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第53話 低竜

「まだ暑くないですね」


 扉を開けたところには2段になった座る場所と、奥には石の入ったサウナヒーターのようなものがあった。そのサウナヒーターのようなものはまだ稼働してはいないようである。


「あれに魔力を通すと部屋が暑くなっていきます」


 クルトさんがサウナヒーターのようなものを指さす。石が積まれたところにあるそれはサウナヒーターのような魔道具ということか。石を囲うようにして置いてある魔道具に魔力を込めると石が温められるという仕組みであるらしい。桶には水も入っており準備は万端である。


「では、魔力を込めますね」


 俺が魔道具に魔力を込めると、だんだんと室内の温度が上がっていく。俺とエドガエル君は2段目に座り、クルトさんは1段目に座った。

 どんどんと体から汗が湧き出て、心地よい温かさを堪能する。俺と違って、隣のエドガエル君とクルトさんの二人は早くも苦しそうにしている。

 しかし、サウナの醍醐味を味わうにはここで出てしまってはいけないのである。


「〇▼×□〇(もう限界だよ。出るね)」


 エドガエル君は音をあげて出ようとするので、俺はその手を掴んで、首を振った。


「〇▼×□〇(まだ、早いよ)」

「〇▼×□〇(そんな!?)」


 エドガエル君は愕然とした表情を見せる。クルトさんを見ると、必死に耐えてるような感じである。慣れれば気持ちいいのだが、初心者にはつらいのだろう。

 この壁を越えて負荷をかけていくと、副交感神経優位な状態から交感神経が優位な状態へと変わり、一種の興奮状態になることができるのだ。そして、血中アドレナリンの濃度が上がっていき、ヒトはどんどんとハイな状態へとなることができる。

 俺が腕を握っているので、エドガエル君は立ち上がって外へ出ることができない。エルフ特有の長い耳は暑さでつらいせいか、下に垂れ下がっている。ここは「ととのう」という状態を体験するためにじっと耐えなければならないのだ。

 俺たちはしばらく無言で座りつづけていた。というか、2人は口を開く余裕がなくなっている様子である。


「では、そろそろ」


 俺は立ち上がる。


「もう出るのですか? まだまだ私はいけましたが、ここで勝負は終わりですね」


 クルトさんが俺が立ち上がったのを見て、勝利宣言をする。

 エドガエル君も安堵の表情を浮かべる。


「いえ、僕もまだまだ大丈夫ですよ。サウナの醍醐味の一つであるロウリュウをしようと思って立ち上がっただけです」

「ロウリュウ…ですか?」


 俺は桶に入った水をゆっくりと魔道具で温まった石にかけてやる。

 ジュウッという音が部屋に響き渡る。


「 〇▼×(暑い!!)」

「むぅっ!!」


 2人は苦悶の表情を浮かべる。俺にとっては心地よい温度が体中を包み込む。この蒸気が体感温度を高めて、発汗作用を高めてくれるのである。もう俺の我儘ボディは汗でびしょびしょである。

 俺はもう一度、桶から水をすくいあげて、ゆっくりと一回ししながらかけてやる。

 ジュウッ


「 〇▼×(暑い!!)」

「むぅっ!!」


 俺にはSの気質があるのだろうか。二人が悲鳴をあげているのを見て気持ちが高ぶってしまっている。いや、これこそがサウナによる効果。俺のアドレナリンがドバドバ出ている証拠だ。

 もうそろそろ出てもいいのだが、俺が先に出ると手合わせをしなくてはいけなくなる。だから、ここはクルトさんに先に出てもらわなければならない。俺の秘策がさく裂する時がきたようである。


「では熱波師の真似事でもしてみますか」


 熱波師はタオルで仰ぐことにより、空気を循環させ、熱波を人に送るのだが、俺の方法は一味違うぜ。

 風魔法を発動させて、水蒸気を捉えて熱波を操る。名付けてっ!!

注入アウフグース

 俺は熱波を操って、2人に当てる。


「〇▼×(もうダメ!!)」

「くっ、くそ!!」


 二人は即リタイアして、外に出る。俺は二人の後に続いてサウナから出る。


「2人とも、すぐに水風呂に入りましょう」


 俺は二人を水風呂へ入るように促した。


「〇▼×(冷たい!!)」

「うぉっ!!」


 一気に体が冷えて、この冷たさの刺激が、俺達を更なる興奮状態へと導いた。


「く、負けてしまったか………やはり、蒸し風呂は苦手だ」


 クルトさんは負けを認めてしまい、サウナに苦手意識をもってしまっているようだが、サウナの醍醐味はここで終わってしまうから味わうことができないのである。


「蒸し風呂の良さは、まだ始まっていないですよ。このまま、外の椅子で横になりながらリラックスしましょう。そうすることで、未知の扉が開かれますよ」

「未知の扉?」

「そうです。では、いざ行きましょう」


 俺は二人を先導して、ガラス戸を開けて外のテラスへと出る。そこにある背もたれが深めの椅子に腰かける。


「何も考えずにリラックスしてください。そうすれば、新たなる扉を開くことができると思います」


 エドガエル君にもエルフの言葉で無になることを教える。

 俺は自然と一体となり無我の境地を堪能する。そうすることで、脳内から大量の脳内麻薬エンドルフィンが溢れ出て、俺の体を多幸感が包み込む。


「〇▼×〇▼×〇▼×(カラダがふわふわして、飛んでいるような気分がする!!)」

「な、なんだ、この感覚は!! リラックスしているというのに、感覚が研ぎ澄まされている感じがする。この感じは一体………」

「これがいわゆるゾーンというやつですね」

「ゾーン?」

「そうです。一流の選手……クルトさんにわかりやすく言えば、一流の剣士なんかが集中して、相手の剣筋が止まったように見えたり、相手の動きを正確に先回りして予測したり、後ろからの攻撃すらも躱すことができる状態のことです。何をやっても上手くいく、そんな時がありませんか?さらに一流の格闘家ともなると、この状態に自在に入り、自ら脳内麻薬エンドルフィンを分泌させて、痛み等も消し去ることができるのです」


 なんか漫画でやってた知識だが、それらしいことを言っておけば大丈夫だろう。


「こ、これが強者の見ている世界………この扉を自分で自在に開く……ゴクリっ」

「クルトさん、この感覚はまだ扉を少しノックしたにすぎませんよ。さらにこの一連の流れを3セットするのです。そうすれば、扉の向こう側、その深淵に触れることができるでしょう」

「な、なん……だと。この先がまだあるというのですか………こうしてはいられない、もう一度、サウナへと行かなくては。ジークフリート様、よろしいですか?」

「そうですね、では行きましょうか」


 どうやら、クルトさんもこれで立派なサウナ(びと)になってしまったようである。

 説明を理解していないエドガエル君は、もう一度入ろうとし出したクルトさんを見て驚愕の表情を見せた。

 俺はエドガエル君にも説明をして、彼も立派なサウナ(びと)へと変貌させるのであった。



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