第11話 プリン
厨房に行くと昼食の片づけが終わり、休憩に入ろうとするアンジェの姿があった。
「ジークフリート様。マーレを連れて、どうかされましたか?」
「ちょっと新しいスイーツを考えたから試してみようと思って」
「またですか? その御歳で食への飽くなき追求は恐れ入ります。それで今度はどのようなものをお考えですか?」
「そうだね。卵と牛乳と砂糖を使ったものなんだけど……」
今回はプリンを作ろうと思っている。手作りで作った記憶があるのだが分量は正確に覚えていない。
「牛乳と砂糖という事はまた生クリームを作るのですか?」
「それはいいですね。あのふわふわの食感は忘れられませんよ」
マーレは生クリームの味を回想して涎が落ちそうになっている。
「いや、今回は違うものを作ろうと思っている」
「では、どのようなものを?」
「まずは、卵と牛乳と砂糖を混ぜる。それを何度か濾して容器にいれる。最後にそれを熱湯に入れるんだ。簡単だけど、きっと美味しいものができるよ」
「なるほど……ひとまず、一度作ってみますか」
アンジェは卵と牛乳、それに砂糖が入った壺を取り出す。
「それで分量はどのように?」
「それは今から試行錯誤していこうと思う。まず卵を8個ほど溶いてくれない?」
作業はアンジェに任せてしまおう。
「わかりました」
「私も手伝いますよ。卵を割るくらいならできます」
2人で卵を8個割り、アンジェがかき混ぜる。
本来はここに牛乳と砂糖を加えるのだが、分量が分からないので溶いた卵を4つに分けてもらう。
まず分けた内の1つに牛乳を分量を量りながら入れていく、色を見て少し白みがかったら入れるをやめて分量をメモに取る。その後、残りの3つにそれより段階的に牛乳を減らし、卵に対する牛乳の割合を変えていく。
そうしてできた4つの卵と牛乳の混ざった液体をさらにそれぞれ4つに分けていく。そして砂糖の量を変えて、それぞれに投入する。その時アンジェはびっくりしたような声を上げる。
「そんなに砂糖を使うんですか?」
「そうだけど……」
何か問題が?
「いいじゃないですか。ジークフリート様のご命令なんですから」
マーレはここぞとばかりに俺の味方をする。
「マーレ……そうは言っても、砂糖は貴重ですからね」
砂糖なんて300円くらいの価値しかない俺の感覚とアンジェの価値観には大きな開きがあるようである。しかし、スイーツに砂糖は欠かせない。ここをケチっていては始まらないのだ。
「何かあったら俺のせいにしてくれていいから」
それにお兄様にはリンネの事を話しているから上手くやってくれるだろう。
「ジークフリート様がそう仰るなら」
そして、俺はプリンに必要なカラメルの存在を思い出す。
「あっ、そうだ。あと砂糖を水に溶いて煮詰めてくれない? 水分が飛んで茶色になるまでやってほしんだけど」
「はあ」
アンジェはスプーン一杯と水をフライパンに入れる。
「砂糖はもっと入れておいて」
明らかにスプーン一杯では少ない事が分かる。
「えっ」
多くあってもさらにプリンを作れば使いきれるだろう。
「もっと、もっと、もっと」
アンジェは俺の掛け声で砂糖をどんどんと投入する。アンジェの目は白目をむいているような気がするが気にしない。
それを見たマーレは対照的に目をきらきらと輝かせている。
カラメルを、柄の違う16の容器の底に敷くと、あれだけ多く砂糖を入れて作ったのに分量はちょうどいいものだった。
その柄の違う容器に先ほど作った16に分けられた卵と牛乳と砂糖を混ぜて濾したものを注いでいく。
できた16個の容器は柄を変えているので、どれがどんな分量かはちゃんと識別できる。
あとは、熱湯の中に入れて待つだけである。
「あとは固まるのを待つだけだ。どれが一番美味しいか全部少しずつ食べて、一番美味しかったのを元に後はアンジェが改良してよ」
「わかりました」
そして何度か蓋をとって、プリンが固まったかを確認する。
「そろそろいいんじゃないかな」
俺はマーレに抱きかかえられながら、鍋の中に入ったプリンを確認して言った。
「冷やした方が美味しいんだけど、どうする?」
「せっかくなら美味しい方がいいです」
「そうですね。貴重な砂糖も使っていることですし」
「じゃあ冷やそうか」
できたプリンを厨房にある大型の冷蔵庫に入れる。この冷蔵庫は魔石の力で動くという不思議な魔道具で、なかなか手に入らないものらしい。しかし、そこは王族であるこの屋敷には関係がない。必要な設備は全て完備されているのである。
俺達は夕方頃にもう一度集まり、冷えたプリンを試食する事にした。
まずは牛乳の一番多いやつから食べることにする。
「下にある黒い部分と一緒に食べると美味しいから」
俺がアドバイスすると、 各々が容器からスプーンで掬って口に運ぶ。リンネは俺のスープンの上にあるプリンから手で取って食べる。
「甘くて、美味しいです」
マーレは唸る。
「生クリームとは違い優しい味がしますね。牛乳の風味が残っています」
アンジェは味を分析する。
『ぷるぷるして美味しいわ』
リンネも満足気な声をあげる。リンネが残した部分を俺が一口で食べる。
しかし、俺の舌はこれじゃないと訴える。アンジェの言う通り牛乳の味が残り過ぎている感じがする。ミルクプリンと言えばありだが、俺の求める味ではない。
「次にいってみよう」
「残りはどうします? 食べないなら私が頂きますね」
マーレはすかさず容器を手に取り、残りをスプーンで取って平らげる。
『あっ、私もまだ食べたかったのに。この女私の大魔法で消滅しようかしら』
リンネは憤りながら、恐ろしい事を口走る。
『大丈夫だって。残りはまだ15個あるし、さっきより美味しいのがあるから』
『そ、そうなの? 私としたことが取り乱しちゃったわね。アンタのこと、信じるわ』
こうして一つずつ試食していき、これはちょっと甘いとか、これは甘さが足りないと批評を繰り返しながら、俺は理想的な配分のプリンを見つける。
「これだ!! この味だよ」
「これ、ですか? ……確かに牛乳と卵が絶妙に混ざり合い2つの味ではない新しい味がしますね。言われないとこれが牛乳と卵でできているとは想像もつきません。食感も面白いですし、わざわざ砂糖を熱したものを下に引いた理由がわかります。このちょっとした苦みと甘さがいいアクセントになっていますね」
アンジェは料理人らしいコメントをする。
「これ、凄くいいです。いくらでも食べられますよ。甘くて美味しいです」
マーレはさっきから甘いと美味しいしか言っていないな。料理に一家言あるのではなかったのか。そして何より、さっきから残りをずっと食べているのにまだ食べれるとは……これはもうどっぷりと修羅の道に足を踏み入れてしまったようだ。
「じゃあ、これは貰うよ。残りは2人で食べておいて」
リンネを満足させるのが目的だから、出来のいい残りは頂いておかねばならぬ。決して俺が食べたいからではないのだ。
『アンタを信じて良かったわ。なかなか見どころあるわね……うん、美味しいわ』
リンネも喜んでいる。
「わかりました。後学のためにそれぞれの味の違いをみておきます」
アンジェに任せておけば、今後はもっと改良されたプリンが食べられる事だろう。
「私も頂きますよ。こんな貴重なもの滅多に食べられませんからね」
そして、残りもアンジェはスプーン一杯に対してマーレは全てを平らげていった。すべてに美味しいとしか言わないマーレを見ているとキャベツとレタスを見分けることが本当にできるか怪しいものである。
ククク。マーレよ。修羅の道からもう抜け出すことはできそうにないな。スイーツのカロリーの多さを見くびるでないわ。俺は明日から運動するから何とかなるがな……
俺は心の中でマーレに合掌をした。




