第57話 読書の秋
秋の夜は長い。
娯楽の少ないこのファンタジー世界では、本は数少ない娯楽の一つといえるだろう。
自宅にある本も大体読破してしまったので、あらたなる出会いを求めて王都にある書店を訪れることにした。何気に一人で王都の書店に入ったのは初めてのことである。
「いらっしゃい。今日はどんな本をお探しですか」
書店内は外観のわりに小じんまりしており、それほど広くはない。カウンターには一人の眼鏡をかけたおじさんが座っており、その向こう側に本棚が並べられているが、ざっとみたところ数百冊ほどしか置かれていない。前世で置かれていた本の数よりは圧倒的に少ない気がする。
「何か面白い本はありませんか?」
「面白い本ですか? ジャンルを指定してもらわないと、おすすめするのは難しいですね。物語なら、勇者による冒険譚や恋愛もの、伝記、知識を得たいなら魔導書に聖典、薬草大全や魔物図鑑とうちは豊富に取り扱ってますからね」
いろいろあるな。ひとまず今日は夜の暇つぶしになる本を選んでおくか。
「う~ん、それじゃあ、冒険ものを見せてもらえる?」
「ちょっと待ってくださいよ………これなんか坊ちゃんにどうですかね。『聖剣の導き』。これは今話題のフーリエ先生が書いた最初の作品なんですが、読みやすいですよ」
それは自宅にあるので読んだことがあるやつである。挿絵もついており、子供向けの作品といってよいだろう。
「それは読んだことありますね。他の作品はありますか? できれば、もうちょっと大人向けの作品とかでもいいんですけど」
「おっと、坊ちゃんは『聖剣の導き』を読んだことあるんですか………では、この『聖堂の鐘は誰が為に鳴る』なんかはどうでしょうか。こちらは、今伸びてきているガッシュ先生の最新作になりますよ」
ガッシュ先生の他の本は自宅にもある。ちょっとした濡れ場も出てきており、少し年齢層は高めの作品を書いている印象である。
「う~ん、じゃあ、それにしようかな………いくらですか?」
「銀貨7枚になります」
自分で書物を買ったことがなかったが、7万円くらいするのか。結構高いな。全然払えるけどな。なにしろ王族ですから。
中世ヨーロッパの本は家一軒くらい買える値段だったことを考えると、安い方なのかもしれない。
「じゃあ、それでお願いします」
俺は銀貨7枚をポケットから取り出して、おじさんに渡す。
「じゃあちょっと待ってね」
おじさんはもう一冊本を取り出して、先ほどの一冊と机の上に並べる。おじさんは2冊の上に手を翳して呪文を唱えると、2冊の本はペラペラとページがめくられる。
よく見ると1冊は白紙で、最初に手に持っていた方の本だけに文字が書かれていた。しかし、ページがめくられる度に白紙の本には文字が浮かびあがっていく。
「じゃあ、これを。大切に読むんだよ」
「………今のは?」
「おや、転写魔法を見るのは、初めてかい?」
「転写魔法?」
「そうだよ。おじさんは転写魔法を使えるから、この書店をやっているんだ」
そんな魔法があるのか。この魔法があるから、活版印刷の技術が開発されていないのかもしれないな。しかし、本の値段が中世のそれより安いのは、この魔法のおかげといえるかもしれない。
「初めて見ました。そんな魔法があったんですね。属性は何なんですか?」
「属性は光属性だよ。光属性は珍しいからね。治癒なんかを使えれば一流と言われるんだけど、おじさんにはそこまでの才能はなかったのさ。でも、この転写魔法が使えることができたから、大好きな本に囲まれる生活を送ることができているんだ」
光属性か。俺にも使える可能性があるということか。
「おじさん、さっきの白紙の本も販売しているんですか?」
「白紙の? そうだね。銀貨2枚で買うことはできるよ」
「じゃあ、それもください」
俺がポケットからさらに2枚の銀貨を渡すと、おじさんは白紙の本を手渡してくれる。
俺は早速、この場で転写魔法を試してみようとする。
魔法はイメージだ。
イメージがあれば何でもできる。
俺は本の内容がもう一冊に転写されるのをイメージして、光魔法を発動する。ページが次々にめくれていくが、白紙の本に文字が転写されることはなかった。
「もしかして、君も光属性の魔法を使えるのかい? 今、転写魔法を使おうと?」
「試してみましたが、駄目っぽそうですね」
「駄目というか、詠唱もしてなかったし、何より、その魔法で転写した本では転写できないよ」
俺が買った『聖堂の鐘は誰が為に鳴る』を指さした。
「??」
「分かってないようだけど、魔法で転写した本をさらに転写することはできないようになっているんだ。なんでも魔力文字っていうのはインクで書かれたものとは違うらしいんだよ。詳しい事はおじさんにも分からないんだけどね。だから転写をしようとするなら、こちらの手書きの原本が必要になるんだ。といってもこれは作者の手書きの原本てわけではないんだけどね。作者の手書きの原本はプレミアがついて金貨1枚から10枚、はてはオークションなんかで100枚なんかで取引されることもあるんだ。これはその原本のコピーを、手書きで写したものになるんだ」
この世界の本もやはり高かったのか。手書きのものに関してだけだけども。
「その手書きのやつはいくらになるんですか?」
「これかい。これは銀貨20枚だね」
綺麗に手書きで写す作業が銀貨13枚、つまり13万円の仕事ということか。税金とかも考えると、そんなものだろうか。
試すだけなら、自分で何か書いて転写すればいいのだが、特にお金に困っているわけではない。本を丸々一冊転写することに意味があるので、転写用の本がぜひとも欲しい。
「この店で安い手書きのものってありますか?」
「転写魔法を試してみたいのかい? 光属性を本当に使えるなら、家で自分で書いたもので練習したほうがいいよ」
多分俺が使えるようになるとは微塵も思っていないのか、親切にアドバイスをしてくれる。
「いえ、本で試してみたいので」
「……そうかい。じゃあ、これなんかは銀貨3枚でいいよ。もう売れることはないだろうからね。そろそろ原本を売却しようと思っていたんだ。『スレイブンの冒険』っていう、モーロー先生の作品なんだ。昔は人気があったんだけどねぇ。今はあんまり売れないから、棚の主になっているよ。ははは」
それは読んだことがない作品であるし、転写魔法の練習にもぴったりだ。
「じゃあ、それもいただきます」
「もう一度試してみるかい?」
「………そうですね。もう一度やってみます」
「ははは、素晴らしいやる気だね。簡単な魔法だといっても才能がなければできない魔法だからね。できなくても落ち込むんじゃないよ」
俺はおじさんがやっていたように2冊の本の上に手をかざす。そうすると今度はパラパラとページがめくられながら、文字が転写されていく。
「なっ!!」
「やった。成功だ」
「えっ?! あれっ!! 今、詠唱は?? えっ!? なんで?」
「ありがとうございました」
「えっ!! あっ!! 君、名前……あっ、ちょっと待って!! 是非うちで………」
俺は店主が呆然としている間に俺は店を出た。俺を勧誘しようとしているようだが、働くことはできない。お忍びで出かけているのだからな。というか王族なのだから、働く必要などないのだ。
それにしても予期せずして、なかなかいい魔法を覚えたぞ。これは可能性が広がる。
俺はこの時一大プロジェクトを思いついてしまったのだった。




