第111話 初リサイタル
「お兄様、本当にやるんですか?」
「何であの時OKをだしてしまったの。あの時に戻って、ぶん殴っても止めたいわ」
ソフィーとアークはがちがちで緊張をしている。
今日は王都にある広場でゲリラ演奏を行う予定である。この広場では他にも大道芸をしたり、踊りを踊ったり、歌を歌って日銭を稼いでいる人達がいるのはリサーチ済みである。そして今日は平日の昼過ぎ、ライバルがあまりいない時間帯なのだ。
二人は今日初めて出会ったが、挨拶も早々に自分のことで手一杯の様子である。
「あ、あのこんな場所で演奏するのは恥ずかしいです」
「でも、いずれはいろいろなところを演奏しながら周ってみたいって言ってたでしょ。今から慣れておいた方がいいよ。たしかにいきなり知らない人達の前で演奏するのは緊張すると思うから、はい、これ」
俺は目元を隠すドミノマスクを手渡した。「これをつけていれば素顔がばれることがないから演奏しやすいよ。ほら、こんなふうに」
俺は自分用のドミノマスクをつけた。それを見てソフィーもそれをつける。
「な、なんだ? 私にはないのか?」
「アークがつけちゃあ駄目でしょ。アークは顔を出してなんぼだからね」
「な、なんで?! 仮面をつけて踊っている人を見たことがあるぞ」
「たしかにそういう人もいるかもしれないけど、それは踊りや唄に自信がある人達がやるべきことだからね。アークはそこで勝負をしているんじゃあないんだ。武道館までの道のり、そのストーリーこそが大事なんだ。だから、全てを包み隠さず観客に見せることによってファンを獲得していくんだ」
「む、むぅぅ!!」
「大丈夫! 大丈夫! 今日は告知もしてないし、3曲だけだ。そんなに立ち止まって聞く人もいないんじゃあないかな。気楽にいこう。気楽に。その先には今まで経験したことのない感情を体験することができるぞ!!」
「そ、そういうことなら………」
「ソフィーも大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃないですぅ。や、やっぱり中止にしませんか? お兄様」
「いやソフィーの演奏は素晴らしい出来だ。誰も聞いてないと思ってピアノだけに集中するんだ。人の顔はカボチャやジャガイモに置き換えると緊張がなくなるらしいぞ。ほらあの坊主頭の男なんてジャガイモにそっくりだろ?」
「ぷっ!! そ、そんな、失礼ですよ。お兄様」
そう言いながらツボにはまったのか、真っ赤な顔をして笑いをこらえている。ちょっとは緊張が解けたようで良かった。
「そ、そんなことでは私の緊張は解けないぞ!! わ、私の役割が大きすぎて歌詞も振り付けも忘れそうになってしまうわ」
「俺達が奏でる音楽合わせて止まらないことが重要なんだ。だから多少歌詞が間違ったり、振り付けが間違ったところで大丈夫だ。歌詞を忘れたら鼻歌で乗りきってくれていいし、振り付けを忘れたら基本で教えたボックスステップを踏み続ければいいんだ。それでも緊張するというなら、そうだな、手を出すんだ」
アークは俺の方に手のひらを出す。そこに漢字で【人】という字を書いた。
「今のは人を現す文字なんだが、それを3回書いて口に入れるといい。そうすれば緊張がほぐれるぞ」
手のひらの中心には心を落ち着かせる【労宮】というツボが合って、この【人】という字を掌に描くと、自然とそのツボを刺激できるらしい。そうすると緊張が緩和されるのだ。
「そ、そんな魔法があったのね。ご、ゴクリ、私の知らない古代魔法文字【人】を手に描き、そこから召喚した魂を贄として飲み干す。そんなお手軽な方法があったなんて………」
変な勘違いをしているな。しかし、この方法はまじないの一種であることには違いない。緊張せずに物事を成し遂げるための暗示のようなものである。人それぞれ独自の解釈があってよい。それがプラシーボ効果となって、緊張が解けていくことだろう。
アークは言われた通りの行動をとる。心なしか覚悟の決まった顔をした。
俺は広場の隅でピアノとギターを【闇収納】から出した。平日の昼過ぎなので人通りはまばらである。俺がピアノを出したことに誰も気づくことはない。
ソフィーはピアノを前にして、椅子に座る。そして俺はギターを構える。
アークは俺達の真ん中からやや前方に立った。
俺たちの初のリサイタルが幕を上げた。
結果は――――
惨敗だった。
ちらちらと歩きながらこちらに視線を移す人はいたが、立ち止まって聞いてくれるような人はいなかった。当然、前に置いていたギターケースには投げ銭はゼロである。あわよくばという気持ちがあったが世間はなかなか厳しいようである。
「お兄様、すいません、私がミスをしていなければ」
「いや、私だ。途中で歌詞を忘れてしまって。パニックになってしまった。そこから踊りも訳がわからなくなってしまった」
2人とも落ち込んでしまっている。いつものソフィーならしないようなミスを何回かしていたし、アークも途中棒立ちになってしまっていた場面もあった。完全にテンパっていたと言ってもいいだろう。
もうちょっと上手くいくと思ったが、初回ならこんなものだろうか。一人、二人くらいは立ち止まってくれると思ったんだがなぁ。
しかし、最初から上手くいくなんてことはないのだ。俺は二人を励ますことにした。
「初回ならこんなものさ。この失敗を次に活かしていけばいいんだ。俺たちに足りないのは場数という名の経験値だからな。場数を踏めばきっとクオリティーは上がっていくはずだ。失敗をしたことがあるというのがいつか大きな財産になる。ここからはいあがろう」
「うう、はい」
「いいこと言うわね」
まぁ、名言ですからね。
二人が顔を上げて、次に向けての意欲を出した。
その時、2人組みのお姉さんに俺達は声をかけられた。
「あなたたち、この世界はそんな甘いものじゃあないわよ、ねぇ、姉さん」
「そうね。何も考えずにやればできる、そんな考えじゃあ、いつまでもお金を稼ぐことはできなわいわ。そうよね、妹」
2人とも褐色の肌をしていて妹の胸は主張が激しいものをもっているが姉さんと呼ばれた方は壁のように何も主張していない。どちらが姉さんぽいかと問われれば前者の妹の方であろう。二人とも黒い長髪をしており、レースのようなもので口元を覆っている。
その反面体につけている布の面積は非常に少ない。
顔立ちは二人とも姉妹なのか、非常に似ている。褐色の肌に映える高い頬骨とまっすぐな鼻筋が印象的だった。大きな瞳は黒曜石のように深く厚みのある唇はどこか妖艶な感じを醸し出している。
下も布の面積が小さいために健康的な太ももが露わになっている。その太ももからは力強さと女性らしい柔らかさを感じさせ、褐色の肌に浮かぶ緩やかな陰影が均整の取れたラインを際立たせていた。
「あの、どちら様でしょうか?」
「そうね。貴方達の同業者といったところかしらね。子供たちだけでやっているのは凄いことだけど、さっきのような考えじゃあいくらやっていても立ち止まって聞いてくれる人は増えないわよ、ねぇ、姉さん」
「一つだけアドバイスするなら、そこには初めからお金を入れておいた方がいいわよ。そうでなければ、投げ銭をしていいんだという雰囲気になりにくいものなのよ、ねぇ、妹」
なるほど、確かに。そんな話を聞いたことがあるような気がする。
「ありがとうございます」
俺は素直にお礼を言った。
「いいわよ。それにさっきの曲のメロディー、聞いたことがなかったけど、いい曲だったわ。成功の秘訣を知りたかったら夕方頃にここにもう一度来るといいわ。私たちがライブをしているから勉強するといいわ」
そう言って二人のお姉さんは去って行った。
「そろそろ帰らなければいけませんわ。お兄様」
「そうだな。ソフィーは夕方まで家を抜け出すのはまずいな。送って行こう」
「夕方に見に行かないのか」アークが聞いてきた。
「ソフィーを送ったあと、もう一度見にいってみるか。あそこまで言うってことは、何か参考になる何かがあるのかもしれない」
「…………」
「…………」
決してお姉さんの衣装が色っぽかったから見に行くというわけではない。今後の俺達の糧にするためである。
何故二人とも俺をそんな疑うような目で見ているのだ。心外である………




