第112話 7人のヲタ
ソフィーを無事家に送り届けて、俺とアークは夕方に再び広場へと戻ってきた。
夕方は俺達がやっていた時より人通りが多くなっている。仕事終わりの人、学校終わりの人、買い物終わりの人が広場を通っているように感じる。
そんな中、俺達がリサイタルをしていた丁度同じ場所で2人のお姉さんが立っていた。
俺達とは違い、始まる前からお姉さん達の前には人が集まっている。
絶壁のお姉さんはハーブを手に持っている。
「それでは今日も楽しんでいってください」
前口上はそこそこにハーブからは静かな音色が流れ始める。
それに合わせてグラマラスな妹の方が踊り始める。
夕焼けをバックに、褐色の肌が艶やかに色めき立つ。しなやかに伸びた四肢は、音楽のリズムに合わせて波のように揺れ、観客の視線はくぎ付けになっている。豊かな曲線を描く体つきは、ただそこに立っているだけでも存在感を放ち、動くたびに身につけたアクセサリーが揺れて、舞を彩っている。
言うだけはある。
黒い瞳は吸い込まれるように観客を魅了し、妖艶さを増している。
そして、メロディーに合わせて唄を歌い始めた。
そこで初めて俺は気付いた。
音が増幅されている?!
そうか、魔法か。
明らかにこの夕方の広場の喧騒の中でハーブの音色、歌声が響き渡っている。遠目から見ている俺達の方まではっきりと音が聞こえてくる。
多分風魔法で範囲的に音を拡張しているのかもしれない。
広場の外に出ると何も聞こえなくなるが、広場に一歩足を踏み入れると、大きな音が聞こえてくる。
そうか、ここはファンタジー世界。何でもありの世界。歌のバリートゥドゥ。そんな中でただ単に歌って踊るなんて、とんでもないハンデを背負って戦いに挑んでいたということか。
魔法を使ってライブを盛り上げる。この世界では当たり前のそれに何故気づかなかったのか。
確かにそうだ、この世界で出来ないことは何もない。最初からどこか普通にしようと考えてしまっていたみたいだ。ソフィーとアークの二人だけではない。俺こそが反省すべきである。
となると、俺にできることは…
「あれが私達が目指すところってわけね」
俺が今後のことを考えていると、アークはお姉さんの踊りと歌を見て言った。
「いや俺達の目標はもっともっと上だ。武道館を満員にする。それが最終目標だからな。こんな広場で2、30人くらいを目標にされちゃあ困るよ」
「そんなことって、本当にできるの?」
「可能だ!俺を信じてついてくるんだ」
「分かったわ。その先に究極の満足度が約束されているというのなら!!」
「そうと決まれば特訓だ!俺は演出の。そしてアークは歌と踊りを!」
後日、俺とアークはトキワ亭の一室で特訓を開始することにした。
闇魔法【夜の帷】で指定した範囲を夜の状態にする。
「うひょー、濃厚な闇の魔力じゃーーーー!!!」
そして、光魔法【虹の光】で地面から色とりどりの光をアークに当てて目立たせる。
「ぐ、ぐぐぐ、目、目がー、目がー」
どうやら光が強すぎたようだ。目を覆いながらふらふらとした足取りでベッドへと倒れこむ。俺は光魔法の出力を調整することにした。
そして、お次は風魔法【音の路】で指向性を持たせて音を届けるのだ。これは【風の結界】よりも高度なもので、一人一人に増幅された音を届けることを可能にしている。音を大きくしても騒音問題が出て来るので、往来の人々にピンポイントで音を届けるのだ。
全ての魔法はここ数日で、リンネやサタン様やワムウさんに教えてもらった魔法ばかりである。
俺はそれぞれの魔法を同時に使用しながら、ギターを弾いた。それに合わせてアークが歌い、舞い踊る。流石にこれほどのことを並列して行うのは骨が折れる。
仕上げは、サビの「フライ ハイ」という部分で風魔法【飛行】をかけてアークをハイジャンプさせて決めポーズをさせる。
完成だ。これならば、前のような敗北を味わうようなことはあるまい。贔屓目にみてもかなりのクオリティがある。
☆☆☆
リベンジを果たす日がやってきた。
俺たちは前と同じ時間、同じ場所へと戻ってきた。
そこには7人の青年達が歌を歌っていた。しかし、人々はその前を横切っていくだけである。誰も足を止めて聞こうとする者はいない。
歌が終わって、聞いていたまばらな観客が去って行く。
7人の前の布の上には何枚かの銅貨が転がっていた。7人はそれを拾い集めながら落胆した様子をみせていた。
「くそう、俺たちではもうダメなのか」
「声変わりをして、hihiAの音を出せなくなったのが致命傷だったのかもしれない」
「バウアーのやつにまたでかい顔をされてしまうぜ」
「それじゃあ、俺達も冒険者としてやっていくか?」
「俺達じゃあそんなに活躍できないだろう。そろそろ孤児院を出なきゃあならないっていうのに………これから、どうれば」
「いや、まだ何からあるはずじゃあないか?」
「そんなことを言っても移り変わりの激しいこの世界では……最近はテオドラ・サンバラ姉妹一強って感じだからな」
「俺たちは避けるようにして、この時間にしているが、やっぱり時間帯を戻した方がいいんじゃあないか?」
7人はリサイタルが終わって、今後について話あっているようだ。
「このあたり使わせてもらってもいいですか?」
俺は7人の青年達に話しかけた。そのうちの一人が答えた。
「ああ、すまない。俺達はもう帰るところだから、使っていいよ。君達もここで何かやるのかい?」
「あ、はい。歌と踊りをしようかと」
「そうなのかい。この時間は人が少ないかもしれないけど。といって、夕方頃は激戦区だからね。なかなか難しいものさ。それじゃあ、俺達はこれで、頑張ってね」
7人の青年達の背中からは哀愁が漂っている。さっきの話を聞いたかぎり孤児院出身の人たちなのだろう。俺は7人を呼び止めた。
「よかったらサクラをやってくれませんか?」
「サクラ?」
一人が振り返り、聞き返す。他の六人の足が止まり、全員こちらを向く。
「ええ、僕達の曲を最初から聞いて欲しいんですけど。三曲だけでいいので、ほんの30分ほどです。一人銅貨1枚しか払えませんけど」
銅貨は1枚1000円くらいの価値である。時給に換算すればかなり魅力的といえるだろう。
「聞くだけでいいのか? それだけで銅貨を1人1枚もらえるならありがたい話だが」
「そうですね。できれば、3曲目で人が集まってきていたら、掛け声なんてしてもらうとありがたいです」
「掛け声?」
「歌の歌詞と歌詞の間で『ハイ』『ハイ』『ハイ』『ハイ』『ウォーー、ハイッ!!』とタイミングよく入れていただければ。コード進行はだいたいこんな感じなので」
俺は曲の歌詞とメロディーを説明する。
「はじめてだからうまくいくかわからないぞ。それでもいいのか?」
「いいですよ。盛り上がれば何でもいいですので。お金は先に支払っておきます」
俺はポケットからお金を出して、7人に手渡していく。
人だかりがあった方が往来の人も立ち止まりやすいだろう。これは何でもありの歌のバリートゥドなのだ。今回は成功させなければならない。
俺はステージの準備に入る。
土魔法でステージを創り出す。そして、正面以外を土の壁で覆った。
「おいおいおいおい、な、な、なにを?!!」
青年達は口を大きくあけて、呆然としている。
まだまだここからである。
闇魔法【夜の帷】でステージ上を暗闇へと変化させる。そして、【闇収納】からピアノとギターを出しセットする。
「うひょーーーー。力が漲るわーーーー」
アークもやる気に満ちている。
ここで、光魔法【虹の光】でアークにスポットライトを当てる。
ここまでで、すでに広場を横切っていた人たちの歩みが止まって、こちらへと視線が向いていた。
7人の青年。視線をこちらに向けている人々。これから広場を抜けて、どこかへと行こうとしている人々。そんな人達に、俺は風魔法【音の路】で音の通り道をつなげていく。
自己紹介をぼそぼそとした後、俺とソフィーは演奏を始めた。それに合わせてアークは歌い出す。
最初の曲は穏やかな曲調の恋の歌だ。
俺達の演奏はたしかに巧いとは言えないかもしれないが、暗闇の中、一条の光に照らされたアークが歌う歌はどこか幻想的な雰囲気を醸し出している。
こちらに視線を止めていた人々はゆっくりと、一人、また一人とステージの前へと足を運ぶ。7人の青年達はただボーッと曲を聞いている。
2曲目は楽しい気持ちにさせるポップな曲である。
一条の光ではなく、三つのスポットライトがアークの踊りに追随して、アークの躍動的な動きを際立たせていた。
広場の入り口から新たに入ってきた人々は人だかりを見て、どんどんと集まってきている。俺の風魔法も大忙しである。次から次へと流入してくる人達に、【音の路】をかけていく。
中には首を振ったり、足でリズムをとったりと曲を楽しんでくれている。
最後の曲は元気いっぱいな曲だ。
七色の光がアークを照らす。早くも疲れが見え始めているアーク。頑張るんだ。あと少しである。
ソフィーの鍵盤を弾く動きが滑らかに、そして元気よく飛び跳ねる。
その時、七人の青年達が思い出したかのように『ハイ、ハイ、ハイ』と合いの手を入れ始める。
他の客は掛け声に合わせて手拍子をしている。
俺達と観客。観客と俺達。
一体となっている感覚がたしかにある。
フィナーレだ。
俺はアークに【飛行】の魔法をかける。
アークはステージ上で大ジャンプをして、一条の真っ白い光のなかをポーズを決めながら、万有引力の法則を無視して、ゆっくりと降りてくる。
「こんなの見たことない」
「奇跡……」
「天使………降臨……」
「アークタソ、ブヒィ」
「神………」
盛り上がりは本日最高長だ。7人の青年達も恍惚とした表情をしている。
ステージへと着地した瞬間。観客達から惜しみない拍手が鳴り響いた。
ステージ上には銅貨が投げ込まれている。
その中に青年達が先ほど渡した銅貨をステージへとなげ入れているのが見えた。おいおい、いいのか?!! 無給になってしまうぞ。一種の狂乱状態になっていないだろうか。返せと言われてももう返さないぞ。
冷静になってよく観客の方を見ると観客は20人ほどしかいなかった。体感はもっといたように感じたが、まだまだ改善の余地があるということか。しかし、この一歩は小さな一歩ではあるが、俺達にとっては大きな一歩なのである。
次なる課題は見えた。
グッズだ。
差し当たってはペンライト。ペンライトがあれば、さらなる観客との一体感が生み出されるはずである。さらにはお金も稼ぐことができる。
俺は密かにほくそ笑んだ。




