごいよ。特にこの光の天使が!! 本物みたいだ。こちらの【暴食】の悪魔に呪いをかけられて、ぶくぶくと太ってしまい、飛ぶのも億劫になっている様子なんだね。今にもこの絵から飛び出してきそうな迫力だ!!」
『………この子、殺してもいいわよね………』
俺はリンネが魔法を使ってミルラン君を殺害しようとするのを必死で止めた………




