第50話 ブラックマンデー
交替で休憩に入った優男のピョートルさんと強面のクルトさんが近くに腰をおろす。
「それにしても、こんな美味しいサツマイモを作っているなんてジークフリート様は農業に関する【ギフテッド】何ですかね」
「【ギフテッド】?」
「聞いたことありませんか? 都市伝説のようなものですけど、魔法とはまた違った特殊能力持ちの人々をそう呼ぶんですよ。ただ、そんな特殊能力持ちは何百万人に一人だし、そもそも持っていても、自分にどんな特殊能力があるか分からないので、生涯使うことなく終わってしまうこともあるとかないとか。それでいくと、このサツマイモの美味しさは何らかの特殊能力が作用していると考えてもいいような気がしますね」
なんだ、その止まってる時間を動けることを認識しなければ、止まってる時間の中で動けないという設定は!! うむ、ちょっと分かりにくく例えてみたぞ。
このサツマイモはリンネの魔法の力なので【ギフテッド】ではないが、この世界にはそんな能力もあるかもしれないのか。聞いたことなかったのは、まだこの世界でも解明されていない力ということだろう。
「残念ながら、僕にはそんな力はないと思いますね」
「そうかな?……まぁ、王族にそんな力があってもあまり意味はないかもしれませんけどね、ハハハ」
どうだろうか。もし、農業の特殊能力を持っていれば、それはそれで楽しい生活を送れそうな気はする。そんなことを考えていると、サツマイモを食べ終えたクルトさんが口を開いた。
「すごく美味しかった。ありがとう。今日の夜ご飯は期待してくれ」
「何かあるんですか?」
「今日は湖の近くでバーベキューの予定だからね」
ピョートルさんが説明をする。バーベキューとは、まるでリア充の仲間入りだな。
「肉はあちらで購入するんですか?」
「いや、現地で調達する予定だ」そう言って、クルトさんは腰の剣を叩く。「道中で獲物を狩れれば良かったんだが、街道には出そうにないからな」
買ったほうが早いと思うのはお金に余裕があるからだろうか。それともクルトさん達にとって狩りは購入するより簡単なのだろうか。
「狩りが成功しなければ、夕ご飯はまたパンと干し肉ですか?」
「いや、大丈夫だろう。去年そこに行った人に聞いたら、鹿や猪なんかが簡単に獲れるって言ってたからね。運が良ければ熊なんかも獲れるらしいよ」
余裕の笑みを浮かべるピョートルさん。運が悪ければと言わないところが、戦闘力の高さが伺えてしまう。実際、俺にとっても普通の野生動物くらいならあまり脅威には感じることはない。
「そうなんですね。それは楽しみです」
「まぁ、野盗でも出てくれれば購入もあるかもしれないんですけどね」
「野盗? なんで、野盗が出ると購入できるんですか?」
「野盗が出れば、返り討ちにして、逆に身ぐるみをはぐことができるからな。場合によっては懸賞金がかかっていれば、それを貰うことができる場合があるしな。そう言った点では王族のいるこの班とミカエル様がいる班は野盗が出る確率は高いんだが、残念ながらそれらしい気配は全然ないな。人を初めて斬るチャンスだと思っていたが、どうやらそのチャンスは廻ってこなさそうだな。残念だ……」
クルトさん………思考が怖いですよ。てか、うんうんと頷いているピョートルさんも優しい顔をしてサイコパスですか。鍛えた剣術の腕がどれほどなのか試したいのだろうが、夜盗が出て欲しいって子供の思考ではないな。俺としては、できるだけ対人戦は避けたいところである。
「ま、まぁ、いざとなれば僕がお金を出して購入しますよ」
こう見えて王族ですし、お兄様からお小遣いをたんまりともらっているからね。
「チッチッチッチ」ピョートルさんは人差し指を左右に振った。「それでは面白くないですよ。こういった遠征授業では食料調達も一つの醍醐味ですからね。獲れないことはないでしょうけど、万が一獲れなくて質素な夕食になっても、それはそれでいい思い出になるでしょう」
なんだその超ポジティブな考え方は。俺は美味い食事を食べて、いい思い出を作りたいぞ。
「それに現地での食料調達も今回の授業の評価に影響があるらしいからな」
クルトさんの説明では、王立学園の入学の際に筆記試験等の条件の緩和に、ここでの評価も加味されるらしい。クルトさんはピョートルさんと違って、筆記がいまいちなので、剣術分野での得点で入学を決めようとしているそうだ。
そんなことを話している、休憩時間はあっという間に終わり、再びペンネ村へと向かった。
休憩後は食事をとって満腹になったからか、うとうとしてしまい、気付けば俺とエドガエル君は肩を寄せ合いながら眠りについてしまった。
「ジークフリート様、エドガエル君、到着しましたよ!!」
赤髪のクインに揺り起こされる。
「うあ、もう着いたんですか?」
俺は涎を腕でぬぐいながら目を覚まし、馬車から降りる。
「おお、凄い!!」
目の前には大きな湖が広がっていた。湖の近くのせいか、温度は少し肌寒い。湖の向こうには山々が連なって見える。降り立った場所は木々が切り取られ整地された場所が広がっているが、遠くの方には左右に手つかずの森が残ってる様子である。このペンネ村というところは湖のほとりの森を切り拓いて開発された村なのだろう。馬車の近くには今回泊まるコテージがあった。ここは今回のような遠征授業につかったり避暑地として使うために国が管理している物件の一つらしい。
中に入るといくつかのテーブルと椅子が置かれた食堂になっており、右横には2階の部屋へと続く階段があった。2階には10部屋ほどあるらしく。一人1部屋だとしてもまだ余るほどに部屋数が多い。
宿として貸し出したりもしているそうだ。
俺とエドガエル君は同じ部屋に泊まり、その両隣にクルトさん、ピョートルさんペアとクインさんリーズさんペアが泊まることをクルトさんの指示の元、決定した。空いてる部屋のどこかに監督官の二人は泊っているのだろう。
俺たちは荷物を自分の部屋に置いて、外に出た。護衛役の4人も後を追うように外に出て来る。
「俺たちは狩りをしに森の中に行くから、2人は護衛を頼むぞ」
「は、はい、分かりました」
クルトさんとピョートルさんは森に狩りを、クインさんとリーズさんは俺達の護衛に残る。監督官も1人はクルトさん達の方に行き、もう1人は俺達の方を監視している。
「これから、どうしますか?」
「村に行って、何かおもしろいものがないか見に行こうかと」
リーズさんに聞かれたので答えた。
俺達4人は村の方へと歩いていくと、ぽつぽつと木造の家が建っていた。王都の街並みとは違い、家と家の間隔は離れており、家の周りを畑が取り囲んでいる。
歩いていると周りには畑がない建物を発見した。その建物の近くには、加工された材木が並んでいる。そこには2人の子供が木剣を振り回して遊んでいる。俺達に気付いたようで、走って寄ってくる。
「おー、本物の剣に鎧だ!!」
男の子供がクインさんの恰好に食いついている。クインさんは満更でもなさそうな顔をしている。
「コラ!! サンボ! 剣に触ろうとしちゃ駄目よっ!!」
「あいたっ!! 木剣で頭を叩くなよ、姉ちゃん!」
「すいません。うちの弟が。剣に触ろうとして」
「気にしなくてもいい」
「ここって何かのお店なの?」
俺が尋ねた。
「はい。父ちゃんが作ったものを売ってるお店です。見ていきますか?」
「じゃあ、ちょっと」
「こちらです」
俺達は姉弟の後をついて行く。
建物の中に入ると、日用品などの商品を売っている雑貨店のような場所であった。
俺が中に入ると筋肉質なおっさんが俺達に声をかける。2人の父親だろう。
「お前さん達が今日来たっていう貴族様たちか?」
俺達が来ることは事前に知らされているようだ。
「そうですね。ここは何を売っているんですか?」
「鍋とかコップとか俺が作ったものを売っているところだ。王都にも卸しているから、そこでも買えるが、こちらの方が安く買えるぞ。是非気に入ったものがあれば買っていってくれ。あとは、この村の家の修理や建築なんかも依頼されればやってるから、お前さんたちも何か滞在中に建築関係で依頼があればしてもらえれば王都にでも出張に行くぞ。ガハハハッ」
輸送費とか倉庫や宣伝などいろいろなものが付加されているからな。こちらの方がそれで安いのだろう。建築関係は王都にも職人がいるから、このおっさんに頼むことはないだろう。俺は置いてある商品をいろいろと見まわす。
すると一つの商品に興味を惹かれた。
「今の時期って、湖で何か連れます?」
「そうだな。ニジマスやヒメマスなんかが釣れるな。その俺が作った竿を使えば他にもいろいろ釣ることができること間違いなしだ」
バーベキューの食材として魚を釣るのはありだな。暇つぶしにもなるしな。
「じゃあこの釣り竿を4本ください」
「えっ?! 4本って私たちの分ですか?」
「そうですね。リーズさんたちも護衛をしながら釣りをすればいいじゃないですか。誰が一番釣れるか競争しましょう。今日の夜はバーベキューらしいので、釣った魚は焼いて食べることができますし」
「ほお、それは面白そうだな。ありがたく貰おうじゃないか」
「す、すみません。ありがとうございます」
「がははは、坊主気前がいいな。予備の針や釣った魚を入れる桶なんかもいるんじゃないか?」
「ああ、そうですね。必要なものはいろいろください」
「おお、流石貴族の坊ちゃまだ。ついでにこの熊の置物なんかはどうだ?」
「じゃあ、それも………って釣りに関係ないものはいらないって!!」
「ちぃっ、せっかく売れると思ったのに……」
油断も隙もあったものじゃないな。危なくいらないものまで買わされるところだったぜ。
俺は釣り道具一式を購入して、銀貨3枚ほど支払う。この金で食料を買えばいいという考えは野暮ってものだろう。せっかく湖に来たのだから釣りを楽しまないと損である。道具一式は【収納魔法】に入れておけば無駄にはならないしね。
「じゃあ、私が釣れる場所に案内しようか?」
姉が提案する。
「いいの?」
姉は右手を俺の方に出した。
「銭貨5枚いいですか?」
金を取るのか。ちゃっかりしてるな。でも、まぁ、500円くらいなら可愛いものだ。情報は大事だからな。俺は銭貨をポケットから取り出すふりをして、【収納魔法】から取り出した。
「じゃあ、これで」
「やった」
俺が渡そうとすると、サンボ少年が叫んだ。
「ずりぃぞ。姉ちゃん。じゃあ、おいらは銭貨5枚で案内してやるぞ」
「えっ? じゃあ。君にお願いしようかなあ」
面白いので弟の提案に乘ることにする。
「あっ!! 馬鹿!! じゃあ私は銭貨4枚でいいわ」
「じゃあおいらは銭貨3枚だ」
「じゃあ私は2枚よ」
「じゃあおいらは1枚だ」
「くぅ……」
ブラックマンデーも真っ青な価格暴落を一瞬で引き起こした姉弟には笑うしかない。姉はすっかり涙目になっている。
俺はもう一枚銭貨を取り出して、3枚ずつの銭貨を2人に渡すことにした。
「これで2人に案内してもらえる?」
最初の値段から比べて1枚しかあがってないし、2人に案内してもらえれば、勝負の時に2つのグループに分かれることができる。
「いいんですか?ありがとうございます」
「良かったな。姉ちゃん」
「もとはと言えばあんたが!!」
「いたっ!! 頭を殴るんじゃねぇよ!! 価格競争に負けたからって怒るなよな!!」
「身内で価格競争を起こしてどうするのよ。バカね。お父ちゃん、そういうことだから、案内してくるね」
「ああ、森の近くには行くなよ。熊がでるかもしれないからな。森から出てきたのが見えたら村の方へ走って逃げるんだぞ」
「分かってるって」
熊か……本当に出るんだな。変なフラグが立ってなければいいが………
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