第23話 家庭教師
お兄様推薦の新しい家庭教師がやって来た。
今日は初回ということで、いつもは朝から授業だが、昼からの授業である。
リビングで俺が待っていると、メリッサの後について女性が現れた。どうやら彼女が新しい家庭教師であるようだ。
メリッサより背が低い可愛いらしい女性である。後ろに髪をくくっているので、その容姿で一番目につく耳が露わになっていた。その形は、まさかのエドガエル君を思い起こさせるような耳の形である。いわゆるエルフというやつではないだろうか。
「それで、弟君はどこなのじゃ?」
前を行くメリッサに尋ねる。
「あっ!! 僕です」
手を挙げる俺をじっと見つめる。
「嘘をつくな。ヨハネスと全然似てないじゃないか」
「いや本当ですよ」
容姿を見てお兄様の弟である事に疑念を抱いている様子。メリッサの方に視線を向けた。
「はい、こちらがジークフリート様になります」
「な、何じゃと!! ヨハネスの弟だというから期待していたというのに………どうしようかの……やっぱり断ろうかのう………あんまり知能が高いようには見えんがのう……肝心のヨハネスもおらんし……」
驚いた後、何やらぶつぶつ言っている。何を期待していたのかは分からないが、教えるのをやめようとしているみたいだ。どうやらお兄様もここにいると思っていたのだろうか。お兄様は学園で忙しくされているから、ここに頻繁に帰ってくることはできないのだ。
折角お兄様に紹介してもらったのに、何も教わらずに帰らせてしまってはお兄様に申し訳ない。
「なんか期待を裏切ってしまって、すいません。折角なんで今日はお試しで教えてもらえると嬉しいんですけど」
一度教えてもらって、来たくないと言われてしまったら、仕方ないので今日までにしてもらおう。教え方が合わなかったと言えばお兄様も納得してくれるだろう。
「うん。まあ、そうじゃのう。折角来たんじゃからのう」
「じゃあ、僕の部屋に行きましょう」
「分かったのじゃ」
「では、よろしくお願いします。後ほど休憩時間におやつを持っていきますので」
メリッサがお辞儀をして、俺達は俺の部屋へと向かった。
「まずは自己紹介じゃ。私はラズエルデじゃ。珍しいかもしれんが、エルフという種族じゃ」
「おー、エルフですか。僕の友達にもエルフがいますよ。それで、僕の名前はさっきもメイド長のメリッサが言いましたけど、ジークフリートです。ジークとでも呼んでください」
エドガエル君はもう俺の友達ってことでいいよな。
「その年でエルフの友達とは珍しい。王族ともなると顔が広くなるし、そんなもんなのかのう。まあいい。授業を始めるとするか。私の知識はエルフ族に伝わる知識じゃからな。人族のそれとは全然違うものだったりするのじゃ」
エルフの友達は珍しいというが、今思うと唯一の友達がエドガエル君だな。今までソフィーとエリィ姉さんとしか遊んでいなかった気がする。そんな事を考えながら俺はラズエルデの授業を受けた。
その授業内容はやや前世の知識に近いものがあった。こちらの方がすんなりと受け入れることができたし、何よりラズエルデの授業は分かりやすい。
時々対話を挟んで、俺が理解しているかを確かめてくれる。
「なかなか理解力があるじゃないか。そう言えば万有引力の法則とやらを考えたのはお主らしいじゃないか。その発想には驚かされたが………なかなかどうして。なるほどな。ヨハンと同じ血を引くだけはあるということか」
理解力があるというか、全て知っていることだったりするのだがそこは言わないでおこう。お兄様と比較されたら、そのくらいのドーピング的な知識チートがないとやっていけないからな。
どうやら、休憩に入ったようなので、世間話をしてみることにした。
「ちなみにお兄様とはどんな関係なのですか?」
「むぅ。ヨハンか。ヨハンと最初に会ったのはダンジョンでのぅ。そこでヨハンに助けられたのじゃ。最初は命の恩人といったところじゃったのじゃが、今では時々一緒に冒険する戦友といったところじゃのう」
おや。お兄様の事を話しているラズエルデの顔が少し赤みをさしているような気がする。それにしてもダンジョンとな。そんな冒険をお兄様はしているのか。
「冒険ですか? お兄様が?」
「あっ。秘密だったのかのう。そういえば身分を隠しておったからな。でも、家族なら大丈夫か。王族であることを最近になって私も知ったのじゃ。お主の面倒を見てほしいという事で聞いてみれば、王族の住まう地域に出向いて欲しいという事でピンと来てしまったのじゃ」
身分を隠して冒険者として活躍しているなんて、王道の主人公ムーブですな。流石お兄様です。
それにしても、ラズエルデの耳が心なしかしょんぼり下に垂れている気がする。もしかして王族との身分差に悩んでいるとか、身分について教えてもらえてなかった事に落ち込んでいるのか。どちらにしてもこれはあれだな。
「なるほど。先生はもしかして、お兄様の事が好きだったりします?」
「な、な、な、な、な、何を言っておるのじゃ。そ、そ、そ、そんな事はないぞ。わ、わ、わ、わ、私達はお互いに背を預け合う戦友なんじゃ。それ以上でもそれ以下でもない」
なんて分かりやすく狼狽えるんだ。これは確実にお兄様に惚れているな。ピーンときてしまったぞ。
「そうですか。場合によっては協力してもよかったんですけど。気のせいなら、余計なお世話ですね」
「ま、ま、待て。協力じゃと。具体的に何をしてくれるのじゃ。いや、なんじゃその顔は? あれじゃぞ、別にヨハンの妻になろうとか、そ、そ、そういうんじゃないぞ。もっと今より、ちょっと仲良くなれたらいいなと、そう思ってるだけだからな」
お兄様の恋愛事情は詳しくないが、王族の第一継承権を持ってることを考えれば、妻候補はたくさんいても問題ないだろう。これだけ可愛いなら、お兄様も満更ではないのではないのだろうか。それにこれを交渉材料にすれば、ラズエルデに対して優位にことを進めることができる。
「具体的に………そうですね。例えば、お兄様の好きな食べ物を教えてあげることができますね」
「……なんじゃ、そんな事か」
「甘いですね。先生。甘、甘です。相手の胃袋を掴むのは重要ですよ。それに、一緒に出掛けて店に入るときも、好物の置いてある店に行った方が話が弾むというもの」
「な、なるほどじゃ。で、その好きな食べ物とやらは何じゃ?」
「それは……まだ教えることはできません」
「何故じゃ?」
「世の中ギブ&テイクですよ。僕の情報に価値があるわけですから、先生にも対価を払っていただかないと」
「対価じゃと?」
「そうです。お兄様が家庭教師に選んだという事は先生は優秀に違いないのでしょう」お兄様の人選に間違いがあるはずがない。そう言われたラズエルデも満更ではない様子である。「そこで、授業は今後も継続していただき、なおかつゆとり授業を取りいれていただきたい」
「ゆとり授業じゃと?」
「そうです。具体的には週に三日休んでも大丈夫にしてください」
「うーむ。授業を継続するのはヨハンからも頼まれているし、覚えも存外悪くない。そのうえに報酬も破格じゃからのぅ。しかし、やるからにはちゃんと教えたいところなんじゃがな………」
「いえ、僕には休みが三日あった方が効率があがります。むしろ、最大効率です。先生もお兄様との仲が進展したら、一緒にどこか出かけるとなった時に僕との授業があったら嫌でしょう。休みが多い方がウィンウィンの関係が築けます。いろいろ協力しますよ。お兄様の弟である僕を味方につけておいた方がいいですよ」
「む?! そういう事なら………」
チョロい。
「契約成立ですね。メイド長に伝えておいてください先生との授業以外にメイド達との授業もありますから、その辺も調整して頂かなければなりません」
「お主、本当にヨハンの弟か? もっとやる気を出した方がいいじゃないかのぅ。まぁいい。それで、ヨハンの好物はなんなのだ?」
「そうですね……」
その時扉からノックを叩く音がした。
「失礼します。おやつをお持ちしました」
メリッサがおやつを持って来てくれたようである。
「ちょうどいい時に来ました。お兄様も好物の一つである。プリンですね。どちらかというと、それと一緒に飲むカッフェを好んでいますが、そこは二つの相乗効果です。プリンあってのカッフェ、カッフェあってのプリンというやつです」
「プリン?」
「そうです。僕が昔に開発したデザートです。最近できた店で買う事ができるようになっているそうですよ。デート先としてもばっちりです」
俺が開発したデザートはお兄様が上手いことやってくれたので、レシピの特許化に成功しているのだ。おかげで王家にその権利のお金が入ってきているのだ。国民から税金以外の収入として納めることができているらしい。
「ほう。それは知らなかったな。どれどれ、頂くとするかの」
スプーンでプリンをすくって食べると、その顔が一瞬固まった。
「なんじゃコレ。なんじゃコレは!! 美味しいのじゃ。この白いものは何じゃ?」
「ホイップクリームですね。プリンと一緒に食べるとまた違った味わいがして美味しいですよ」
「ふぉぉぉぉぉぉーー!! 甘さが増したのじゃ。プリンにクリームをつけるとその美味しさは2倍、そしてこの黒い部分が少しの苦みを加え、さらに倍!! そしていつものカッフェをあえて砂糖を入れずにビター3倍で飲むことにすれば、さらに×3の旨味成分じゃ!! 合わせて12倍の美味しさじゃ!! 美味しすぎるのじゃ。ヨハンが好物だというのも頷ける。これはどこで買えるのじゃ。不覚。こんなものが発売されていようとは私もまだまだ知らないことがあったようじゃ」
「王都に新しくできた【白猫亭】という店で買えると思いますよ。けど、先生はいつでも言ってくれれば、用意しておきますよ」
「そ、そうか。それは良いな。それじゃぁ、お代わりをもう一つもらっても良いかのぅ」
「いいですよ。メリッサ、もう一個持ってきてくれない?」
「かしこまりました」
「それにしても、こんな美味しい物を考えつくとはお主、料理人としての才能があるんじゃのう。私もお主から学ぶことがあるようじゃ。流石はヨハンの弟といったところか」
なにやら俺の評価が上がっているようである。この世界の女性にスイーツは鉄板であるようだな。ある意味チョロい。
こうして、俺は新しい家庭教師ともなんとか上手くやっていけそうである。
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