第46話 最強軍師
「ま、まいりました。……あ、あたいが手も足も出ないだって………」
「王立学園に来年特待生として入学が決まっている姉貴でも勝てんなんて、どうなってるんや?」
アレン君の姉は、姉貴呼びをされても訂正せずに呆然と終わった後の盤上を見つめている。余程悔しかったのか、その目にはうっすらと涙が溜まっている。「俺でなきゃ見逃しちゃうねぇ」って言ってすぐにやられてしまう人くらいに最高のモブムーブだったな。ここは紳士として慰めておこう。
「王立学園に特待生として入学が決まっているの? 凄いね」
「………お前にぼろぼろに負けた、のにか?……」
姉は、盤上から視線を上げずに答えた。まぁ、俺が戦ったわけではないから本心から出た言葉だったが、勝者がかける言葉ではなかったか。紳士失格だな。
『この子って、どのくらい強かったの?』
俺はワムウさんに聞いた。
『うむ、なかなか才能を感じさせる戦略をとっていたな。磨けば光る原石と言ったところだろう』
才能はあるけど、まだまだってことか。その才能を王立学園は見抜いたってことかな。なかなかちゃんとした試験を行っているようである。俺は紳士として、才能があることを教えてあげることにした。
「いい戦略だったよ。ちょっとこちらも危ない時があったからね。このまま頑張ってれば、凄い軍師になれるんじゃない」
ワムウさんが言ってないことも、ちょっと盛って伝えてあげる。なんたって紳士だからね。
「嘘をつけ。お前に危ない時なんて、なかっただろう。終始、余裕であたいの攻めを躱し続けて、あっという間に攻め込んだじゃないか」
あっ、そんなに大差で負けていたのか。盤上から視線を外して、こちらを鋭く睨む。火に油を注いでいっている気がする。これは、紳士失格だな。
「それでも、確かに才能は感じられたよ」
「どこに?」
どこに? どこだろう。俺には分からない。
『ワムウさん、どの辺に才能の片鱗があったんでしょうか?』
『鶴翼の陣から、魚鱗の陣への素早い切り替えはなかなか見事だったぞ。しかし、その攻めを読んでしまえば諸刃の剣。背後の守りに工夫がなかったな』
俺はさっきの失敗を踏まえて盛らずに伝えてあげることにする。なんたって女性には優しい紳士を目指しているからな。
「鶴翼の陣から、魚鱗の陣への素早い切り替えは良かったよ。でも読めてしまえば、攻略は簡単なんだ。背後の守りを工夫すると良かったんじゃないかな」
「な、なんだと?! その時はまだ、こちらの陣の全容が見えてなかったはず。そ、そこまで読まれていたのか………勝てないはずだ……な、名前は何てんだ? 是非、教えてくれ」
今度は大丈夫だったようだ。最初からワムウさんの言葉をそのまま伝えてあげればよかった。
「僕の名前はジ……グリフィスです」
危ない。危ない。本当の名前を名乗るところだった。俺はここにはお忍びで来てるんだから、本当の名前は名乗ることはできない。抜け出すことができなくなってしまうぜ。
「グリフィスか。あたいはフィアナだ。グリフィスは王立学園に入学するのか?」
「えっ、うん。まあ、入学するよ」
「そりゃそうか。そんな腕を持ってるんだからな。流石は王立学園だな。噂に違わぬ凄いところだ。グリフィスみたいなやつがごろごろいると思うとあたいももっと頑張らなきゃな………そうだ、これ、弟の分と合わせて銀貨2枚だ」
フィアナは俺に銀貨2枚を渡そうとする。王立学園で再会するかもしれないことを考えるとここで銀貨2枚を受け取るのはまずい気がする。王族がこんなことしているとしれたら、民の反乱を招きかねん。ぶっちゃけ銀貨2枚は俺にしてみればあまり気にならない金額である。
「いや、それはいいよ。本気でやってほしかったから言っただけだしね。あんまりお金に困ってないし」
「いや、勝負で負けたんだ。払わないなんてありえない。受け取ってくれ」
どうしようか。俺からすれば、銀貨2枚は別にそこまで気にする額ではないが、この兄弟にとっての価値は結構高い気がする。
「じゃあ、こうしよう。もっと強くなって、僕とまた対戦してくれるという権利に銀貨2枚を支払うよ。なんたって才能を感じたからね」
ワムウさんは対戦相手に困っているのだから、伸びしろのある子供を青田買いしておいた方がいいだろう。
「あたいに? ………分かった。強くなる」
一連のやり取り聞いていた周りの客はまたもやざわざわとし出す。
「おいおい、あの小僧、フィアナまで負かしちまったぞ」
「フィアナ姉弟を負かしちまうなんて、ただのデブではなかったってのか」
「おいおい、さっきも言っただろう。貴族だったらどうするんだ。罰せられてしまうぞ」
「でもグリフィスなんて名前は聞いたことがないぞ」
たっだのデッブとか言ってるけれど♪この音のノリ方についてこれるか♪どうか……
あまりにむかついてしまって、よんろくのラップを刻んでしまったぜ。
喧噪の中、今度は白い髭の生えた仙人のような老人が俺に戦いを挑んできた。
「賭けなくてもいいなら、儂とも勝負してくれんのぅ?」
これは、どんどん相手が強くなっていくやつか。俺にとっては願ったり叶ったりな展開である。
老人とフィアナは席を交替して、対局を開始する。
そんな展開が老人との対局の後2回くりかえしたところで、受付の女性が俺のところにやってきた。
「もうすぐ3時間になりますけど、延長しますか?」
「いえ、そろそろ帰ります」
そろそろ家に戻っておかないといけない時間である。
「え~、俺も対局したかったのに」
「もう帰ってしまうのか。私が延長料金を払うから、私と対局をしてくれ」
「何言ってるんだ。お前みたいな雑魚とこの方が打つわけがないだろう。次の対局は儂の番じゃ」
俺の周りを対局を見守っていた客が取り囲んでいた。
結論から言うと、ワムウさんは全戦全勝。どうやら、フィアナが今日の対戦相手の中では一番強かったらしい。ここには強敵がいないと悟って、ワムウさんは消えてしまった。
俺が扉から出ようとすると、アレン君が俺に声をかけた。
「ワ、ワイには、ワイには才能を感じたんか?」
ずっと聞きたかったのだろうか。それならワムウさんがいる時に聞いて欲しかった。ワムウさんはリンネと違ってこちらから呼びづらいオーラがあるんだよな。
俺は少し逡巡してから答えた。
「あ、あったんじゃないかな」
「どこに?」
それを聞いちゃうか。流石は姉弟。できれば聞いて欲しくなかった。しかし、俺にはさっぱり分からない。というか、アレン君に才能があるかもわからない。
「ほ、歩兵の使い方が秀逸だったよ」
一番多い駒だしね。確率的に歩兵で見事な動きが一つくらいはあっただろう。
「ほ、歩兵やと?!!」
こうして、戦場で一番弱い歩兵を巧みに操る最強軍師【歩兵使いのアレン】が爆誕するのだが、それはまだまだ先の話である。
昨日の閲覧数、結構伸びてるなぁと思って、検索してみると【まろでぃの徒然なる雑記@Web小説紹介】ってところに紹介されてた。もし継続して読んでもらってるなら、こちらでお礼をば。ありがとうございます。
というわけで、このビッグウェーブに乗るしかない。




