第52話 ととのう
クインさんが正気に戻ったあと、サンボ少年とアナストカさんとは別れて宿泊場所に戻った。
宿泊先に帰ってみるとピョートルさんが何やら庭先で作業している。ピョートルさんは俺達に気付いた後、俺達の手に持つ桶を覗き込んだ。
「おや、いっぱい釣れたようですね」
「そうですね。これも焼いて食べましょう。ところで何をしているんですか?」
「これは血抜きですね。切り分けた肉を塩水につけてるところですよ。こうしないと肉の臭みがとれませんからね」
「何の肉が取れたんですか?」
「ペンネブルとペンネ鳥が獲れましたよ。必要分以外を報酬として、解体は村の人にやってもらったので、ここにある分が今日のバーベキュー用の肉ですね」
ペンネブルとはこの辺で野生化している雄牛のような生物でペンネ鳥はこの村付近で獲れる鳥のようである。かなりの量があるので、もともとはそこそこ大きい牛と鳥なんだろう。
「味付けはどうするんですか?」
「それも必要分以外と交換できましたね。この辺りで作られる果物等をベースとしたタレと塩でいただく予定です。あとは野菜も少し分けてもらいました」
ピョートルさんはタレの入った壺を指さした。俺はタレを少し味見してみると、少し爽やかな焼肉のタレであった。これはバーベキューの期待が膨らむ。
「それにしてもピョートルさんは手慣れてますね」
「そうですね。よく野外訓練はしてますし、自宅の庭でもバーベキューをしたりしてますからね」
これが本当のリア充というやつか。
「ところでクルトさんは?」
「ペンネブルを仕留めるときに返り血を浴びたので、お風呂に入っていますね。結構大きいので、ジークフリート様も、エドガエル君も入りたければ、一緒にいって来ていいですよ」
俺はエルフの言葉でエドガエル君にお風呂をどうするか尋ねると「○▽×◇(入る)!!」という返事が返ってきたので、一緒にお風呂へと行くことにした。
脱衣所にはクルトさんが着ていた服が棚に置いてあった。服には血が付いている。血が付いた箇所が破かれていないので、怪我を負ったわけではないのだろう。俺達は服を脱いで棚にしまう。エドガエル君の透き通った白い肌に均整の取れた体格が露わになり、俺のしまりのない体が目立ってしまう。うむ、これは本格的にダイエットを行わなければなるまい。俺は密かに決意をした。
中に入ると大きな浴槽が2つあった。その1つにクルトさんが浸かっていた。
「おじゃましまーす」
「……うむ」クルトさんはこちらをちらりと見て了承した。
俺達は体を洗って、浴槽に浸かる。
「ペンネブルを仕留める時に返り血を浴びたらしいですね」
クルトさんとの共通の話題がないので、さっき聞いた話をふってみた。
「……俺の剣はまだまだ未熟だってことだ。ヨハネス様なら返り血を浴びないどころか、ペンネブルも自分が斬られたことすらわからないほど見事にしとめるだろう」
「お兄様ですか?」
「うむ。ヨハネス様の剣は我々の目標であり、超えるべき壁だからな」
流石お兄様です。皆から一目置かれる存在だとは、実の弟である俺も鼻が高い。
「クルトさんもその年でペンネブルを仕留めるなら大したものじゃないですか」
「ヨハネス様は7歳にして魔獣ミノタウロスを討伐している。それに比べればまだまだだ」
「えっ? ミノタウロス?」
「……家族には秘密にしていたのか? だとしたら、これは聞かなかったことにしておいてくれ」
「どうしてクルトさんはそのことを知っているのですか?」
「直接聞いたわけではないが、レオンハルト様がおっしゃってたので、王族の方達は知っているのかと」
第二王妃の長男にして、エリザベートお姉様の実の兄か。お兄様はレオンハルトと一緒に討伐とかしていたのだろうか。
「お兄様は忙しくされているので、僕もあまり何をしているかは知らないんですよ。聞けて良かったです」
「……そうか。ちなみに、ジークフリート様は剣の実力はどのようなものなのですか。もし良ければお手合わせなど……」
「いや、僕はあまり剣術は得意ではないので……」
「ミカエル様との決闘に勝たれたと聞きましたが」
「あ~、あれは、まぁまぐれみたいなものです」
ミカエルが勝手にビビッて自滅してくれたのである。クルトさんには通じないだろう。重い服を落としたら、逆に、にやりとか笑って全然びびってくれなそうである。下手をすると、ジークフリート様も考えることは同じですかとか言って、重い服を脱いできそうである。それほどの体躯をしている。12歳とは思えぬ体つきである。
「……そうか…」
なんかちょっと不服そうな感じである。しかし、俺と手合わせしても失望させる未来しか見えないので、是非遠慮させていただこう。
「それにしてもこのお風呂は最高ですね。ガラス戸から見える景色も癒されます」
ガラス戸からは湖とその先の山々が見える。戸を開ければテラスへと通じており、休むための椅子も置いてある。
「そうだな」
「こちらの浴槽は………冷たっ!!」
「そっちは水風呂のようだな」
「あの扉は?」
「あっちは魔道具で石を温めて、水蒸気を発する蒸し風呂になっているみたいだ」
いわゆるサウナというやつか。俺の前世の記憶がふつふつとよみがえってくる。あのととのった時のえも言えぬ感覚が……これはもうあれだ、『ととのう』しかないんじゃなかろうか。
「あちらはもう行きましたか」
「いや、蒸し風呂は暑くなりすぎるので、どうも苦手でな、まだ試してはいない」
それは勿体ない。サウナの良さを知らないとは人生の半分は損をしている。そして、ととのうという気分を知らないなんて、これまた人生の半分を損している。つまり人生を全て台無しにしていると言っても過言ではない。
「いや、それはもったいないですよ。一緒に入りましょう」
「いや、暑いのは……」
「では勝負しましょう。勝てば景品を差し上げましょう」
是非あの最高の感覚を味わっていただきたい。クルトさんの性格なら勝負と言えばのってくるのではないだろうか。
「では勝てば、手合わせをしてもらうというのは?」
うっ。サツマイモを景品にしようと思っていたが、諦めていなかったのか。
「いいでしょう。では行きましょうか」
まあ、いいだろう。俺には秘策があるし、クルトさんは暑さに弱いって言ってるしな。なんとかなるだろう。俺は決戦の地へと足を進めた。後を追うようにクルトさんとエドガエル君は決戦の地へと足を踏み入れた。




