第3話 父様はいずこですか
目覚めた時にはいつもの優しいお兄様だったので、あれは夢かと思っていたのだが、しばらくするとまたもや森へと連れ出された。
今度こそは事の真相を確かめねばならぬ。あれは本当にあった事なのかどうか……
……残念ながら、あれは本当に起こったことでした。
それも今度首が跳ね飛ばされたのは、犬みたいな動物だったのだ。ただ何か前世で知っている犬とはどこか違う気がした。
もちろん俺は泣き叫びましたよ。なんなら、ちょっとちびってしまったよ。今度はウサギ程度では泣き叫ばぬと思っていたら、まさかの犬ですよ。それも、森で捕まえるという手際のよさ。お兄様は狩人か何かでしょうか。
しかし、次の日には変わらぬ優しい兄に戻るのだ。
ある時は猪、またある時は馬と首を刎ねられる生き物が大きくなっていく。たまに果実や野菜なんてものを置いて何やら呟いてらっしゃるご様子。
これはもしかすると、この世界で言う中二病的なアレなのかもしれない。うん。まあ、そんな時期ってあるよね……
お兄様は8歳、ちょっと早くに病んでしまわれたのだ。この世界ではそのぐらいの時期にみんな病むのかもしれない。なんたって魔法が存在する世界なんですからね。
4度目、5度目にもなると俺は兄様を信頼しているので、抱いて連れ出されてもずっとすやすやと眠っている。もはや何の祈りをして、何を捧げているのかも気にしない。これは気にしたら駄目なやつに違いないのだ。
お兄様のこの奇行もいつか終わるだろう……
そんなこんなで俺が1歳になり、はいはいできるようになった頃、兄の奇行はピタリとやむ事になった。 多分飽きてしまったのだろう。こうして大人に成長していくのだな……
俺が覚えている事等、お兄様は露にも思ってないんだろう。いつか「あれは何だったの?」と聞いて、イケメンの兄様が驚愕で顔を引きつる様を見たいものである。
俺はハイハイができるようになって屋敷の中を自由に動きまわる事ができるようになった。
そして、この屋敷には使用人として8人のメイドとそれを束ねるメイド長に料理人がいる事が分かった。
俺達3人に対してメイドの数が多いのだが、兄の教育係なども兼任しているようで、日中は兄にマンツーマンで勉強を教えている姿を何度か見かけた。
屋敷にいるのは、母と兄と自分を合わせると13人という事になる。そして、何故か父親の存在がこの屋敷にはなかった。
というより、俺は父に会った事があるのだろうか? 父がいる時はいつも眠っていたのだろうか? もしかして俺は愛されぬ子なのか?
俺は父の謎を解くべく屋敷の中を移動した。
「また、こんなところまで……」
メイドの一人のクララに見つかってしまう。
「あう」
「まだ部屋の外に出たら、危ないですよ~」
しゃがみこんで俺に注意をした後、俺を抱え上げる。
「あい」
未だに俺の発声器官は簡単な単語も発生させづらい。たぶん前世の知識が邪魔をして発音が上手くいかないのかもしれない。
俺が階段の上の壁にかかる肖像画に興味を示すとクララがその絵について説明を始める。
「分かりますか? あれがジークフリート様のお父様ですよ。まだ分からないかもしれませんが、この国で一番偉い人なんですよ。ジークフリート様もお父様のように立派になってくださいね」
何ですと。つまり、それはこの国の王様か何かという事だろうか。それにしては何故、この屋敷に来ないのか。忙しいという事なのだろうか。それとももう亡くなっているのだろうか。疑問はつきないが、暮らしぶりから考えて相当余裕のある暮らしができるのは間違いないようである。
この時俺は地位を最大限利用して、安穏に暮らす事を心に決めたのである。