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第56話 覚醒

 リーズさんと協定を結んだ俺たちは皆のところに戻ったあと、屋敷の部屋に各々戻ることになった。

 部屋に戻るとエドガエル君は森に行きたいと言い出した。なんでも昆虫の集まる蜜を木に塗りに行きたいそうである。護衛さん達の目があるので、俺の光魔法で姿を消して外に出たいとのこと。

 違う土地にいる昆虫を集めたいなんて、エドガエル君は昆虫採集にドはまりしているようである。俺もこのあたりの昆虫にどんなものがいるのか興味があるので、一緒に姿を消して森に行くことにした。

 辺りはすっかり闇夜と化しており、魔力灯もない田舎の村なので、1m先ですら全く見えない。

 空を見上げると、無数の星の輝きが煌めいていた。

 

 『どっちの森に行く?』


 『あっち』


 クルトさんたちが獲物をしとめた方とは反対側の森を目指して俺達は歩き出した。

 真夜中、見知らぬ土地を歩いていると、それだけでワクワクしてくるから不思議である。湖の近くだからだろうか、ヒンヤリとした風が俺の肌をなでる。

 かなりの距離を歩いた俺達はお目当ての森へとたどり着いた。

 エドガエル君は鞄からドロドロの粘液の入った瓶とハケを取り出した。


『それって何?』

『何かの蜜だって』

『それを木に塗るの?』

『そう。そうすれば、いっぱい虫が寄ってくるらしい』


 俺達は場所を変えて、3本の木に何かの蜜を塗った後、自分たちの部屋へと戻った。何でも明日は朝早くに屋敷を抜け出して、虫を採りに行くようなので、部屋に戻ったらすぐにベッドに入って眠りについた。


 そして、早朝、お日様が顔を出すか出さないかのうす暗い時間に起床して、再び姿を消して屋敷を抜け出した。

 1本目は、森の入り口付近の木に塗ってある。

 俺達はその木の下へと到着して、何かの蜜を塗った部分を観察する。

 そうすると、王都付近では見かけない昆虫が集まっていた。

 その中でも心が躍るのはクワガタとカブトムシがちらほら寄ってきていた。

 俺達は顔を見合わせた後、手で捕まえていく。

 エドガエル君は独自の処理を行っているらしく、捕まえた昆虫を綺麗に殺してから、針で標本箱に留めていく。

 俺も折角なので、クワガタとカブトムシの標本を完成させた。


 『次に行ってみよう』

 エドガエル君は頷いて、立ち上がった。

 

 次の場所は森の中に入ってちょっと行った場所だ。

 そこには、さっきとは色の違うカブトムシが止まっていた。赤いカブトムシに、銀色のクワガタである。何かファンタジー世界の昆虫という感じがする。

 俺達が近づいていっても、何かの蜜に夢中なのか、まったく逃げようとはしない。


『この昆虫はレアっぽい感じがするね』

『うん。これは凄いよ』


 エドガエル君は笑顔で喜んでいる。

 俺達は早速、捕まえてから標本づくりを開始した。あれだけうす暗かった辺りも、もうすっかり日が昇り始めて明るくなってきている。そろそろ戻っておかないとまずいかもしれない。


『時間がぎりぎりだけど、3本目も一応見に行ってみよう』

『そうだね』


 2本目の方がレア度が高そうなやつが取れたので、奥に行くほどに珍しい昆虫が捕まえることができる気がする。

 俺達は期待しながら、3本目の何かの蜜の塗られた木の場所へと急いだ。


 『………?』

 『!!』


 そこには木についた何かの蜜を舐めている熊が2匹いた。

 向こうもこちらに気付いたようで、何かの蜜をなめるのをやめて、こちらに向き直った。よく見ると普通の熊より二回りくらい大きいような気がする。

 熊はゆっくり歩き、俺達の左と右に2手に分かれた。かなり知性が高いのがうかがえる。

 エドガエル君は腰につけた剣を抜いた。

 

 『大丈夫?』


 俺はエドガエル君に尋ねる。


 『大丈夫。今こそ脳内麻薬エンドルフィン、試すとき』


 いやいや、昨日の今日でできるわけない。

 そもそもあれは格闘漫画のとんでも知識ですし。

 サウナ一回で極められるような奥義ではない。

 エドガエル君の黒い瞳が少し大きくなり、雰囲気が変わった瞬間に2匹の熊が襲い掛かってきた。

 俺の方に向かってくる熊を風魔法で瞬殺して、エドガエル君の方も瞬殺しよう。多少怪我を負っても回復魔法でなんとかなるだろう。


 【風の刃(ウィンドカッター)】×20


 熊の圧倒的迫力にびびって、ウィンドカッターを連発する。その凄まじい風の刃の大群は、さながら【暴風刃(テンペスト)】といったところか。その威力は絶大で、熊を細切れの肉塊へと変える。

 俺はエドガエル君の方の熊を対処しようと、そちらを見ると、空中に跳んだエドガエル君が逆さになりながら、回転して熊を切りつけた。

 そして地面に激突する寸前に一回転して見事な着地を決める。

 着地した瞬間、俺が倒した熊と同じく細切れの肉塊へと変貌し、地面に転がっていく。


 『飛演【廻天】』

 甲高い音を鳴らして剣を鞘に納める。


 『……すごい技だね』

 いや、むしろ凄すぎる技である。俺と一緒に剣術稽古をさぼっていたはずなのに、どういうことだ。

 

 『脳内麻薬のおかげで、できるようになった。ジークのおかげ』


 ………なん…だと。もう使いこなせるようになったというのか。流石はファンタジー世界ということか。

 エドガエル君、末恐ろしい才能である。

 何気に俺の事をジークと呼んでくれた気がする。ここは俺も、愛称で呼ぶべきだろう。


 『それにしても、もう大分時間が経ってしまった。そろそろ戻らないと抜け出したのがばれてしまう。急いで帰ろう、エド』

 『これは持って帰らない?』


 エドガエル君は俺達が倒した熊の肉片を指さす。収納してもいいけど、血塗れの細切れな肉片になってしまっているので、凄く汚い。価値もなくなっている気がするので、持って帰る必要はないだろう。

 

 『そうだね。これだけ細かくなってたら価値はなさそうだからね』

 『今度は綺麗に倒す』

 『そんなことを考えなくても、身の安全が第一だけどね』

 エドガエル君は頷いた。


 その後、急いで俺たちは自分の部屋に帰り、何食わぬ顔で皆と朝食を食べて、帰宅することとなった。帰りの馬車は、朝早かったためか、俺たち2人は寄り添うように眠り続け、気付けば王都に到着していたのだった。


 こうして一泊移住は幕を閉じたのだった。

 

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 ペンネ村に、木を伐り出すことを生業に生きる木こりのカールという男がいた。その日も早朝から森に入って気を切り出そうとしていたのだが、何か様子がおかしい。生臭い血のような匂いが漂っているのだ。

 男は恐る恐る、匂いのする方に近寄って行くと、そこには大きな血だまりができていた。

 

 「な、なんだ、これは………こ、これはジャイアントベアーの首でねぇか? 何でこんな森の入り口付近にジャイアントベアーが………」

 よく見ると、離れた場所にもう一つ血だまりがある。

 「こ、こっちもジャイアントベアーでねぇか? なんだって、ジャイアントベアーが細切れに………い、いったい、この森に何が起きてるっていうんだべか………」

 

 この後、冒険者ギルドを通じて調査が行われることになるのだった。

 


 

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